※高三時間軸



たまに、突拍子もない事柄を大真面目に語り始める。
十八年以上生きてきて初めてできた私の恋人は、色々と予期できないことを言い出したりやらかしたりするような人だ。



「お願いがあるんだ」



にっこりと、老若男女問わずうっかり八割ほどは見惚れてしまうだろう笑顔を浮かべた彼は、ある種の予感に背筋を凍らせる私に気付いていながら、一瞬だってその笑みを崩さない。
今日も素晴らしい面の皮ですね…なんて言えるはずもなく、私は読んでいた本を閉じて座っている椅子の隣に立つ彼を見上げた。



「お、お願い?」

「うん。オレの誕生日、今月なんだけど」

「うん」



続けられた言葉は、別段驚くようなことでもなかった。
去年は当日になって知ったことだったけれど、さすがに恋人になった人の誕生日を覚えていないほど、私も呆けてはいない。
先月からプレゼントを何にするか悩み始めていたし、今だって細やかながら計画を練っている最中である。

そんな私の動きを知らないまでも、なんとなくは予想できているんじゃないかと思っていた辰也くんは、動じない私を見下ろす瞳をこの上なく弛めた。



「欲しいものがあるんだ。だから、誕生日プレゼントにお願い、聞いてくれないかな」

「えーと…何が欲しいの?」

「それを当日にお願いするから、叶えてくれるっていう約束が欲しい」

「う…うーん…」



煌めく笑顔で宣う辰也くんの本気は、それはもうびしびしと伝わってきた。
けれど、それでは当日にあげられる物の選択権だけが奪われてしまうことになる。
頷いてしまえば、当日に何が欲しいと言われても拒否できない。

今まで何度も油断した隙を突かれて、散々痛い目にあわされてきたのだ。例え好きな相手であっても何もかもに頷いてしまえない。
私だって、少しくらいは都合やら何やら、ないこともないわけで。



「辰也くんそれ言質って言うんだよ…」



知ってる?、と寄せた眉を元に戻すこともせずに訊ねれば、漸くその狙ったような笑みを少しだけ解いた彼は、勿論、と頷く。



「でもなまえは、オレの欲しいものをあげたい、って思ってくれるだろ?」

「…そういう言い方は、狡いです」

「Sorry、なまえは優しいからね」



この人もう自分の望みは通ったものとしてるような。

絆す気満々で引き寄せられた頭に、キスの雨が降る。
滅多に人の来ない図書室の一角だから、人目を気にしなくていいとは言え…いいようにされてるなぁとぼんやりと考える。考えられるようになった私は最早手遅れな気しかしない。



(本当、結局いいようにさせちゃうんだもんなぁ…)



つい甘くなってしまう。いつだって流されてしまうわけだ。
本気で嫌がれば辰也くんだって無理強いはしないだろう。けれど、誕生日という祝い事を抜きにしても、私には彼を撥ね除けられない。



「…あんまり、酷いお願いは嫌だからね?」



私にできることなら、なんて考えてしまう。そんな自分に溜息が溢れそうになるところ、寸前で飲み込んで近くにある整った顔を窘めるように睨めば、答えを聞いた彼は本当に嬉しげに破顔するものだから。



「勿論。ありがとうなまえ、好きだよ」

「でも私が言うこと聞くって分かってたよね」

「なまえは可愛いから」

「答えになってない…」



また、負けちゃった。

悔しいような気持ちは拭えなかったけれど、喜ばれるとどうしても、やっぱり私も嬉しさが込み上げるから。
熱をもつ頬を包み込んでくる両手に、観念して目蓋を下ろした。






そして迎えた十月三十日。
やはりというか、私は自分の軽率さに首を絞められることになる。



「なまえが欲しいな」



美の女神に愛され過ぎた容貌を惜し気もなく使用して、それはそれは甘ったるい声を落とされる。
この攻撃から逃げ切れる女子がこの世にどれだけ存在するだろう。少なくとも私は無理だった。詰め寄られる前の時点で白旗を降るレベルで無理だった。

まぁ、恋人同士ではあるのだし、本気で拒否する必要もないと判断したのは自分でもあるのだけれど。
でも、まさか。その言葉をここまで拡大解釈できる人間がいるだろうか。できなかった私が、おかしいのだろうか。

いや、絶対、おかしいのは私じゃない…よね…?



