「福井ー」



彼女来てるぞ、と茶化し気味に知らせてきたクラスメイトを軽くどついて、黒板近くの扉からひらひらと手を振るなまえのもとへ向かう。
元々の作りからして愛嬌のある顔は、オレが近寄ると更ににこにこと綻んだ。



「おーなまえ、どした?」



普段に輪を掛けて機嫌のいい彼女の態度に笑いながら話し掛ければ、やや下方から伸ばされた両手がオレの手を捕まえてぎゅっと握り締めた。

それはもうこれまでに何度もやり取りしてきた合図で、オレの返事を待つように首を傾げて見上げてくるなまえは実年齢にそぐわないほど純粋な目をしていて、幼く見える。
決して、女子の平均身長に満たない小さな外見の所為ということではない。いや、ぶっちゃけるとそれも効果を多大に発揮してはいるが。

外見の幼さをからかうとなまえは本気で拗ねるということで、置いておく。とりあえず今は返事を返すべきだろうと、子供並みに小さな白い手を同じように握り返した。



「わかった。んじゃ、部活終わったら部室来いよ」



一緒に帰れる、という合図を貰えるのは週に二、三回。しかも不定期だ。
なまえの所属する園芸部に、毎日居残る部員はまずいない。真面目な部員でもたまに校内の植物の世話や様子見をするくらいのもので、基本的に放課後いつまでも校舎に居残る必要がないのだ。

だからたまに帰りが遅くなる場合は、家も近い幼馴染みのよしみで揃って帰路につく。
今は、幼馴染みというか彼氏の役目みたいなものだが。

オレの答えに嬉しそうにこくこくと頷いて、身を翻したなまえはばいばい、とまた手を振って、自分の教室へと去っていく。
小さな背中が廊下の向こうに消える頃、扉近くのクラスメイトが口元をにやつかせているのが視界に入った。



「リア充ー」

「おう、リア充だぜ」

「うわうっぜぇ!…けど、マジで彼女全然しゃべんねーよなぁ」



今もずっと見てたけど声一つ漏らさねぇし、とぼやくクラスメイトの頭を見てんじゃねぇよと平手で叩いても、悪びれないそいつは痛いと文句を溢しながらも訝しげな顔でこちらを見上げてくる。



「福井お前彼女としゃべんねぇの?」

「知らね」

「んなわきゃあるめぇ」



ツッコミをスルーして席に戻るオレに背後から文句を言ってくる声は、次の授業の担当教師が来たことで静まった。








今日も今日とて厳しい練習に扱かれ、慣れた疲れを引き摺りながら汗だくのシャツを着替える。
その最中、最早習慣のように部員の耳に飛び込んでくるのは一年下のモテ男が今日もいかに猛威を奮っていたかという話題や、己との処遇の差に崩れ落ちるゴリラの哀れな泣き声だ。

それらに茶々を入れながら見守っていると、最終的に部室内の雰囲気は健全な男子高生らしい思考に落ち着き、彼女が欲しいと呟きだす。
このハードな部活動で彼女を作れる人間は中々少なく、よく話題の中心になる後輩でさえ、今はバスケのことしか考えられないから、と数多の告白やアピールを拒み続けていたり。

好きになった相手が幼馴染みでよかったと思うのは、こんな時だ。
元から気心が知れているし、長年積み重ねた関係は崩れにくい。恵まれてんなぁと一人実感していると、手のかかる一年エースの世話を焼いていた後輩が思い出したようにこちらを振り返ってきた。



「そういえば…福井先輩の彼女は幼馴染みでしたっけ」

「あ? ああ、そうだけど」



突然の振りに一瞬驚くも、頷いて返す。
ゴリラの泣き声が更に音量を上げたので軽く殴ると、今度はでかい身体を丸めてしくしくと泣き始めた。これはこれでうざい。

一連の動作を苦笑しながら見ていた後輩は特にそれを励ますこともなく、大事な相手がいるのはいいですよね、と変化球の追い討ちをかけた。
これがわざとか天然なのか、判断できない辺り本当に食えない奴だと思う。



「でも…彼女さん、よく顔は見るけど声は聴いたことないな」

「あー、ちっこいししゃべんないから間違って踏み潰しそうだよねー」

「いや踏み潰すな。洒落になんねぇ」

「えー、じゃあしゃべらせてよー」

「アツシ、先輩自身のことじゃないんだから我儘は駄目だよ」

「でもー、よくうろちょろしてんじゃん」



図体ばかりでかい子供は、スナック菓子を頬張りながら眉を顰める。
こいつならやりかねない、と若干頬を引き攣らせるオレを馬鹿にするように背を屈めてくる一年エースは、いつも通りやる気のない目付きで見下ろしてくる。



「つーか、アンタの前でもああなわけ?」

「アンタってな、先輩に敬意を払えよお前」

「えーやだ」

「んじゃオレもやだ」

「は?」



さっさと身支度を整えてバッグを手に持つ。



「なまえはしゃべらせねぇ。お前が気ぃつけろよ」



ぱちりと瞬いた後輩達の目に、お先、とだけ残して部室を出る間際。あれが巷で噂のヤンデレアル、と呟いた留学生は明日個人的にシメようと決めた。



「お、ナイスタイミング」

「!」



部室を出てすぐに、こっちに向かって足を進めていたなまえを見つけて片手を挙げる。
ぱっと顔色を明るくして駆けてくる様は小さい頃から変わらず、昔からオレに従順な幼馴染みは今日も真面目に言い付けを守り続けたらしい。

周囲をきょろきょろと見回して人影がないのを確認すると、ほんのり色付く頬をふにゃりと崩して笑う。



「健介くん…」



滅多に聴けない声は高く、小鳥の囀りにも似ている。



「部活、お疲れさま」

「ん、ありがとな」

「ううん」



身体の横で揺れていた手を取れば、なまえの瞳が満足げに細まる。
見慣れた表情でも、贔屓目なしに可愛く映るそれを確かめて、オレはオレの判断の正確性に今日も内心深く頷いた。







俺の絶対的恋愛論




「なまえは家族の前とオレと二人でいる時以外、できるだけ声を出したら駄目だ。じゃなきゃいつかはバラバラになるぜ」



根っこから出任せでもないが、傲慢な言い付けを口にした日から早五年程。
昔からやたらとオレに従順だった幼馴染みは必要最低限にしか口を利かず、他者の前では表情や身振り手振りでのコミュニケーションに勤しんでいる。

その現状に罪悪感を感じるかと問われれば、ぶっちゃけ全く感じていない。
寧ろ必死に言い付けを義務とするなまえの頑張りや、校内ではたまにしか聴けない声というのもオツなものだとさえ思っている。

たまに無理をさせていることを謝っても、いつだってなまえは首を横に振る。
そして人の目がある場所ではオレの掌の上に、平仮名四文字を指で書いて笑うのだ。



「健介くん、だいすき」



だからいいんだよ、と言うように。
そんな嘘のない態度を見せつけられて、今更やめさせてやれるわけもない。



「オレも」



なまえにだけは、からかう以外で嘘を吐いたりはしない。

気づいた時には好きで傍に置きたくて、譲りたくないと思っていた。
やり方を知らない小さな子供がお互いを捕まえておくための枷は、年数を重ねて重みを増した。



(うちにでかい一年いるだろ。アイツがお前のこと踏み潰しそうっつってた)
(! ふっ…踏まれたら、絶対痛い…両手とかばたばたしてたら気付かれるかな?)
(あとは逃げ回るしかないんじゃね)
(が、頑張る)
(よしよし、頑張れ)
(頑張る…!)

20131123. 

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