何かと比較し下に見られて家族にさえ雑に扱われるのは、出来のいい身内を持った者の運命だ。
齢十六にして達観してみるも、心がしっかりと追い付いてきてくれるわけもなく。
今日も私は、落第の印をガサガサに乾いてひび割れた心臓に押されるのだ。



「なまえ、もうお母さん達怒らせるのやめてよ」



精神的に疲れきって部屋に戻ってみれば、成功例からのお小言か。

はぁ、と漏れる溜息も隠せない。
私の態度の悪さに細く整えた眉を吊り上げる姉は、空気が悪くなるでしょ、と夕食時のことを気にして睨んでくる。

はいはい、この家に私の味方なんていませんよ。

内心で肩を竦めて、私が紡ぎ出すのは全うな言い訳だ。



「必死にやってあれなのに、文句言われても困るし」

「必死って、あんな点数で?」

「学年二十位以内でもね。どうせ出来損ないですから」



私だって頑張って取れるものなら五位とか取ってみたいけどね。

部活動に勤しんで予習復習も欠かさずやって、授業も真面目に受けているのにこの結果なのだ。もうこれ以上に自分でどうにかなるものでもない。仕方ないことはよく解っている。
所詮私は出来のよくない凡人で、天才らしい姉には敵わない。部活も勉強も、何もかも実らせて手に入れてきた姉とは作りが違うのだ。

とっくのとうに理解していることで、諦めていること。
私としては、理不尽な格差を見せ付けられているのに投げずに努力し続けていることを誉めてほしいくらいなのに。



(うっざいなぁもー…)



純粋で無自覚な悪意を持って、いつもこの姉は私の立場を奪っていく。
下に見られるだけでもこっちは自尊心を傷付けられて苛つくというのに、説教じみた事柄を口にしては自己顕示欲を満たしている姉は、校内でちょっとした人気がある女子とは思えないほど性根がねじ曲がっている。

まぁ、私の性根も姉を叩けたものでもないけれど。
私が見下される横で羨望や賞賛を浴びて育った姉は、私の出来が悪ければ悪いほど喜ぶし、もっと頑張れと嗾けては、その結果を小言という形で見せ付けてくる。
お前はその程度だと、私から見えていることを知ってか知らずか醜い顔で嗤う姉には、家族とはいえ胸糞悪さが込み上げた。



「部活もやめた方がいいんじゃない」



その方が勉強に集中できるでしょ、という言葉の裏側は、どうせ何の才能もないんだから、と言ったところか。

我が姉ながら、ドン引きだ。



「それ、俊ちゃんに同じように言えたらそうしてあげてもいいよ」

「………は?」



まだ何か言いたげなところを遮るように返せば、途端に姉の声が低くなる。
姉妹二人部屋なんてろくでもないなと思いつつ、未だ肩に掛けたままだった荷物を下ろして机に向かえば、どういう意味よ、と苛立たしげな声が背中に投げ掛けられた。

どうもこうもないわ。



(大体、私がイラついてんだっつの)



才能がないだとか、努力が足りないだとか、神様からのギフトを自覚する奴に言われても鬱陶しいだけだ。

欠けているから、足りないから、何だってのよ。
努力が絶対に実る保証はない? そんなの当然の摂理でしょう。人間なら普通は理解して納得することよ。
その上で、好きなことを頑張っちゃいけないの?
その他を疎かにしているわけでもないのに、取り上げられなきゃいけないの?

振り向いた先で顔を歪めていた姉と、その比較対象として生きてきた私の想い人は同じ人間だ。



(あんただって)



その一途さを眩しく思って、恋をしたくせに。



「私の方が、よっぽど綺麗じゃん?」



理不尽を知る、幼い頃から見慣れている、ボールを追いかける背中を思い浮かべる。

私の味方、私の指標は昔からずっと彼だけだ。
才能の壁を理解しながら、何度も打ち砕かれても岐路で立ち止まったりしない、一つ上の幼馴染みは私の目には、誰よりも輝いて見えたから。

追い掛けたくて、真似をする。挫けても投げ遣りにはならないと誓っている私の方が、才能ある高慢稚気なんかよりよっぽどお似合いじゃない。

ねぇ?、と首を傾げてみせた私の頬に、きつい張り手が見舞われたのは一瞬後のことだった。

ほーらやっぱり、自分の性格の悪さ、解ってんじゃん。







キラキラに夢中になって中毒




「女が顔腫らしちゃだめだろ…」



家にいると、両親は私の言い分を聞かない。どんなに私が傷付いていても、最終的には傷付けられるようなことをする私が悪いという結論になる。

それが嫌な私はいつも幼馴染みの家に駆け込んでいて、今日も家族と向き合うまでの時間稼ぎに向かえば、玄関外に立つ私を確認した彼は困り顔で中へと招き入れてくれた。



「それ私に言われてもねー」

「今日はどうした?」

「えー…成績を親に叱られて、お姉に部活やめればって言われた」



ちゃっかり姉の好感度を下げてやる。というか、事実だし。

おばさんやおじさんはまだ仕事から帰っていないのか、静かなリビングで渡された氷嚢を熱を持つ頬に当てると、隣に座ってきた幼馴染みは仕方ないなと言いたげに天井を仰ぐ。



「頑張ってるのにな」

「…うん」

「なまえは充分偉いよ。素直に、オレは尊敬できると思う」

「ん」

「だから…あー、泣くなよ…」



よしよしと撫でてくれる慣れ親しんだ手は、両親でも姉のものでもなく、私の中ではずっと優しい幼馴染みのものだ。

私の涙をいつまでも困り果てた表情で拭ってくれる彼が、これが嬉し泣きだということにいつまでも気付かないでいるのは、おかしいけれど。
甘えられるだけ甘えさせてもらえるのは嬉しいから、自分からは明かさない。美味しい時間を手離す理由はない。

だからその代わりに、私は絶対にこの先も、私を否定しないと決めている。



「ありがと、俊ちゃん」



彼が私の味方でいてくれるように、私だって彼に味方しようと。
こうして何度も励まされては、どういたしましてと笑う彼に最後にとびきりの笑顔を返すのだ。

煌めいて見えれば、目論みは上々。



(打算?)
(いいえ)
(嘘偽りは一つもないわ)

20131125. 

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