これは、一体どうすればいいのだろうか。
部室の床に落ちたそれを凝視したまま、私は固まっていた。

部活中にお菓子を食べた罰のお叱りに居残っている紫原くんを待つ間、軽く部室の掃除でもしようかと思った、そこまではよかったのだ。
しかし彼のロッカーから覗いていた雑誌を不思議に思い、触れてしまったのは間違いだった。

中途半端に突っ込まれていたらしいそれは引き抜いてもいないのにバサリと地に落ちて、慌てて拾おうと蹲み込んだ瞬間私の手は凍りついた。

開き癖がついていたのか、所謂グラビア雑誌と呼ばれるもののそのページには、水着を着たモデルが少しばかり大胆なポージングで佇んでいて。
それを目にした途端に真っ白になった頭に、最初に浮かんだのはどうしよう、という一言だった。



(い、いや、どうしようもない…よね)



ここは見てみぬふりをして再度ロッカーに入れておくのが正しい対処かと、戸惑いつつも雑誌を手にとってはみたけれど。
彼もこういうものを見たりするのかと、受けた大きな衝撃を殺しきれない。

いつもお菓子のことばかり考えてそうな紫原くんも確かに年頃の男子なのだから、興味がない方が不健全なのかもしれないけれど…。
何となく綺麗なものを汚されたような気分がして、自然と肩が下がる。グラビア雑誌なだけマシだと思わなければとは、思うのだけれど。



(こういう人が好み、とか?)



写真の中の女性は、さすがモデルなだけあってショートカットのよく似合うスリムな人だった。
無駄な肉は削りきったと言わんばかりの体躯に、うぐ、と言葉を飲み込む。

当たり前だけれど、肌は綺麗だし、細いし、美人だ。
一応は私も女子の平均身長は超しているのだけれど、ここまで細い身体つきにはなれそうもなくて、ずしりと重いものが胸に落ちてきた気がした。

せめてすぐに変われるところといえば、髪くらいしかない…。



「お腹すいたー…ってなまえちん、何してんの?」



雑誌片手に自分の身体を見下ろし、髪を眺めて思案していたところ、呑気な声と共に開いた扉に思わず再び取り落としてしまった。
バサリと落ちた雑誌と固まる私を交互に見て、不思議そうに首を傾げる紫原くんに悪びれる様子はない。

慌てて雑誌を拾い、立ち上がる。
添える言葉が思い浮かばず、混乱しながらもそのままそっと差し出せば、近寄ってきた彼は手を伸ばすことなく更に不思議そうな声を発した。



「? 何でなまえちんがこんなん持ってんの?」

「…へっ?」



俯きがちになっていた顔を上げれば、こてん、と肩に首をつけている彼の姿が。
その反応に疑問を抱いて、私もぱちぱちと目を瞬かせた。



「あの、これ、紫原くんのロッカーから落ちてきたんだけど…」

「は?」

「え?」



あれ?
なんだか、意思が噛み合ってない…?

軽く瞠られた目がロッカーに向き、それから私の手元に落ちる。
その表情だけで何を思っているのかが何となく理解できて、もしかして、と切り出した。



「紫原くんのじゃ、ない?」

「うん。ない」

「え、えー…」



一気に脱力する私に驚いたのか、今度は伸びてきた手にしっかりと抱き止めてもらえた。
襲い来る安心感と今まで悩んでいたことへの馬鹿らしさに、ほっと息を吐く私に真上から大丈夫?、とかけられる声はいつも通り穏やかで、なんだか泣きたくなる。



「わ、私、紫原くんの好みから外れてるのかと…」

「は? 何それ。オレいつもなまえちん好きって言ってんじゃん」

「好みとは別かなって…」



だったら髪を切ったり、痩せなきゃいけないのかと…。
ぽつりと呟いた私に、くっついた部分から大きな震動が伝わった。



「えっやだ!」

「え?」

「なまえちんそのままでいーし! 今でも壊れそうなのに、これ以上とか困るし、ぎゅってした時気持ちよくなくなんじゃん」

「え、あ、はい…」

「オレなまえちんの全部が好きなんだから、減らさないでよ。髪も、長いの可愛いし」

「…う、うん。解った」



がっちりと肩を掴まれて離されたかと思うと真上から見つめてくる真剣な目に、気圧される。
そして言われた言葉をゆっくり噛み砕いて、恥ずかしさに顔に熱が集まるのが判った。

全部を全部肯定されるのは、嬉しいけれど…照れてしまう。



(とりあえず、不満はないのかな…)



弛みそうになる頬を両手で押さえながら息を吐くと、大体さぁ、と不満げな声と共に頭が落ちてきて、私のてっぺんにこつりとぶつかった。



「オレなまえちん以外興味ないしー」

「っ、そ、そう…ですか」

「そーゆー雑誌買うくらいならお菓子買うし、なまえちんに触ってた方が楽しいでしょ」

「さ、わ…っ」

「だからなまえちんはそのままでいーの」



他意はないはずの言葉につい過剰反応する私を、特に気にしない彼の自由さには救われる。
大丈夫、と緩く背中を撫でてくる大きな手に、一瞬強張った身体はすぐに力が抜けた。



「うー…」

「なまえちん?」



なんだかもう、なんだかなぁ…。

どうしたの?、と訊ねてくる彼の声に、きゅう、と胸の奥が鳴く。



「私も…紫原くんの全部、好きだと思っただけ」



恥ずかしいから顔は上げられないけれど、伝えたくなって言葉にした瞬間、回された両腕にぎゅっと抱き締められた。







勘違いだから




因みに後日、雑誌は先輩方の悪戯だったということが知らされる。



(いや、拗れたりすっかなーって思ってよ)
(つまんねーアル)
(なまえちんが勘違いしてたらどーすんの。てか、室ちんも止めてくんなかったわけ)
(はは、まぁいいじゃないか。悩む彼女も可愛かっただろ?)
(はぁ? んなことしなくてもなまえちんはいつも可愛いし)
(リア充爆発しろ)
(爆発するアル)
(何でオレが責められんの。意味解んないし)

20121120. 

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