なんだか、おかしいな。

そう感じたのはわりと早く、彼と朝から顔を合わせた時には何となく、違和感のようなものを感じていた。
常時ぼんやりとした雰囲気を醸し出していても、頭の中まで外見と同じであるとは限らない。紫原くんは見た目よりもきちんと自分の思考を持っているし、別段朝に弱いというわけでもない。
それなのに、いつもなら続く会話が時折途切れたり、無言で見下ろされたりすると…傍にいる側としては気になってしまうというか。
相当鈍い人間でなければ、普段との違いを訝しく思うのも当然のことだった。

けれど、何かあったのかな…と思いはしても平日の朝だ。残念なことに、あれこれとやることのある時間に話を振れるような余裕はなかった。
学校に着いてもそれは同じで、休み時間の移動教室中に偶然顔を合わせたりしても、充分な時間が取れるわけもなく。
普段との反応の差を確かめることはできても、その場で違和感を解消する暇はなかった。

そもそも違和感があると言っても、私に対する態度がそっけないとか、おかしいというわけでもなくて。
向けられる笑顔も、柔らかな響きで呼ばれる自分の名前も慣れ親しんだもので、不審に思う必要はなさそうなのだけれど。

不審に思うことはなくても、ちょっとしたことが気にかかってしまう。
何を考えているのか、悩んでいるのか…察した上で知りたくなってしまうのは、性だろうか。



(重いなぁ…)



少し、鬱陶し過ぎるかな。

いつもよりもスピードの落ちた手が、機械的に板書をとっていく。担当教員の声もうまく纏まって頭に入ってこなくて、これは要復習…と内心苦笑を溢した。
昼休みまで、あと二十数分。こんな日は、時間の進みが遅くなる。









漸く落ち着いて話ができる時間が来ると、昼食を済ませた後はお決まりのパターン。人目の少ない場所を探して移動する。
校舎内から確認して人気がなさそうな場合、高確率で辿り着くのが滅多に人の通ることがない校舎裏だ。
今日も陽当たりのいい一角、コンクリートに寄り掛かるようにして座り込んだ紫原くんに倣おうとしたところで、腕を引いて止められた。



「なまえちんは、こっち」

「…え?」

「ここ、来て」



ここ、と言いながら自分の膝を叩いてみせる彼に、思わず固まってしまった。

地面ではなく、投げ出された長い足、その膝の上に座れと。意図を読み取って、考える前に首を横に振っていた。



「何で? 嫌?」

「い、嫌じゃないけど…誰かに見られたら」

「誰もいねーし」

「今はいないけど…」



別に疚しい気持ちはないけれど、人目にどう写るかを考えると、さすがに遠慮したいというか…。
二人きりでも滅多に膝に乗ったりしないのに、学校でなんて更に抵抗感がある。

私の態度に若干不満げに唇を尖らせた紫原くんは、仕方なさそうに嘆息すると伸ばしていた足を折って胡座をかいた。



「じゃー、こっち。膝じゃなきゃいいでしょ」

「う、うーん…」



多分、胡座の中に座れということなんだろう。確かに膝に乗り上げるよりは抵抗感は少ない。
学校という環境下でべったりくっついていることには、変わりないのだけれど…。



「なまえちん、おいで」



捕まえられた手を柔く引かれて、優しい声で呼び掛けられてしまうと、どうにも弱い。
きゅっと胸の中が絞まって、恥ずかしいような嬉しいような、言葉にし難い感覚が熱を呼び起こす。

結局抗いきれず腰を下ろせば、待っていましたとばかりに両脇から伸びてきた腕に、ぐっと腰を引き寄せられる。
背中がぴったりと彼の胸にくっついて、速度を増した動悸が伝わってしまわないかと軽く息を飲んだ。
そんな私に対して、多少は満足した様子の彼が頬や頭を擦り寄せてくる。すりすり、ぐりぐりと押し付けられる感覚に、大型の肉食獣に懐かれているような気持ちになるのはわりといつものことだ。けれど。

やはりというか、今日は少しだけいつもと様子が違う部分があった。



「んー」



態度は変わらないのに、言葉がない。続かないどころか、今度は消えてしまった。
代わりに何かを考えるような唸りが、何度も続けて背後から響いてくる。



「んー…」



腹部に回っていた片手が空かされて、私の頭から髪を撫でると、首や肩をなぞる。力加減のなされた触れ方に不満はないし、拒む理由もないためされるがままになる。

でも、何をしているんだろう。
完全に無言というわけでもないけれど、唸りながら触られるという現状には疑問を覚えずにはいられない。
やっぱり何かあったのかと、訊ねてみようかと思ったところで、ふっと、首の裏に息がかかる。



