「ごめんね、笠松くん部活あるのに…」

「い、いいやっ…女子、だけじゃ大変だろうし…っ」



ああ本当に申し訳ないなぁと、焦りを露に返される言葉に肩を下げそうになる。
余計に気にさせそうだから、態度に出したりはしないけれど。

ホームルーム終了後、教卓近くをうろついていた私と彼は運悪く担任の目に留まり、午後の担当教科後から起きっぱなしにされていた授業機材と提出されたノート運びを押し付けられた。
これがまだ片方だけなら私一人でも運べたのだけれど、さすがに両方となると難しい。手伝ってくれそうな友人もおらず、笠松くんの方も任された仕事を他人に押し付けられるようなタイプではなかった。

彼が女子を苦手としているところはその素振りから明らかだったし、不自然じゃない程度に距離を開けて歩いているのだけれど…やっぱりぎこちなくて。
だからと言って謝り過ぎるのもよくないしで、流れる微妙な空気を吸いながら少しばかり担任の教師を呪った。

別に、嫌なわけじゃないけれど。
私自身コミュニケーション能力が高いわけでもないから、変に硬くなる空気を壊せなくて困るのだ。



「あー…えっと…バスケ部って、やっぱり練習大変なんだろうね?」

「…へっ…?」

「や、その…うち、強いって聞くし…」



無言の圧力に耐え兼ねて、何とか選んだ話題を口にすれば、ぽかんとした顔が初めてこちらを振り向いた。
それはすぐに、ハッとしたようにまた正面へと戻されてしまったけれど。



「あ、ああっ…うん…まぁ」

「やっぱり、大変なんだね…マネージャーの入部も結構厳しいってよく聞くよ」

「いや、あれは黄瀬目当てというか」

「え?」

「一年の後輩がモデルやってる所為でそれ目当ての希望者がうるさ…っあ、いや、何でもない!」



思わず口から出てしまったというように、途中から手を振って誤魔化される。
黄瀬という名前はよく耳にするので、何となくの事情は察することはできた。



「…苦労してるんだね」

「あ…えっ?」

「そういえば、格好いい人が来たからって入りたがってた子、多かったかもなって。練習だって大変なのに、確かにそんなの構ってられないよね」



強豪の名に恥じない練習を、不純な動機で近付く人間に掻き回されたくはないだろう。
働きがよければ話は別かもしれないけれど、入れてみなければ人間は判断できない。とは言え、適当な人選では首を絞める。

笠松くんはキャプテンだとも聞いていたし、考えることも多そうだ。
大変だなぁと他人事ながら考え込んでいると、再び視線を感じて顔を上げる。少し上にある丸くなった目とぶつかって、今度はどうしようもないように黒目が四方に動いた。



「あ…と、…そのっ」

「うん…?」

「そ、そこら辺…いや、黄瀬? に興味っつーか…じゃねぇ」

「…落ち着いて?」



本当に、女子とやり取りするのに慣れてないらしい。
目を回してでもいるような要領を得ない台詞に、掌を向けて一旦落ち着くように促すと、強張った表情が何度か頷いて深呼吸を繰り返した。



「わ、悪い…や、単純に、そういう意味で興味あるとかじゃねーんだな…って」

「興味…? あ、その黄瀬くんにってこと?」

「そ、そう…それだ」

「…そうだね。あんまりないかも」



そもそも、バスケ部自体にも特別興味はない。試合を観れば凄さも感じるだろうけれど、日常的に気にしているわけではないし、何より今は話題になるものが欲しくて口にしただけという軽さだ。
友人達の大好きな黄瀬くんとやらも遠目に数度見掛けたことがあるくらいで、別段気にしたことはない。綺麗な容姿だとは思いはしてもそれだけだ。

相変わらず空気は柔らかくないのに、私は少しずつ口を動かすのが楽になり始めていた。
取り繕うことのできないでいる彼なので、言葉の裏を読む努力は要らない。私も無理に合わせる必要がないと、おかしなことに胸の内側が弛む。



「事情を知らない私が言うのも何だけど…黄瀬くんだけじゃなく、どの選手も真剣なんじゃないかなぁとは思うし…その黄瀬くんもあんまり見たことないし…実は、よく解らないままさっきも口に出しちゃって」

「…そっ、そうか」

「ごめんね…好きでやってる人には不愉快かもしれないね」

「いや、それはっ…好き好きだし気にしてない…から」

「そう? なら、いいんだけど…」



適当な会話で不快にさせたくはないし、首を振って否定してくれた笠松くんには安心する。
ほっと息を吐こうとした時、隣歩く彼が軽く吃りながら、ただ、と呟いた。



「その…バスケは、楽しいと思う、から」

「? うん。私も得意じゃないけど、たまに試合を観るのは楽しいよ」

「! た、楽しいのか、みょうじにもっ…?」

「う、うんっ…!?」



急に大きな反応を返されて、びくつく。ちょうど職員室前に着いたところで、足を止めても不自然ではなかったことは助かった。
私を見下ろしてくる笠松くんは先程までより生き生きとした表情をしていて、その目は水を得たと言わんばかりに輝いたもので。

こんな顔を、見たことがある女子がどれだけいるのだろうか。
呆然としてしまった私に気付いていないらしい彼から、引け腰になりながらも実際の試合観戦を勧められ、勢いに流されて頷いてしまった頃に漸く開けた覚えのない扉が開いていることに気付いた。
その時には、色々と遅かった。



「お前ら…青春するのはいいが場所は考えた方がいいぞ」

「!? せっ」

「先生っ!? あの、ちがっ」

「はい、ご苦労さん。騒がず帰れ」



いつからそこに立っていたのか、意地の悪いにやけた顔付きでノートの山を取り上げて機材の置き場だけ指摘してまた室内に戻っていく担任に、言い返したり訂正する間は与えられなかった。
茶々を入れられて自分を振り返ったらしい笠松くんは教室までの帰り道、またぎこちなく無口になってしまって。私は私でからかわれた所為なのかそれ以外なのか、よく判らない熱で火照る顔を持て余し。

困るような、それだけでもないような。
行きとは全く別物の微妙な空気に、身を縮めたいような気持ちで一杯だった。







Calling




多分、それでも、誘われたからには観に行ってしまうんだろうな。

衝撃に固まっていた最中に初めて呼ばれた名前が、まだ耳に残って響いている。



「笠松くん」

「! な、何、だっ…?」

「ありがとう、ね」



きっと誰でもに誘い掛けなんてできないだろうに。ほんの少し、特別なものを貰ったような気がして、お礼だけはするりと口から出てきて。

勢いよくこちらを向いた彼の顔も真っ赤だったのが、少し笑えた。

20140209. 

[ prev / next ]
[ back ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -