我が洛山高校生徒会長、そして所属する部活の統轄役兼私の親友と呼んでも差し支えない親しさにある赤司征十郎は、その優れた能力が多大に影響しているが故か少しばかりワーカーホリックの気質がある。

本人や周囲のにとっては普段と何ら変わりない、公私共に時間や力の配分が上手く何一つ文句の付け所もないスマートな統率者に見えるのだろう。
できれば私も同じような認識でいたいものだが、近くで触れると無視できない部分も出てくるのは仕方がないことで。

普段から全く隙のない男が気を張っているからこそ気付かされてしまうのか、何なのか。
昼食も後に回し、凡そ生徒が干渉する必要がないはずの資料に目を通す友人を見つめる私の目は、自然とじとりとしたものになってしまう。

黙々とレジュメを捲る姿を紙パックのジュースを飲み干すまで見つめ続けて、とうとう私の口から溜息が漏れだす。
こちらもしっかりと視界に入れていただろうに、それを耳にして初めてどうした、と手元から視線を上げる辺りが本当に白々しい。けれど。



「征十郎、箸使うよ」

「は…」



机を挟んでいた椅子をずらし、斜め横の位置を陣取る。蓋を開けたまま放置された彩り豊かなお弁当に、持ち主の返事は聞かずに箸を差し込んだ。
私のやろうとしていることを悟ったであろう征十郎は、そのくせ例のごとく至極不思議そうな目で見返してくる。

こんな時に一見では無垢にしか見えない表情を向けられると、少しばかり苛つきたい気持ちにもなるのだけれど。



「はい、お口あーんする」

「…どうしたんだ、なまえらしくない」

「言っとくけど熱はありませんからね…それ読んでからじゃ食べる時間足りないでしょ。部活もあるのに、君は自分に鞭打ち過ぎです」



ただでさえ多忙な人間が、必要分の栄養も取らずに働き回る図なんて、近くで見ていて楽しいわけがない。
ここ最近、いつにも増して部活面での指導も細かい。無意識のストレスが殊更本人の気を確かにさせ、休ませようとしない悪循環を感じ取り、黙っていられるほど私も薄情ではなかった。

いいから口を開けなさい、と少々強引におかずを突き出せば、行儀を咎めるかとも思った征十郎は意外にも素直に従ってくれた。

頭が高いとか、言われることも一応覚悟してたんだけど。



「素直だ…」

「滅多にないチャンスかと思ってな」

「あー…もう理由は何でもいいわ。とりあえず、ご飯は残さず食べさせるから征十郎はそっちに集中していいよ」

「それも若干惜しい」

「出血大サービスだからね」



何だかんだ言いながらも時間が惜しくはあるのか、私の誘導に逆らわずにレジュメに真顔で視線を戻す征十郎。その口元にせっせとお弁当の中身を運ぶ私という図は、間違ってもリア充乙なんて言葉を掛けられない自信が湧いてくるくらいシュールだ。

けれど、と無言で箸を動かしながら考える。
征十郎は目付きはよろしくないが少しばかり童顔だし、滅多に焼かせてくれない世話をしていると、何だか可愛く見えてこないこともない。
そんなことを口にしようものなら、目を潰す勢いの微笑みと罰を本人から食らう未来が見えるので、お口にチャックはしておくが。



(解ってるくせに…)



私の心境なんて、容易に手に取って眺められるだろうに。
こんな時ばかり気付かないふりをするこの男を、揺さぶってやりたくなる。そんな手腕が私に備わっているわけもないけれど。

口元に差し出されるおかずを、他人の手からも上品に食べ進める横顔を眺めながら、私は内心で溜息を吐きなおした。










「先に帰っていいと言わなかったか」



私以外に人気のゼロになった部室のベンチに腰掛けていると、扉を開けて入ってきた制服姿の男の口角が僅かに弛む。
何でもお見通しと言いたげな表情を見上げる私の顔はというと、むっすりと膨れ上がっていることだろう。
何も言わずにベンチの隣を叩いて示せば、何の抵抗もなく横に腰掛けてくる征十郎の腕を遠慮なく掴んで引き寄せた。