「…と、いうことで。まだ全てに責任が取れるわけでもない、子供の分際で生意気だと思われても仕方がないとは理解しています。その上で、お願いします」

「ええ…っ」

「今すぐにとは、さすがに言えません。それでもいつか、将来…幸せにできるだけの自信や立場を手にいれられたら。お願いします。なまえさんと、結婚させてください。オレはこの先ずっと、彼女を離したくないんです…!」

「ええ…勿論よっ!!」



決意堅く真剣な表情で語る恋人にも、嬉し涙を浮かべながら力一杯頷く母にも、つっこみを入れる気力が湧かない。
どうしてこうなったんだろうか…と宙を見上げながら途方に暮れても、慰めてくれる人すらこの場にはいなかった。



(欲しいって…)



欲しいって、こんな意味だなんて。

まさか誰がこんな展開を予測できたというのか。
たかが高校生の恋愛で、ここまで本気の滲むご挨拶を聞くことなんて普通はないと思う。

ここに父親までいなくてよかったなー、なんて現実逃避に走っても、この場から動けもしなければ耳も塞げない。
十月三十日、夜。家のリビングにて、何故か私は辰也くんと二人並んで白熱する母親と向き合っていた。



「大丈夫よ辰也くん、こんな美形でしっかり者な子がなまえのお婿さんになるなんて、お父さんもきっと喜ぶわ! もう将来と言わず今すぐにでもこの子のことなら持ってっちゃって構わないくらいよ!!」

「さすがに、まだオレも準備が足りませんから…でも、いつかは必ず。ありがとうございますお義母さん…!」

「やだわお義母さんだなんて! ちょっと変わってるところもある子だけど…なまえのこと、可愛がってあげてね」

「勿論です。寧ろそこがなまえの可愛いところだと思ってますから」

「あらぁ本当に愛されてるじゃなーい! いつどうやってこんな優良物件捕まえたのよなまえったら!」

「…ドウダッタカナー」



年甲斐もなく騒ぐ母から目を逸らす。こうなる気がしてたから、付き合い始めてからこれまで、辰也くんと両親を会わせないように気を付けてきたのに。

昔から、顔面偏差値の高さと誠実性に弱い両親だ。辰也くんみたいなタイプはドンピシャだろう。そして彼自身も、乗れる船が目の前にあれば遠慮なく乗る性格である。
一人着いていけずにお茶の入ったコップを握り締める私の前で、式はどんな風にするか、子供は何人がいいか、なんて気が早いにも程がある相談を始める二人。
生き生きとした顔なのに、目は本気過ぎるから怖い。

なまえなんて今すぐにでも熨斗付けてあげちゃいたいわ…とうっとりした顔で呟く母の所為で、私の頭の中に売られる子牛の歌が流れ始めた。
ドナドナ…何かもう、ちょっと泣きそうだよ…。



「お義父さんにも改めてご挨拶をさせてください。寮の門限もあるので、今日のところはそろそろ失礼します」

「あら、泊まっていってもいいのに」

「できたらそうしたいんですけど、外泊届までは出してきていないので」



母のお泊まり許可という爆弾発言も笑顔で躱してしまう辰也くんはさすがだ。見習いたくない。
結局最後まで疎外感を感じたまま二人に着いていくことはできず、ソファーから立ち上がった彼に続く私の足取りは頼りないものになってしまう。



(誕生日って…)



