※未来設定。家族ネタに書いていたオリキャラ(息子)がいます。名前は歩。






謂わばそれも、必然というものだったのかもしれない。
父親の血を色濃く継いだ幼い息子が、珍しく態度に苛立ちを乗せてぶちぶちと愚痴り出した話の内容に、洗濯物を畳みながら耳を傾けていた私は徐々に手の動きが鈍くなっていくのを感じた。



「でねー、そのこいっつもヘラヘラしててちょーうざいの。だれにでも、ヘラヘラわらってんの。すっげーうざくてイライラすんの!」



ぷんすこと頬を膨らませながら聞き覚えのある台詞を吐く、父親そっくりの面影。
年齢は随分と幼いものの、酷いデジャビュに襲われて笑顔が引き攣りそうになる。

とても気に入らないという口振りだけれど、そもそも気に入らないものにそこまで執着するような子でもない。日々成長する姿を微笑ましく見守っている立場として、その性格は熟知していた。



「……えっと、それは…うざいんじゃ、ないんじゃ…」



多分…いや、彼の息子だから確実な気がする。その認識は、誤っている。
けれど、無自覚な子供に対してどう言えば然り気無くフォローできるだろうか。

考え込もうとする間に、私の背後から肩の上に、ひょこりと顔を出した悪魔が囁いた。



「そんなにウザいなら仕方ないねー。その子に言えばいいんじゃない。イライラはしなくなるから」

「!?」

「そっかー。じゃああしたはそうするー」



なるほどと言いたげに瞳を瞬かせて素直に頷く息子に、声にならない悲鳴を上げそうになった。

だって、それ絶対駄目な方法じゃない…!



「ちょっ…ちょっとそれはやめた方んむっ」

「頑張れー。あともうあゆは寝る時間だから、歯磨きね」

「はーい」



大きな掌に口元を覆われれば、止めに入ることもできない。
立ち上がり洗面所に向かってしまった小さな背中に絶望を感じそうになった。

もがく私を背後から押さえ付ける片親はというと、飄々としながら弛い笑みを浮かべている。



「はいなまえちん、黙らせてごめんね」

「敦くぅんっ!? あれ違うんじゃないのっ? 駄目なんじゃないの…!?」

「うんまぁ、あの様子じゃ違うし駄目だろうねー」

「なんてことを…っ」



あれじゃ、二の舞になってしまいかねないのに…!

もう家事も忘れてすぐ後ろに座り込んだ夫に縋りつくと、私と対照的に落ち着いた動作でまぁまぁと肩を叩かれた。



「だってさー、早いうちに現実見ちゃった方がいいと思わない?」

「か、可哀想だよ…教えてあげた方がいいんじゃ」

「オレの子だし、言っても信じないと思うからいーんじゃない?」

「えええ…」



さすがに本人の言葉は説得力があるけれど、この場合全く喜べない。



「一回はぶつかんないと気付かないって」



自分の台詞に自分で納得するように頷く彼も、同じ道を通ったからそう言えるのだろう。けれど…



「敦くん並みに傷付くのは…ちょっと」

「なまえちん歩に甘くない?」

「それは…あるかもしれないけど。単純に、見てる方もつらいし」



本当に、あの子が泣き目を見るような想像しかつかない。
それが心配になってしまう私は、過保護なのだろうか。

でも、一度納得してしまった息子が決めた行動を撤回するとも思えない。
思わず漏れた溜息を拾った敦くんは、安心させるように私の背中を撫でて唇を降らせながら、ここ数年で柔和さを帯びた目元を弛ませた。

まぁ、大丈夫でしょ。







何がどう大丈夫なのかと、私は思ったのだけれど。



「う、うえっ…ママちぃぃぃぃっ!!」

「あああ…」



やっぱり、やっぱりこうなるんじゃない。

翌日夕方、託児所に迎えに行けば、私の顔を見た瞬間に涙腺を決壊させてダッシュしてくる息子という図に手で額を覆いたくなった。

全然大丈夫そうに見えませんけど、敦くん。
この場にいない夫に恨み言を呟きつつ、呼吸もうまく確保できていない歩に合わせてしゃがみこみ、しがみつき大泣きする子供の背中をとんとんと叩く。



「き、きらっ、きらいって、いわれ、きらわれっ…うぇえええん!!」

「うーん…よしよし、お家帰ろうねー…お菓子も待ってるから、ね」

「ふ、ええっ…いらないぃっ」

「……これは重傷だ」



三度の飯よりお菓子が好きな血筋を裏切る発言に、一番呆然としてしまった。
放っておけば病気にでもなりそうなこの勢いも、父親から受け継いだものだろうか。だとしたら、本人にとってみればかなり厄介な性質だったに違いない。

