※高校生時間軸により関係性のネタバレ有り。
目覚ましにセットしていたアラームのけたたましい音が、徐々に微睡みを削り取って覚醒を促してくる。
横向きに寝転がり重い目蓋を押し明けながら、手探りで探した目覚ましはぴたりと掌に当たった。
「おはようなまえ」
背中にぴったりと感じる熱と、腹部に回された腕の感触に気付くくらいには目が覚める。
それはそれは機嫌よく朝の挨拶を囁いてくる声に溜息を吐き出しながら、渡されたまま未だ鳴り響いている目覚ましを止めた。
「おはよう征十郎、今日も冷えそうね。で?」
「うん?」
「どうして当たり前のように私のベッドにいるの」
昨晩は別々に寝たはず、というか普段から同じベッドで寝るような習慣はない。
別宅にお世話になっているとはいえ部屋すら別れているのに、いつの間に忍び込まれたやら。
朝っぱらから痛みそうになる頭を抱えて肩越しに振り向けば、そろそろ見慣れてきた二色の瞳が機嫌のいい猫のように細められるのが、すぐ近くで見えた。
「日付を見てみろ」
「大体読めるけど理由にならないから」
確認するまでもない。十二月二十日。眠りに落ちる前にきちんと認識していた答えを間違えたりもしない。
自分から主張してくる辺り、私に対してはまだ根っこの子供の部分が抜けきらない様子。それを可愛く思わなくもないけれど、年齢を考えればこの行動は可愛いで流したり許したりできるようなものでもない。
とはいえ、本気で憤るほどの拒否感を覚えきれない私は中途半端に呆れることしかできなかった。
彼にも、自分にも。
このスタンスにも慣れつつある。
「特別な日には特別な人間の顔を一番に見たいだろう…あとその呆れた目付きはやめろ」
「見慣れたものでしょ」
「折角だから可愛い顔が見たい。誕生日くらい甘えさせてくれてもいいじゃないか」
何も変なことはしていないよ、なんて言葉をどの口が語れるのだろうか。
背後から首に埋められる顔の所為で、髪が肌をなぞるのがむず痒い。この年頃の男女がとるスキンシップにしては馴れ馴れしく、ふとすれば色事に転がり込みそうな雰囲気は場所が場所なだけあってかなり濃かった。
しかしそれも幼いじゃれ合いの延長として受け取って流せるレベルに留められている辺り、どこまでも計算されているようで憎たらしい。
「寝込みを襲われたりしたらさすがの私も怒るからね」
「僕に手厳しすぎないか」
「征ちゃんが相手でも変わらないわよ」
不満げに力の入る腕をぽんぽんと叩いて、弛んだところで起き上がる。
今学期の終業式まではあと数日が残されているため、今日も普段と変わらず学校へ向かう支度をしなくてはならない。
着替える前に追い出さなくては、と考えながらも私を追って起き上がった幼馴染みに向き合えば、よく知る造りの顔は柔らかく微笑む。
憎たらしいが、可愛い。
悔しいけれど、長年可愛がってきた幼馴染みはやはりどうして、可愛い。
「お誕生日おめでとう、征十郎」
「ありがとう」
「お誕生日おめでとう、征ちゃん」
「ありがとう、なまえ」
背が伸び、声も低くなり、手を繋げば私のそれは包み込まれてしまっても。
人格が、入れ換わってしまっても。
喜びを素直に表して、ぴたりと重ねられる額。色違いの双眸から溢れる、私に向けられる感情はこれまで一瞬も乱れたことはない。
「プレゼントはくれないのか?」
「また随分とはっきりと口に出すわね…」
「なまえに出逢えた切欠の日でもあるのに、蔑ろにはしないしされたくない。あれも僕も同じだ」
変容したのかしていないのか、昔から一心に求められる愛情にも慣れている。
数センチの距離で瞳の色だけを視覚で認識しながら、小さく笑う気配を拾った。
「何が欲しいの?」
