憧れている人がいた。

私の持たない明るさと、感情をはっきりと表に出す素直さ。ころころと変わる表情は見ていて飽きなくて、誰かの為に全力で突っ走れる積極性も素敵だと思う、そんな人。
大好きで、焦がれて、絶対に敵わないと諦めにも似た感情で納得する。
私の親友は、とてもまっすぐで綺麗な人だ。



「その、ねっ…話があるって言ったじゃん?」

「うん」



真っ赤な顔をして少しだけ眉を顰める、私より身長のある彼女を軽く見上げて続きを待つ。
放課後、用事を済ませるまで待っていてほしいと言った親友は、教室まで戻ってくると縋るように私に走り寄ってきた。

その顔と行動だけで、もう説明は必要なかったのだけれど。
彼女の口から直接報告したいと望まれれば、拒む理由は生まれなかった。



「その…ね、あの…た、高尾に」

「うん」

「好きだって…言われた」

「うん、そっか…よかった。両思いだね!」

「なまえーっ!」



緊張し通しだったんだろう。感極まった様子で、ぎゅう、と抱き付いてきた彼女の背中をぽんぽんと叩いてあやす。
相当嬉しかったのか、ぐずぐずと泣き出してしまった親友は途切れ途切れな声でありがとう、と伝えてくる。

信じられない、嘘みたい。そんな言葉で浮かれ上がる彼女に嘘なわけないよと笑い返す、私には元から確信があった。
クラスのムードメーカーと言っても過言ではない、高尾くんを好きになった親友は、それより前から彼と気の置けないやり取りを繰り返し、楽しげではあった。
更に言えばそれ以前から、彼の方がこの親友に近付こうと画策していたことも私は知っていたから。

知らぬは本人ばかり、というやつだ。
素直で可愛い親友は彼の動向に一喜一憂して、それを目敏く察知する彼の方も嬉しげで。付き合い出すのは時間の問題だろうなと、私は少しだけ遠くから眺めて考えていた。

近くに行けないから、それだけ見渡して気付けた。
恋は盲目だなんて、嘘っぱちだ。








「最近は殊更喧しいな」



二人仲良く昼休みで賑わう購買へ向かっていった初々しいカップル。彼らに思いを馳せていた私は、呆れたというよりはあからさまにうんざりした様子の緑間くんの呟きを拾って苦笑した。



「あは…まぁ、仕方ないんじゃないかな。両思いなんて中々なれないし、二人共明るいし」



うまくいってよかったねぇと、溢しながら弁当を開ける準備をする。
いつの間にか昼食をとるメンバーは決まってしまっていて、これも親友に近付くための高尾くんの誘導だったのだけれど。二人がくっついてしまうと必然的にあぶれ者になるのが私と緑間くんだ。
恋愛ごとに興味の薄そうな緑間くんの目には、彼らは鬱陶しく写るのかもしれない。毎度毎度他所でやれ、と嘆息する表情は渋い。

まぁ確かに目に毒ではあるよなぁ、なんて思っていると、同じように弁当箱を取り出した彼の視線が私に向けられた。



「結局、みょうじは語らなかったのか」

「え?」

「高尾について、だ」



一瞬、何を言われたのか解らなかった。

高尾くんについて、なんて、語れる事柄なんて私の中には一つきりしかないけれど。
まさか知られているわけもないだろうと、真意を確かめようと顔を覗きこんだ私は、座っていても随分と高い位置にある彼の顔を見上げた瞬間に悟ってしまった。

違う。

眼鏡の奥から、感情の読めない瞳を向けられてつい、指先を握りこむ。



(気付かれてる)



