※本編51話後の話





「2号、連れてきてくれたんですね」



差し入れも完食して、少しの間続く休憩中。器をトレイに戻しに行く時にリコ先輩に聞いたのか、再び壁際まで戻ってきた彼にありがとうございました、とお礼を言われた。



「ううん、部の皆も喜んでたし。すぐに返せてよかった」



挙動不審にならないようどうにか平静を保って笑顔を浮かべると、同じようにテツヤくんも頬を弛ませる。
彼にが一番懐いているのか、その足元にころころと寄ってきた仔犬は丸い目をして私達を見上げてきた。

蹲み込んで手を伸ばすと、全くの無警戒で撫でさせてくれる。たまにぺろぺろと手を舐めてくる舌がくすぐったい。



「可愛いなぁ…名前、2号っていうの?」

「正式にはテツヤ2号です」

「へっ」



仔犬を挟むようにして膝を折った彼に待ってましたとばかりに両前足をかける仔犬は愛らしい。けれど、飛び出した聞き慣れた名前に私の意識は引っ張られた。

テツヤ、2号…?

思わず仔犬と彼とを交互に見つめてしまう私に、考えを察してくれたテツヤくんがこくりと頷く。



「ボクに似ているからって、先輩が付けたんですけど」



尻尾を振り続ける仔犬改め2号を、ひょいと掬い上げた彼は私に顔が見えるように抱き直す。
くるりと並ぶ目が二組、真っ直ぐに見つめてきて少し仰け反りそうになった。



「似てます?」



テツヤくんの言葉に合わせるように、2号がタイミングよくぱちぱちと瞬きをする。



「言われてみれば…確かにちょっと雰囲気似てるかも…」



透き通るような二組の目は、似ていると言われれば似ているような気もする。

けれどそれ以上に、彼らの距離感だろうか。
可愛がっていると節々から伝わる彼の手付きや、純粋に慕って懐いている様子の仔犬に、込み上げてくるものがあった。



「ふふっ…なんか、親子みたい」



なんだか、可愛い。

抱えられて尻尾を振っている仔犬と、その小さな頭に顎を乗せているテツヤくんの図は、無性に可愛いというか、和むというか。
笑ってしまった私に、彼は瞬きを繰り返して僅かに首を傾ける。



「親子…」



何かを思案するように数秒黙りこんだテツヤくんは、ほんの少し眦を下げると腕に抱いていた2号を私に近付けた。



「ほら、2号」



何をするのだろうかと不思議に思う、私と2号の目が合う。
顔の少し下辺り、宙ぶらりんな状態の仔犬と私を見つめるテツヤくんの口角が上がったのが見えた。



「お母さんですよ」

「…!? お、おか…っ」



わん、と鳴き声を上げる仔犬は、まるで人語を理解しているかのようだった。

想定できたはずもない言葉を吐き出したテツヤくんは、極端に変わらない表情にしてやったりといった雰囲気を乗せている。
一気に込み上げた恥ずかしさに赤くなっただろう頬を手で覆う私を、悪戯が成功した子供のような目付きで見てくる。



「お…お母さん、って」

「駄目でしたか」

「だ、駄目っていうか…」



一人と一匹の目は、確かにそっくりかもしれない。
目を合わせられなくて俯く私に、ぐさぐさと容赦なく彼らの視線が刺さる気がした。

ああ、もう、またおかしい。
心臓が、ドキドキいっているのが判って、苦しい。



「テツヤくんは…たまに意地悪」



からかって、楽しんでるでしょう。

視線から逃げたまま呟いた声は拗ねたような響きになって、それがまた恥ずかしくって。
彼の手から下ろされたのかぱたぱたと足音を立てて近付いてきた2号が、私の膝に前足を置いて覗き込んでくるものだから。
なんだか本当に、子供のように見えてしまって。



「からかってるつもりはないですけど」

「…じゃあ、何?」



甘えられると、弱い。動物だって元から好きだ。
だから、つい抱き上げてしまった2号をくしゃくしゃと撫でる。悔しいけれど、不快感なんてあるはずがない。

未だ普段通りに話せない私の声を拾ってはくすくすと笑う、彼の声を耳で聞いて余計に顔が熱くなるのが判った。



「さあ、何ですかね」







可愛すぎて堪らない



強いて言うなら、願望ですかね。

そんな声にならない呟きは空気に溶けてしまって、私の耳には届かなかった。

20131108. 

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