結局、紫色の綺麗な目を真っ赤に充血させてしゃくりあげ続ける息子を完全に泣き止ませることもできないまま、家に連れ帰ることになった。
そして口にした通り、お菓子を渡しても首を横に振ってしくしくと泣き続けた歩は、元凶の発言をした父親が帰宅した瞬間に再び涙腺と憤りを爆発させた。



「パパちんのうそつきばかばかばかぁぁっ!!」



びゃーびゃーと泣き喚き足を殴り蹴ってくる息子に、やはり飄々とした態度を崩さない父親は我関せずといった調子で軽く躱して肩を竦める。



「嘘ついてないしー。イライラしなくなるって言っただけだしー」

「う、えっ…きら、きらわれたんだよ…っうええっ…パパちんがいったから、いったのにっ…」

「ウザかったんでしょー? なら嫌われてもいいと思うけど」

「っ! ち、ちが…」

「んー?」



痛いところを容赦なく突く父親の言葉に、びくりと小さな身体が跳ねる。
それを見て漸く自分そっくりな息子に真剣に向き合う気になったのか、ソファーに腰掛けて彼も目線を落とした。

それだけで、はらはらしながら見守っていた私の心も僅かに落ち着く。



「ちがう、うざいけど、きらいじゃなかったしっ…きらわれたく、ないぃっ…!」

「そー。じゃあ何でウザいのか、考えてみなよ」

「っ?」



必死になって自分の気持ちを探して言葉にする子供の頬に、筋を作る涙が大きな手に拭われる。
酷い提案をした口とは裏腹に、長い指の繊細な動きには愛情が溢れていた。



「考えな。どんな時、ウザいのか。あゆに話し掛けて、笑い掛けてくれる時もウザいのか。ちゃんと考えて、今度はそっちを伝えてみたら?」

「で、でも…きらいって、にげられた…」

「そっかー、あゆは頑張れないかー。なら嫌われたまま諦めるしかないね」

「やだっ!」



食い付く速さに、少し吹き出しそうになる。それは彼も同じなのか、大きな背中がぐっと堪えるように揺れた気がした。

うん。本当、そっくりだもんね。
面白いくらい負けず嫌いで諦めが悪い、そんなところが可愛いのだけれど。



「やだ、あやまる! きらわれんの、やだ…すきになってもらうっ!」

「…そ。じゃあ頑張れば。あと顔洗って、明日のためにご飯たべよーね」

「んっ!」



近くにあったティッシュを受け取って涙や鼻水を拭って、深く深く頷いた息子は洗面所まで駆けていく。
それを眺めても、今度は不安も絶望も胸に過ることはなかった。

離れて見守りつつ夕食の準備を済ませて、私もほっと胸を撫で下ろす。



「お父さん、だね」

「…何それ」

「ううん…ふふ、何か、大丈夫な気がしてきた」



先程までの父親の顔を取っ払って振り向いた顔は、少しだけ照れが混じっている。
誤魔化すように頭を掻きながらソファーを離れ、既にテーブルに着いている私の向かいの席に移動してきた。



「だから大丈夫って言ったじゃん?…まぁでも嫌われたらしいし、どうなるか分かんないけどねー」



面倒臭い性格してるし、と自分のことも含めて呆れた口調で呟くのが、なんだかおかしい。
息子よりも少しだけ長い紫色の髪に手を伸ばせば、私の意思を察してすぐに頭を屈めてくれる。



「きっと大丈夫だよ。敦くんそっくりだもん」

「それ駄目な気がする」

「駄目じゃないよ。きっと、許してもらえるまで頑張れるよ」



あんなに一生懸命なのに、絆されない女の子なんて滅多にいないでしょう?

私の好きに撫でさせながら微妙に渋い顔を一瞬だけ作った敦くんは、またすぐに表情を弛める。



「まぁねー…好みも似てる気がするし、大丈夫か」

「うん?」



なまえちんに似てるかもよ、その子。

ここまでオレと似ていれば、と仕方なさげに笑う彼に、確かにと私も吹き出した。








ひとつのあいのうた




(すきになってもらえた!)
(マジで)
(い、一日で…?)
(あと、おっきくなったらけっこんしようねってやくそくした!)
(ちょっと待って。何でオレの子なのにそんなスマートなのおかしい…何で一回の間違いですんでんのおかしい…!)
(…短期間だから? でもよかったね、歩)
(うん、よかったー!)
(解せないんだけど…なにこの敗北感…)
(ま、まぁ…早い内にぶつかった結果だし、ね)

20131223. 

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