どうせ、予め用意していたプレゼントを与えても欲しいものは絶対に手に入れようとするだろう。
十年以上の付き合いからそんなことは把握済みで、仕方なしに問い掛ければ視界の隅で口角があがったようだった。
「サインと実印…と言いたいところだが、駄目なんだろう?」
「征ちゃんとの賭けが終わらない以上…いや、終わってても嫌ね。行く末が見える」
「相変わらずなまえはつれない」
言いながら髪に絡ませられる指は、戯れさえ楽しむ素振りを匂わせる。
「それなら飯事でもしようか」
「…何になれって?」
「今日一日、なまえは僕の妻役だ」
「予想を裏切らないお答えありがとう……具体的に何をすればいいの」
「何だ、乗ってくれるのか」
素直に受け入れてやれば、意外だと言わんばかりに瞠られる両目。きょとんとした顔は元が童顔なだけあって幼い頃を思い出させられた。
今、ここにいるのは彼ではないけれど。
「征ちゃんと出逢えた切欠の日なんでしょう?」
最初から祝うつもりだったし、できるだけのことはするわ。
相対する相手が赤司征十郎である限り、大切に想ってしまうのは私にとっては当たり前の事情。
少しの苦味も呆れも取り払って頬を弛めれば、一呼吸間を置いて伸ばされた手に抱き寄せられた。
これもまぁ、慣れた感覚だ。今更拒むようなことでもない。
ぎゅう、と締め付けられて感じる僅かな痛みと苦しさに、逞しく育った背中を撫でた。一瞬震えたのは、気の所為ではないだろう。
「一緒に食事をして、会話をして、出掛ける時は見送って、帰りは迎えてくれ。なまえがいればそれでいい」
「一緒に出るから見送りはできないんじゃない?」
「ならなまえの料理が食べたい」
「その我儘も普段から聞いてあげてるような」
「それもそうだな……なまえの両親はお互いどんな風に接しているんだ?」
こつりと横から頭をくっつけながら溢された問い掛けに、ううんと宙を見上げる。
あまり不用意なことをやらかすと、後から自分の首を絞めかねない。
けれど、今日は年に一度の祝い事。叶えられる願いなら聞いてあげたくなってしまうから、私は結局征十郎に甘い。
(征ちゃんに怒られそうだけど…)
ずっと待たせたまま、出てこない方も問題だ。そこのところの意趣返しも兼ねてしまおうか。
単なる飯事、なら。
「征十郎」
「なん、」
呼び掛けに答えて顔を上げた、油断しきった頬に唇をつける。
このくらいの戯れなら、子供の遊びでもあることだ。
「今日も一日、頑張ってね」
母親譲りの可憐な外見は、微笑むだけで天使のようだとまで言わせたもの。
お望み通りの可愛い顔で飯事を開始した私に、一時驚きに時間を止めた幼馴染みはさすがというか、すぐに心得たように笑うとお返しの唇を降らせてきた。
花嫁修業
「思ったんだが、態度さえ変われば本物の夫婦と大差ないな」
別宅にお世話になっている間、受け取られない生活費や家賃の代わりに暇な時間は使用人に頼み込み家事手伝いをさせてもらっている。
その上朝も昼も夜も顔を合わせっぱなしとなれば、確かに事実婚のように思えてしまう気持ちも解らないではない。実際既に学校内でもそう受け取られてもいるのだけれど。
「でも、今日一日だけよ」
私はまだ降参していないんだから。
繋いだ手に面白くなさそうに加えられる力に僅かな痛みを感じながら、私は笑う。
たまに分かりやすい可愛い幼馴染みの為に、帰ってから取り掛かる準備に思いを馳せて。
因みに、その日朝練の扱きが普段に輪を掛けて厳しかったと、先輩方に泣きつかれたのは余談である。
20131220.
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