実技授業の最中は、ある程度の結果さえ出してしまえばほぼ自由時間に近い。週に一度の家庭科の授業で作り上げたエプロンは無地で、形に特徴と呼べる特徴もないものだった。
布地や大元のデザインを選べない代わりに、適度な装飾は許されている。同じグループの生徒の雑談を耳に入れながらも、私は自作のテンプレートをあてて水落ちしないスタンプをエプロンに押し付けている最中だった。

年頃の女子の話題と言えば、恋愛色が強い。
その時の同グループの女子達は流行りの恋愛ドラマの話題で盛り上がっていて、つい最近放送されたドラマのエンディングが賛否両論を生んでいた。



「やっぱさー、数年後とかいらなかったって」

「別れた相手との思い出にする意味わかんないよねぇ」

「いや、でもあの後にまた再会してより戻すかもじゃん」

「だったらそっちをドラマにしようよ!」

「情緒的に見せ掛けたかったんじゃないの? なんか、ドラマより小説向きなシナリオだったけど」



部活動と課題に殆どの時間を持っていかれ、そのドラマを視ていない私には話に混ざることはできない。
だから完璧に聞き手に回っていたのだけれど、彼女らの会話を追うだけで最終回の内容は察することができた。
ペタペタとスタンプを押していた手の動きが緩むのに、自分でも気付く。



(数年後には、別れてた…か)



内容は知らなくとも、役者や舞台等の軽い予備知識くらいなら私も持っている。
話題の元にあるそれが学生らしい恋愛を描いたドラマだということは知っていたため、その時期的にはハッピーエンドを迎えられたのだろうということも彼女らの話しぶりから予測できた。

一度丸く収まったように見えるハッピーエンドも、区切りを変えればそうでなくなる。
時間の流れに終わりはないから、当然と言えば当然のことだ。
確かに、恋愛ドラマの終わり方にしてはシビアな感じがするけれど。

でも、現実なら。

めでたしめでたしと笑顔で締め括れるような瞬間は、生きている人間には訪れないよ。
そう、視てもいないドラマから語り掛けられたような気がして、私は一つ息を吐き出すと止まりかけていた手を再び動かした。









「あ、なまえちん」



放課後の部活前、いつも通り紫原くんのクラスまで迎えに行くと、大きな影がタイミングよく扉から出てくるところだった。
ぼんやりと眠たげな瞳が嬉しげに弛むのに、なんだか今日はやけに目を引かれた。



「部活、行こっか」

「んー」



気を取られそうになる自分を頭の中で叱咤しつつ、随分と上にある顔を見上げれば、こくりと頷いた彼の手が伸びてくる。
大きくて長い指が私の手を絡めとって、狭められた歩幅で廊下を歩き出す。普段と変わらない動作は胸を温めて、同時に何かが遠ざかっていくような感覚も覚えた。



「そーいえば、結局エプロンどんなのにしたの?」

「エプロン?」

「うん。昼休みに言ってたじゃん、迷ってるって」



歩調を合わせてくれながら、訊ねてくる紫原くんの言葉にそういえば、と思い出す。
ちょっとした装飾をどんなものにするか決め兼ねていると、溢していた。あまり興味をそそられない話題だと思っていたのだけれど、彼は覚えていたらしい。

私以外のことだったら、そんなどうでもいいこと聞き流してしまいそうなのに。
むずむずと這い上がる面映ゆい感覚に、少し口許が弛んでしまう。



「縫い付けはしなかったけど、ちょっとだけ絵を入れたかな」

「絵? 何の?」



滅多に丸くならない目が、きょとんとして私を射る。
それが子供のようで可愛くて、だけど自分の行動を振り返ってみると今頃恥ずかしくなってきて、そっと目を逸らした。



「…お菓子の。テンプレート、作ってスタンプしたの…」



よく考えたら、いや、考えなくても。簡単すぎる連想ゲームだ。
仕上げに入ると、特に何も考えずに作ってしまっていたけれど。何も考えなくても彼に繋がるものを浮かべて無意識に使ってしまうなんて、どれだけはまりこんでいるのかとツッコミが入るレベルだと思う。



「…なまえちんさぁ」

「……はい」

「ほんと、可愛いよね」



嬉しそうで、少し照れ混じりの声が降ってきても、顔を上げられない。
ほんのり熱を持つ顔が冷えるのを待ちつつ、完成したエプロンのことを思い浮かべる。ケーキや飴玉の絵と、色とりどりのスタンプ。それから作業中の環境。



(数年後…)



頭一つ分以上、差のありそうな肩をちらりと見上げる私の頭に浮かんだもの。
それはクラスの女子の口から語られた、詳しい内容は知らないドラマの結末だった。

数年後、例えば高校を卒業した後には、こんな風に彼と並んで廊下を歩くような習慣がそっくりそのまま残るわけはない。そのことを思い出す。
愛しくて幸せだと感じているこの時間は、有限であるということを思い知る。

寂しいなぁ、と口を閉じたまま呟いた声は、彼には勿論私にも聞こえなかった。
同じ場所には留まれないから、同じ時間は過ごせない。当たり前のことなのだけれど。

どんな風に変わって、大人になっていくのか、想像がつかないのが怖い。
自分の姿さえ朧気にしか描けないのに、隣に並ぶ誰かのことなんてもっと想像ができなくて。つい握りしめてしまった手に反応した彼が、瞬きを繰り返し私を見下ろしてくる。



「なまえちん? どーかした?」



大切にしていれば、彼と過ごす時間も含めて大切に想うことを忘れなければ、せめてバッドエンドにはならないだろうか。
少しの間黙っているだけで心配そうに表情を曇らせる彼が、もし未来にいないなんてことになれば。

耐えきれないなぁ、と思う。
きっと、こんなに好きだと思える人は現れないだろうから。



「…ううん」



何でもないよ。

手離さないように、手放されないように、大事に繋いで抱えておかなくちゃ。
終わらないことを願いながら、できるだけ自然な笑顔を浮かべて首を振った。







10年後の私達は




傍に、いられるかな。
たまにほんの少しだけ、不安になるのです。

20140124. 

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