何か、おかしい。

彼女の動向に違和感を覚えたのは、わりと早い段階だったと思う。
最初は気のせいか、ちょっとした都合が合わないだけかと流していた。が。

三日連続でこれといって理由も告げられずに昼休みや放課後の約束を断られて、休み時間に所属クラスを訪ねてみても席を外していたり。移動教室の最中も会話もそこそこに離れて行く姿を見てしまえば、さすがに気にせずにはいられないわけで。



(これ…避けられてねぇ?)



メール画面に並ぶ断りの文句と申し訳なさげな顔文字を見下ろして、自然と唇が引き攣るのが自分でも判った。






「何だ、またフラれたのか」

「フラれたって言うのやめて真ちゃん」

「それで、今日も特に事情は告げられず、か」



普段はうざったそうにしているくせに、こんな時だけからかってきやがって。

整った箸使いで弁当を突く相棒様を恨めしく見上げながら、頬張るサンドイッチはいつもより味気ない。市販の食い物の味がそうそう変わるわけはないし、気持ちの問題だとも解るから溜息が漏れた。

なまえとまともに顔を合わせないまま、三日が経過した。
たかが三日、されど三日。彼女と過ごす明るくて楽しい時間がすっかり身に染み付いてくせになっているオレには、その数十時間も長く体感してしまう。



「飽きたのではないか」

「は…?」



また忙しい時期なのかなー、と、オレに負けないレベルで部活脳な彼女の顔を思い浮かべていると、机を挟んで真正面に座る緑間がぼそりと呟く。
それも、かなり聞き捨てならない事を。本気なのか冗談なのか判らない響きに、掴んだペットボトルが軽くへこんだ。



「みょうじだったか…あそこまで熱心な写真部部員なら、常に目を光らせていそうなものだろう。魅力的な被写体があればすぐにでも食い付きそうに見えるのだよ」

「は、はは…まっさか…いくらなんでも…」



確かに、オレの彼女であるなまえは猪突猛進なところがある写真馬鹿だけど。
いくら何でも彼氏より被写体に入れ込むなんてことは……



『ああ…なんて肉体美…このしなやかな筋肉、骨格…正に理想的です…!』

『やだ…二の腕までクリティカルヒットだなんて…私、もう…っ』

『ああ、もう私、貴方しか撮れません…っ!』



「あり得た…!!」



一瞬で思い浮かべられた蕩け顔で詰め寄る彼女に、机に思いっきり突っ伏して額を打ち付けた。
ゴンッ、と派手な音がしたし、じわじわ痛みが広がってくる。が、もう頭の中はそれどころじゃない。

ある。あり得る。なまえならあってもおかしくない展開だったわ…!
大体、オレとの初対面でも引っ込み思案なりに告白紛いな状況を作り出したなまえだ。理想の被写体を見つければ黙っていられるはずがない。



「え? てことは、何!? オレマジでフラれんのっ!?」

「もし事実でも被写体イコール交際相手ではないだろう」

「バッカ! あんなべったりで好意まみれの視線受けて何とも思わない男なんかいねーっつの!」



だとしたら本気でヤバいわ。
急速に広がる不安に、昼飯を取るどころじゃなくなる。思わず机を叩いて顔を上げたオレに、他人事だからと動揺もせずに緑間は眉を顰めただけだった。



「もしかしたら、という話だろう。本当にそうだと決まったわけでもなし、騒ぐな」

「つっても、避けられてるっぽいのはマジだし…」

「避けられているにしろ何にしろ、本人にしか事情は分からないのだよ」

「…くっ……」



そりゃ、そうだけども。

突き付けられた正論を否定できずに言葉に詰まる。
確かに、他に何か事情があるのかもしれない。部活動が忙しいというわけではなさそうだし、校内で避けられていることに家庭の事情も関わらないだろう。
他の可能性となると…あとは、オレが知らない間に何かしでかして機嫌を損ねでもしたか。
なまえが怒るところなんて見たことがないから今一イメージが湧かないが、浮かぶ理由となるとこれだけしかなかった。



(駄目だ…わかんねー)



結局、なまえと直接向き合わない限り答えは出そうにない。

焦る気持ちを何とか切り換えて、とりあえず仕切り直さないと始まらない。
悪い意味で速まる鼓動を落ち着けるために呼吸を深めて、喉に水分を流し込んだ。







いくら調子が出ないとはいえ、放課後の部活で手を抜くわけにはいかない。
ということで、問題を自覚して頭を働かせたオレは、翌日の朝から行動を起こすことにした。

意図的に避けているらしいなまえを、きちんと追い掛けて探し出す。話をする時間を取るには直談判しかない。
オレが探そうとしていることをなまえが知る術はないし、所属クラスに少し張り付いていれば捕まらないことはないだろう。
そう思って、敢えて始めから教室には近付かなかった。