「ん、好き」



ただ、一言。
聞き慣れた言葉が掛けられたと思うと、項の少し下に硬い感触を得て、頭を押し付けられたのだと分かった。

予測できなかった台詞に、身体は軽く固まってしまったけれど。



「…紫原くん?」

「んー?」



何かを考えて悩んでいたところから、どうして好きだなんて言葉に繋がるのか。
嬉しくないわけではないけれど、それまでの間が気になる。

首を捻って呼び掛けてみれば、間延びした返事が返ってきた。声音にはいつもと変わった部分はない。



「あの…どうしたの? 朝から、微妙にいつもと違うけど」

「あー…ばれてた?」

「そりゃ…いつも見てるから…」



分からないはずがないでしょう、こんなの。
私だって紫原くんのことが好きなんだからと、その意味を込めて答えれば、私の背中から持ち上がった顔は幸せそうに弛んでいた。



「そっか…なまえちんもオレのことちゃんと見てんだねー」



至極嬉しそうに笑う顔が、あどけなくて可愛い。
また、きゅんと締め付けられる胸の所為で頬に熱が集まっていくのを自覚していると、疑問をきちんと拾ってくれた彼は私の頭に頬をくっつけながら、えっとね、と話題を引き戻してきた。



「何か、クラスの人が彼女と別れたとか言っててー…」



原因が確か、つまんなくなったか飽きたかだったんだよね。

唐突に語られ始めた見知らぬカップルの破局と、あまりにあっさりとした語り口調に、ときめきの名残に浸っていた私は反応を返せなかった。
無言で瞬きだけを繰り返す私には気付かないまま、紫原くんは続ける。



「倦怠期みたいな? 同じようなこと繰り返しても、つまんなくなんのかなーって思ってさぁ。別れるなんて絶対ないけど、なまえちんに飽きられたりもしたくないじゃん」

「……飽き…」

「でも何すりゃいいのかわかんねーし。気持ち伝えるにしてもいつも口に出してるしさー。押して駄目なら引いてみろってやつも、引けないじゃん? 引きたくないし」

「えっと…それは寂しい、よね」

「うん。オレも寂しくて無理。だからイマイチ浮かばなくって」



ちょっと困って悩んでたんだよねー、と今また唸り始めそうな声で呟く彼に、なんというか…脱力してしまった。
深刻な悩みではなさそうだとは予測していたけれど…。

あまりに可愛い悩みで、それがおかしくて、笑いが込み上げてくる。



「飽きると思ったの?」



身体の震えが伝わってしまうけれど、抑えきれなかった。
笑い出した私を包み込んだままの紫原くんは、怒りもせずにだって、と返す。



「なまえちんの気持ち、全部は分かんねーし」

「紫原くんは私に飽きると思うの?」

「それは絶対ない」

「絶対かぁ…」

「絶対だし。てゆーか、当たり前でしょそんなん…なまえちん解ってないの?」



笑われたことよりも、不満げに問い掛けられる。
私も、彼の気持ちの全てが分かるわけではないから、自信を持って答えられないけれど。



「毎日、紫原くんが好きだなぁって思ってるのに。飽きるなんて無理じゃないかな」



私の気持ちなら、きっと変わらない。
信じたい気持ちも間違いなく本物だ。
特別な何かがなくても、手離したくない日々。続いていくことが全ての答えだから。

身体をずらして振り向き仰げば、頬を赤らめて息を詰めた顔がある。
表情から態度から好意を訴えてくるこの人に、愛しさを感じなくなる自分が想像できなくて、また少し笑ってしまった。







未来も君と




今の私だって、いつかの未来であって。
いつかの私が感じた“絶対”は、今も尚形を変えずに心に居座っていた。



(オレなまえちんに惚れ直すばっかなんだけど…)
(…お互い様だよ?)
(っ…もー! なまえちんのが絶対タラシだし! オレタラシ!!)
(ええ…? でも、紫原くんだけなら別にいいんじゃ…)
(いっ…いやよくないし! 弾みに箍が外れたら困る!)
(……そこまで追い込まれなくても…)

20140129. 

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