人付き合いも得意そうではないし、疎いと思い込んでいた緑間くんの口から出てきた言葉は、そうと解れば的確に私の急所を抉った。

知らなければ、できないことだ。虚勢と共に笑顔が崩れるのが自分でも判って、誤魔化せない。



「オレはそれほど盲目でもないのだよ」

「……えっと」

「みょうじも高尾が好きだろう」



それも、随分前から。

ぎくりと強張った身体が、言葉より明確な答えになった。
確信を得ている様子で断定されれば、逃げることは叶わない。



「……はは…気付かれてたんだ」

「盲目ではないと言っただろう」

「そ…かぁ……ちょっと、意外だったかも」



どくんどくんと脈打つ心音を感じながら、ゆっくりと表面だけでも取り繕う。
意外と見てるんだね、と笑う私に何を思ったのか、緑間くんは眉間にシワを寄せた。



「よかったなんて、本気で思うのか」



ああ、私は本当に勘違いしていたみたいだ。

人付き合いが苦手な方だと思い込んでいた彼は、根っこの部分では優しい人だったのだと。
気付いて、だからこそ正直に答えるために、口角を上げる。
眉は、下がったままでも。



「思うよ」



恋は盲目だなんて、嘘っぱちだ。

入学してすぐから、ずっと見てきた好きな人。それも同じクラスという遠くない距離感で、自分に自信がないからこそ遠目で、ただただ目で追いかけてきた人だから分かった。分かってしまった。彼の惹かれる相手が、誰なのか。
彼が唯一目で追って好意を表していたのは、私が誰よりも憧れる、私の親友だった。

知ってしまった時には、理解して胸が痛んだ。
張り裂けるほどとはこんなものかと考えるほどには苦しんだ。
だけれど、それだけだ。羨ましさを覚えたところで、彼女の笑みを思い出せば嫉妬する暇もなく感情は熱量を失う。
すうっと冷えて、笑い出したくなるような感覚に襲われた。恨んだり妬んだりする方が馬鹿らしくなって。

そりゃ、そうだ。よく解る。
私の大好きな、素敵な女の子だもの。
嫉妬するだけ惨めなくらい、私が憧れる彼女が好かれないはずがない。
だから、同時に納得した。



(敵わないことなんて、解ってた)



親友の心が変化していく光景も、間近で見てきた。
高尾くんのことが好きだと最初に相談された時にはもう、私は何を言い出されるかは知っていたし、その先まで予測できていた。
そして想像一つにすら打ちのめされきった後だったのだ。