ぐらりと傾いた身体はこの男になら建て直すこともできたはずだが、どこまでも私の好きにさせてくれるらしい。



「どうしたんだなまえ、今日は随分と積極的だな」

「どうもこうもない…解ってるくせに」



うまい具合に膝に乗った頭はそのまま、体勢を整えるよう仰向けになった征十郎の色違いの瞳が、下方で楽しげに細まるのがちょっとだけ腹立たしい。

何でそんな楽しそうなのかな、君は。



「私、ちょっと怒ってるよ」

「この体勢で?」

「そうだよこの体勢でですよ。気付いてるくせに知らないふりするから、無理矢理にでも押さえつける気満々よ」

「それは貴重だな」

「征十郎」



私がはぐらかされるわけもないし、ふざけたいわけでもないことは解っているよね?

その意を込めて見下ろした膝の上で、私の冷ややかな視線さえ楽しんでいる節のある男は笑いを含んだ吐息を吐き出した。



「僕が自己管理を怠ると思うのか?」



それは、心配するだけ無駄だとでも言うように。

確かに、完璧主義者な征十郎の私生活に口出しするなんて、普通に考えると侮辱しているようなものなのかもしれないけれど。



「そういうことじゃないんだよ」



こういうところだけ解ってないよなぁ、と男子のわりに指通りのいい髪をわしゃわしゃと掻き回す。
ここまでしてもやめろとは一言も言わない征十郎に少し気が引けてくるけれど、今になって謝ったり投げ出すのも、何かが違う。



「征十郎はさー、そりゃ天才だから何だってそつなくこなすし、キャパは広いし、自分の限界値だって知ってるんだろうけどね」



どうせ帰っても学業に手を抜くこともなく、部活動中の不備についても誰にも相談することもなく全て一人で思案を巡らし、決定を下すのだろう。
それが赤司征十郎という人間だとは理解していても、想像が現実と変わりないことを知っていると引き留めたくなってしまう。

単純に、心配なんだよ。



「偉いし凄いけど、心配」



誰にも頼らず、よそ見もせず、他人の数倍の期待を背負っているのを見ていると。
何で弱音の一つも聞かせてくれないのか、少しも手伝わせてくれないのか、私だって不満に思う。

独りで立とうとしているみたいで、寂しいじゃないか。



「心配されるほどでもないと、思っているんだが」

「征十郎の価値観はずれてるんですー。最近は特に働きすぎだから」

「そうか」

「そう」

「そうか」

「おいちょっと征十郎さん何笑ってんの」



笑うとこじゃなくないか…私真面目な話してたよね…?

膝に伝わる震動に眉を寄せると、髪を掻いていた手を捕まえられる。
部活中まで無意識に張っていたであろう気を緩ませた征十郎の体温は、温かかった。



「そんなに心配してくれるのなら、なまえがずっと隣で引き留めてくれればいいだろう?」



ぴたりと頬に私の手をくっつけて、笑う姿はほんの少し可愛く見えてしまったけれど。
ちゃっかりまたおかしなことを言い出すその口は、いつもの余裕を取り戻して可愛げがなかった。







隴を得て蜀を望む




「しかし…膝枕なんて初めてされた気がするな」

「私だって家族以外にしたのは初めてだよ」



こうでもして引き留めておかないと、はぐらかされっぱなしで終わる気がしたし。
それにしたってむず痒いものがあるのだから、あまりそういうことを言わないでほしい。

じわじわと襲いくる羞恥心を誤魔化したくて強まる視線を避けていると、これもまた喜色を隠さない声音が私をちくりと攻撃してくる。



「ただの友達に、ここまでするものかな」

「…出血大サービスですから」

「そういうことにしておいてやろう」



なまえが疲れた時には期待するといい、なんて微笑む男は、稀に見る上機嫌さで私の手を弄り続けている。
それは逆に気が休まらなそうだなと、全力で意識を逸らす私の心を相も変わらず見抜いているだろうに。

20131126. 

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