もっとちゃんと、人を祝う日じゃなかったかな…。

きっちり母に頭を下げて部屋を出た辰也くんは、なんだか満足げだ。対して私の方は、なんだか言い表しようのないもやもやとした気持ちに満たされる。
ケーキとプレゼントを用意して、大切な人の誕生を祝う日のはずなのに。それができなくても、もっとこんな、話し合いみたいなもので潰すような日ではないはずなのに。

そんな考えは、どうも彼には見当たらなくて。
上機嫌に靴を履いて玄関を出る彼に続きながら、だんだんと眉間に皺が寄っていく。



「それじゃあ、今日はありがと…なまえ?」

「なに?」

「…怒ってる?」



振り向いた辰也くんの顔が、私を見た途端に狼狽える。
勝手なことをし過ぎたかな、とその声が萎んでいっても、あまり可哀想だとも思えなかった。



「ごめん…なまえの意見を聞かなかったのは謝るよ。でも、本気だから。十八になって日本でなら籍が入れられるようになって…オレにはなまえとの未来しかないから、どうしても」

「違う」

「え」

「怒ってるわけじゃないの。拗ねてるけど」

「拗ね…?」



私を宥めるために上がっていた手がぴたりと止まる。少し高い位置から見下ろしてくる瞳がぱちりと瞬いて、真意を問い掛けてくる。
見返して、その手を捕まえて、少しだけ力を込めて握り締めた。
室内から出てすぐの手は、二人ともほんのり温かい。



「別に…嫌だったわけじゃないよ。いつかは親とも会うかもしれないなとは思ってたし、辰也くんを疑うつもりもないし。着いていけなかったけど…嬉しい気持ちもあったから」

「なまえ…本当に?」

「本当。…だけど」



でも、と不満を声に乗せれば、再び彼の身体が強張る。手先からそれを感じ取りながら、私は小さく嘆息した。



「私は、もっとちゃんとしたプレゼントをあげて、お祝いしたかったの」



だって、初めてできた恋人の、付き合い始めて一度目の誕生日なのに。
こんなにあっさり終わるなんて、納得がいかない。

辰也くんが欲しがるものは辰也くんにしか分からない。それ以上のものなんて私に用意できるはずはないから、お願い事があるというなら何だって叶えてあげようと、私だってしっかり決意していたのだ。



「なのに、お願いは私に向けたものじゃなかったし、あっさり終わりにしようとしてるし」

「…つまり、えっと」

「“私に”何かさせてほしかったから、拗ねてるの」



本当に欲しいものに負けても何でも、やっぱり形に残るプレゼントは用意するべきだった。言葉だけじゃ絶対に足りない。
悔しい気分を捨てきれずに握り締めた手から、力が抜けていることに気付いたのはすぐだった。

空いていた手にぐいっと背中から引き寄せられたかと思うと、制服の首もとに顔がぶつかる。
ちょっとだけささくれていたのに、抱き締められただけで棘が抜けてしまう私もどうしようもない。



「なまえは何で、こんなに可愛いんだろう…」



甘ったるい呟きを拾っても、否定する気力すら湧かない。
背中を締め付けてくる腕の感触に深く息を吐き出しながら、おもむろに伸ばした手で僅かに染まった頬を捕まえた。






プレゼントには君がほしい



少しだけ、背伸びをして重ねた唇。まだまだ不慣れな舌を私から一度だけ絡めて、離れた瞬間から重なる視線は逸らさない。



「後でちゃんと、プレゼント用意するからね」



もっと気持ちが伝わるように。これだけでは足りないから。

見つめ合う先の彼の瞳は、ゆらりと熱を溜め込んで揺れる。
願いを口にした時と比にならない、蜂蜜でも溶かし込んだような声が、至近距離で空気を震わせた。



「なまえが、欲しいな」



十八年以上生きてきて初めてできた私の恋人は、本当に突拍子もなくて狡い人だ。
一つだけ、なんて言葉は、最初から吐き出したりはしないのだから。



(それもお願い?)
(うん、お願い)
(じゃあ、叶えてあげる)
(ありがとうなまえ。好きだよ)
(…私だって、好きだもん)

20131030. 

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