ああ、なんてお似合いなんだろうって。
私なんかじゃ到底、あんな風にはなれないなって。
自分の気持ち一つ、親友にすら明かせない私じゃ駄目なはずだって。

私と彼女を天秤にかけて、傾く側は決まっていた。



「嘘じゃないよ。私、あの子と高尾くん、すごくお似合いだと思うもん」



二人とも幸せそうで、嬉しい。嘘なんかじゃない。
ただ、染み付いた感情の処理が追い付いていないだけなの。私がうじうじ悩んでいるのは、根暗な私の性質の所為だって。

笑って、言いたかったのだけれど。
先に弱い部分を突かれてしまったからか、急に競り上がってきた熱いものを塞き止めるのが遅れた。



「なっ…」

「あ、う…ごめん、これは」



嬉し涙、なんて言い訳は苦しすぎる。
濡れる頬を制服の袖で拭おうとすると、急に焦った表情になった緑間くんに手を捕まれた。



「? 緑間くん?」

「っ……みょうじが何をどう考えているかは知らんが、あいつはそこまで…いや、悪い男ではないが。優しくもないのだよ」

「は…うん…?」

「それはオレも、同じかもしれんが。いや、全員だ。お前以外は結局全員身勝手だ」



何を、言っているのだろうか。

彼の言葉がうまく理解できない。全員とは。高尾くんと緑間くん以外に目を配ると、私を除いては親友しか残らない。



「あの子は別に…」



純粋な、綺麗な子だから。身勝手なんて到底似合わないレッテルだ。
泣いていたことも忘れて首を振ろうとすれば、今にも舌打ちしそうなほど顔を歪めた緑間くんに迫られた。

美人に睨まれて固まる私を、言いくるめようとするかのように畳み掛けてくる彼は、普段過度に人と関わろうとしない彼とは別人のようだった。



「無知は罪だろう。親友と語りながらみょうじを傷付けたことにも気付いていない奴も、悪意はなくとも身勝手だ」

「それは…私が言わなかったから」

「だからお前は損ばかりするのだよ!」

「そ…損…って」



あまりの剣幕に、周囲をうかがってしまう。
人気の少ない屋上ではあるけれど、離れた場所にちらほら人影が見当たらないこともない。

私の反応に気付いたのか、深い溜息を吐きながら空いた片手を眉間にやった緑間くんは苦々しい口調を抑えながら続けた。



「大体あれのどこに惚れたのかは知らんがな、あいつ自身鈍くはない。みょうじの気持ちも知っていた」

「えっ…あ、知られて……まぁ高尾くん、鋭いしね」

「その上で他に好きな女がいるのは自由だろう。また話は別だ。だが、それにしたってだ。あいつはオレに何と言ったと思う」

「は……分からない、けど…」

「口に出すのも腹立たしい…全て知っていて、お前をオレに任せると言い出す始末だ」



一体何様だと怒りを滲ませる緑間くんに、何をどう話し掛けたものか判らない。
高尾くんに気持ちを知られていたことは少なからず驚いたけれど、聡い人だとは知っていたからショックはなかった。
それよりも、聞いたばかりの話の内容の方に驚く。

彼は先程、私に損ばかりすると言ったけれど。



「それは…貧乏くじを引いたのは緑間くんなんじゃ…」



高尾くんなりの優しさなのかもしれない。けれど、そんなフォローを回されるとどうしたものか…。

狼狽える私の手首に圧力がかかる。緑間くんの手の中にすっぽりと収まって、ほんの少し締め上げられたような感覚がした。



「だから、あいつは優しくないと言っただろう。だが、ここまでされたからには乗ってやらんこともない」

「…え…?」

「いいかみょうじ、よく聞くのだよ」



緑間くんにも、いい迷惑だと思われているんじゃないのか。
そんなことを考え始めていた時に意識を再び引きずり上げられて、もう一度彼と向き直ろうとした私はその瞳に射られて息を止めた。

真っ直ぐに、真剣な目をした男の子に見つめられることなんて、そうそうあることじゃないというのもあるけれど。



「自分で言うのも何だが、オレは賢いし運動神経だって悪くない。基本的には学校生活に手は抜いていないから内申点も悪くはないだろう。何事にも人事を尽くしているからな」



自分に自信を持つだけの努力をこなす、緑間くんらしい。
すらすらとそこまで話した彼は、不意に手の力を弛めた。



「それから何より、お前の感情なら誰よりも見て知っている自信がある」



びくりと震えた指を、知られたかもしれない。
口調や眼差しは強いのに、手首から滑って握りこんでくる動きはぎこちなかった。



「みょうじのどうしようもなく身を削るような優しさに、呆れることもあるが。それでもオレは美徳だと思う」

「あ、の…」

「同じ人間にはなれんがな。それでも、オレなら他のどの人間よりみょうじを孤独にはさせないのだよ」



じわりと染み込んでくる熱が、言葉が、虚しさや寂しさを刺激する。

私は、あの二人のようになりたかったのかな。
きっとなれないって解っていて、それでも欲しかったのかな。
本音なんて、本当はよく分からないけれど。残る感情を吐き出してしまって、早く真っ白な気持ちで向き合えたらいい。



「一人で泣かせるつもりはない」



ほんの僅か、色付いた顔を複雑そうに歪めた彼の気持ちが、重なるようで嬉しさを感じたのはきっと、間違いようもなく真実だったから。






我が愛しのファム・ファタル。



まだ暫くは、時間がかかってしまうけれど。
私に、握り返させてくれますか。

20131203. 

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