「そういや今日みょうじちゃんに会ったんだー」



部活を終えて練習着から制服に着替えている最中、小金井先輩の口から飛び出した名前に一瞬、シャツのボタンを留めようとしていた手が止まった。

それ以前にも交流はあったが、夏の合宿でお世話になってからは特に、バスケ部の中で彼女の存在は定着しつつあった。

今までは自分しか知らなかった彼女という人が、自分の仲間に好意的に見られるのを疎ましく思うことはない。
けれど彼女と顔を合わせられなかった日に限って自分以外の人間の口からその名が出てくると、正直面白くないというのも本音だった。

狭まりつつある心に小さく溜息を吐きつつ、止まっていた指を再び動かしてボタンを留め終えた頃、しかしまた聞き捨てならない内容が飛び込んできて、更に重い気持ちになる。



「会ったって、どこでだよ」

「それがさー、昼休みにしつこく堀口に言い寄られてんの発見しちゃって」

「誰ですかそれ」

「うおっ! なになに? 黒子ってば気になっちゃう系か!?」



背後から話し掛けたボクに一瞬だけ驚いて肩が跳ねるも、すぐににやけた顔が振り向いて逆に訊ね返される。
特に偽る必要性はないので、素直に気になりますと頷けば、何故か周囲の部員まで声を上げて盛り上がった。



「堀口ってのはオレらと同級の…まぁ何ていうか、一言で言うとタラシかな」

「タラシ…ですか」



周囲が盛り上がるのを軽く苦笑して見ていた伊月先輩が、代わりに教えてくれた答えに自然と顔を顰めそうになる。
あまりいい響きではないし、彼女の人柄を考えると簡単には振り払えなかったのではと、考えて胸の奥がざわついた。

他人に気遣いすぎる彼女のことだから、しつこく食い下がられると弱いのではないだろうか。



「あっでもちゃんと牽制してきたからな! うちの部員の彼女だーって!」

「おお! コガいい仕事したな!」

「だっろー!」

「…彼女じゃないんですけど」

「細かいことはどーでもいいっ!」



全くよくない。

違う意味で込み上げそうになる頭痛を堪えて、溜息は我慢せずに吐き出しておく。

深く嘆息するボクの反応が気に入らなかったらしい小金井先輩が、何だその顔は!、と叫んだけれど、こちらの事情も察してほしいところで。
何事にもペースやタイミングといったものは重要なのだ。理解してほしい。



「なまえさんも否定したでしょう」



言ってしまうが勝ち、というわけではない。
人間関係は複雑にできていて、単純に流れを作れるものでもない。

恐らく件の先輩が去った後、彼女なら確実に訂正を入れただろうと確認すれば、むっと唇を尖らせた小金井先輩は不満たっぷりといった態度で正直に頷いた。



「まぁ確かにみょうじちゃんも否定してたけどさー…黒子に釣り合わないんだー、みたいな言い方しかしないし。ぶっちゃけ黒子はみょうじちゃんどう思ってんの?」

「好きですけど」

「はっ!?」

「ええっ!?」

「…解ってて訊いたんじゃないんですか?」



一斉に驚き固まった部員にこちらが首を傾げたい。
それまで一人だけ全く興味を示さず仕度を進めていた火神君に至っては、何故か彼の方が頬を染めて振り返るのだから面白い。



「おま、ばっ…よくそんな堂々と…」

「事実ですから」



別に気になる女性がいるくらい、年頃なのだからおかしいことでもないでしょう。

付け加えるボクに答える声は、ぎこちなく形にならないものばかりだった。



「でも、それなら尚更言っといた方がいいんじゃねーのか…?」

「だから君は火神君なんですよ」

「オイてめぇそれどういう意味だ」



軽くおちょくるとすぐに頭に血を昇らせるチームメイトはスルーして、整理し終えたバッグを手に取った。
その瞬間にしまった、という顔をする部員達は未だ着替えの最中だ。



「お疲れ様でした」

「ちょっ待て黒子っ!」

「またこのパターン!?」



呼び止めてくる複数の声は聞かなかったことにして、ボクは幾分か速足で部室を後にしたのだった。








今はそれでもいいですけど




一気に縮める必要はない。
今はまだ、あの笑顔を近くで見ていられる。それだけで。

その欲が何れ膨れ上がりきるまでは、現状だって大切な土台になるのだから。



(あ、テツヤくん!)
(! なまえさん。お迎え待ちですか)
(うん。テツヤくんは部活お疲れ様。今日は会えずに終わるかと思ってたよ)
(ボクもそう思っていたので、会えて嬉しいです)
(あ、相変わらず率直だね…)
(本音なので)
(うん…でも、私も…嬉しいです)

20121121. 

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