油断を誘って隙を見る。やり方はこ狡いが立派な戦略だ。
何の説明もなく避けたなまえに意趣返しも込めて、ホームルーム後にオレが向かったのは暗室へ続く廊下の角だった。

部活熱心ななまえが、誰よりも早くその道を通り抜けることは知っていた。
辿り着いた場所で壁に寄り掛かり息を潜めて待っていると、パタパタと足音が近付いてくる。
一度深呼吸して壁から背中を離したタイミングで、曲がってきた影の行く手を遮るように腕を突き出せば、勢いよく飛び込んできた獲物の肩が大きく跳ね上がったようだった。



「捕獲!」

「ぅえっ!?」



そのまま、背中側にも腕を回してしっかり確保する。
三日ぶりに見るなまえは相変わらずの素直さで、ギョッとした顔が勢いよく振り向いた。



「たっ…たたたたたかおくっ…!?」

「よぉーやく捕まえたぜー…なまえ」



焦らしやがって…とちょっとの恨みを込めて抱き寄せると、慌てるようになまえの手が宙を掻く。
その反応はいつもと変わらなくて、紅潮する頬も見慣れたものだった。



「な、なっなな何かっ!? ご用ですか!?」

「いや、何か、はこっちの台詞っしょ」



見た感じでは特におかしな様子はないなまえに、若干拍子抜けする。
オレへの反応は普段と変わらないし、愛想を尽かされたという雰囲気もない。それには一応安心するが、疑問は深まった。

確かに、避けられてたよな…?



「あのさなまえ、ここ三日くらいオレのこと避けてるよね? それ聞きたくて待ってたんだけど」

「へっ…!? あ、え、いえそんなことは…」

「あるだろ」

「っ……」



ずい、と迫ってみれば、息を飲むなまえの視線が泳ぐ。
どうも、全力で拒否されてないのは間違いない。けど、目が合わないのは珍しい。
時間があり余っているわけでもないし、こうなったら手っ取り早く直球でいくか。
そう決めて、ちょっとばかり不安を含む目をなまえに向け直した。



「もしかして…他にいい被写体見つけた?」

「えっ!? ないですないです! 違いますよ!?」


ここで他に好きな奴が…とかいう台詞にならないのがなまえだよなぁと染々思う。
即否定されたことにはまた一つ安堵しながら、戻ってきた視線を見つめ返した。



「じゃあ何で避けんの? オレ知らないうちになまえが嫌がることしたとか?」

「そっ…そんなわけないじゃないですか…! 高尾くんにされて嫌なことなんてっ…そんな風に思うことなんて、天地がひっくり返ってもあり得ません!」

「お、おう」



これもまたハッキリ言い切られて、圧される。

やっぱオレ愛されてる、と確信を抱いていると、急に勢いをなくしたなまえが俯いた。



「そ、そうじゃなくてっ…その…」

「ん?」



もじもじと、言い淀むなまえも珍しい。
行き場のない手が何かを言いたげに空気を切るから、拘束を解いて掴んでやるとなまえの顔色は余計に赤くなった。



「も、もう…高尾くんはっ!」

「え、何?」

「最近というか、どんどん格好良さが増してるんですっ! 私もう、キュンとするというかムラッとするというか、何だか胸が一杯になっちゃって持ちそうにないから…!」

「……はっ?」

「ファインダー越しなら喜んで食いつきます、けどっ、カメラがない時はどうしても堪えきれなくてむずむずするんですっ!…挙動不審になっちゃうんです…!!」



半ば叫ぶようにして吐き出された言葉に、すぐには頭がついていかなかった。



(きゅん? むらっ? むずむず?)



大きく肩で息をするなまえに数秒間思考を止められて、変わりに記憶が蘇る。
移動教室の時、目が合うとぎこちない動きで遠ざかっていったなまえ。その理由が漸く解った。つまりは。



「なまえちゃん…もしかして欲求不満?」

「っ……や、やっぱり…そうなんですか…?」

「それオレに訊いちゃ駄目なやつね」



そういうことなら、都合よくねじ曲げちゃうのが男ってもんだし。
とはいえ、そんな可愛い理由でてんてこ舞いになっていた彼女を思うと、今すぐ無体も働けない。

真っ赤な顔で縋るような目をしてくるなまえに、オレは久し振りに満面の笑顔で向き合った。



「そんな衝動なら、喜んで受け止めるって」



挙動不審でも何でも、いくらでもなっちゃえよ。







被写体殿の一日




ハグでもキスでも、何だっていい。
呆れも疎いもしないから、逃げるより前にぶつけて欲しいよ。



(でもまずは…お仕置き!)
(ええっ!?)
(オレを不安にさせた罪は重いかんなー。さて、何しよっか)
(な、な…何するんですか…?)
(…そんな期待の目向けられると本気で何かしてやりたくなるんだけど)
(た、高尾くんの本気っ…ふああ、ドキドキします…っ)
(なまえちゃんマジ強いわ…)

20140114. 

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