これ、本当にどうしよう。

居酒屋でのちょっとした騒ぎから数十分。オレの部屋に着いてもがっちりと首に腕を回したまま、依然離れようとしない彼女を見下ろしながら考える。

ベッドに腰を下ろさせたところまではよかったのに、酔い醒ましのために水を取りに行こうとしたらがっちりと再度首にしがみつかれて、腰を折らざるを得ない体勢に持っていかれた。
上背のあり過ぎるオレには結構辛い体勢。だけど、そんなことよりも普段は見られないほど酔っぱらったなまえちんが気になって、半分ぶら下がるような形でぴんと張った背中を撫でる。



「なまえちーん? 水、飲んだ方がいいよー?」

「……んー…やっ」

「や、って…」



何それ可愛い。

ぐりぐりと鎖骨辺りに擦り付けられる旋毛から、甘い色の髪が乱れる。
子供みたいな仕草と我儘が、耐性が少ないオレの心臓に突き刺さった。

何か今日すごい甘えたなサービスされてるんだけど…!

これ以上可愛くなられても困るのに、感情に素直なオレの表情筋はだらしなく弛んでいくからどうしようもない。なまえちん可愛い。我儘言っても可愛いとか本当に最強過ぎる。



「じゃあどうしたらいい?」



気分が悪いわけではなさそうだし、水を飲ませるのはまた後で大丈夫かな。

立ったままはさすがに辛いから身体を捻って隣に腰掛けると、逃がさないとばかりに膝によじ登られる。
正面からべったりと張り付いてくるなまえちんに堪らなくなって抱き締めると、胸の辺りに擦りつかれたりして。



(今なら笑顔で死ねる…)



あーもー可愛い、と甘い色の髪を解かしながら込み上げる衝動に耐えていると、暫く無言だったなまえちんの口からぼそりと声が漏らされる。



「きす…」

「あ」

「うわき、だめ…キスしないとだめ」



そういえば、居酒屋を出た時もぐずっていたことを思い出す。

浮気なんか本当にしてないんだけど…今言っても無駄か。
可愛いおねだりを断る理由も断れるだけの理性もない。くいっと顎を反らして見上げてくる彼女の望み通り、柔らかい唇に吸い付いてから一旦離れると、至近距離から不満げな目で睨まれた。

睨まれても可愛いとか思うオレは別におかしくないはずだ。



「まだ」

「はい」

「もっと」

「はいはい」



箍が外れないよう調整しつつ、軽いキスを何度も落とす。
唇だけで足りないと首を振るから頬や瞼、額にも。

少しでも気を抜くと理性が飛びそうになるから、我慢するのはあまり得意じゃない。
けど、いくら彼女でも酔っているところに勢いで手を出すわけにもいかないからと、がっつかないように冷静でいようと努めていたのに。



「やぁ…」



まだ足りないのか、ほんのり赤く染まった顔がせつなげに歪む。
アルコールが入って感情が高ぶっているのか、潤んでいた目の縁からぽろりと溢れた涙に気をとられていたら、首を引き寄せられた。



「んむっ」



あ、これヤバい。

珍しく、本当に珍しく彼女から仕掛けられたキスに遅れをとった。
いつもの控えめな舌技は何だったのかと思うくらい性急に絡み付いてきた熱い舌に一瞬応えそうになって、いやいやいや、と持ち直したまま小さな頭を捕まえて引き剥がす。



「んーっ…やー」

「っ、は、ちょーっとなまえちん、酔い覚まそうやっぱ」



オレの理性マジ鉄壁に育った…!

ちょっとばかりくらりときたのは仕方ないと思う。
すんすんと静かに泣き始めたなまえちんは頑張って顔を近づけようとしてくるけど、そこは当然オレの力に敵うわけもなく。



「いやなの…?」

「いや…嫌なわけないし寧ろ美味しいんだけどさー…」



オレに拒まれたと思い込んで、悄気て涙を溢すなまえちんは可哀想で可愛い。不謹慎だけど物凄く可愛い。これは嘘じゃない。
もし素面でこうだったら、オレも我慢しなくていいかなぁと思うんだけども。



「でもなまえちん酔ってるしね…」



さすがに、駄目でしょ。あんまり長くくっついて、キスまで我慢しなかったらその先が。
我慢地獄か、理性崩落か。どっちにしろオレとしては遠慮したい。



「やっ…やっ…」

「なまえちん?」

「やっぱりうわきっ…」

「…オレが浮気なんかするわけないじゃん」

「敦くん…私、の…私の、敦くん…なのにぃ…」



ぼろぼろと本格的に泣き出すなまえちんに、両手を挙げて降参したくなる。
ぎゅう、と胸の辺りの服を掴んで離さない手は震えていて、温めてやりたくなって上から握った。



「そんなことしたらなまえちんと別れなきゃいけなくなるじゃん。浮気なんか絶対しねーって」

「っわか、れっ…わかれないぃっ」

「ねぇ何でそこ拾うのなまえちん?」



わざと? わざとなの?

ぶわわ、と増えた涙の量に突っ伏したくなるのを堪えて抱き締めなおして、落ち着かせたくて背中を撫でても酔ったなまえちんは納得しない。



「わかれないの…っ」

「うん別れないよ当たり前じゃん」

「だからキスするのっ」

「いやあれ以上は…」

「……敦くんに、あきられた…っ」

「…何でそうなんの!?」



飽きないよ馬鹿じゃないの今尚心臓掴まれっぱなしだよ…!!

勘違いも甚だし過ぎる台詞に思わず抱いていた肩を掴んで引き剥がす。さすがにこの数年分積もり積もったオレの想いを全否定されるのはあんまりだ。
これは説得し直さなければいけないとなまえちんの顔を再び覗き込んだのに、それでもオレはやっぱり、この子の泣き顔にはとんと弱くて。



「だって、敦く…」



ちゃんと、キス、してくれない。

泣き声を堪えずに吐き出される我儘も、これもやっぱり可愛くて仕方ないから。



「確かめ、られない…好きって、ちゃんと愛して、くれなきゃ」

「…っ…あーもー…」



せっかく、こっちが理性総動員で堪えてるっていうのに。
この子はオレを殺す気なのかと、たまに思う。

そこまで言われて、平気でいられるとでも思ってんの?



(無理だし)



愛して? これ以上?
壊しそうになって踏みとどまってを繰り返すくらい、今だって愛してるのに。

ぶつん、と頭の中で派手に途切れた音がした。それが何なのか把握できる程度には、もう子供じゃない。
痛いくらい速まった心臓の音も遠ざかって、喉が乾くような感覚に吐き出した息は熱い。

ああこれもう、我慢しなくていいよね。
なまえちんが泣くほど欲しがるなら、いいよね。



「なまえちんが悪いから」

「敦くん…すき」

「オレも好き。愛してる。けどさぁなまえちん、ダメだよ」

「好き、じゃ…だめ…?」

「ダメ。だって、ほら」



加減、してあげらんなくなるでしょ。



「敦く…」



小さな身体を組み敷くのは簡単で、そのまま覆い被さってオレの名前を呼びかけていた唇を塞ぐ。
まるで獲物を捕食する獣みたいだなんて過った考えは、深まるキスに満たされたように背中に回された手のおかげで消え去った。







一応、理性と戦ってみたけれど・・




敗北が確実な勝負なんて、最初から不毛過ぎたよね。

無意識に甘い声で誘いをかける彼女に、溺れるために鎖を千切った。

20131127. 

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