「むすめさんをぼくにください」

「正面から向き合う姿勢は認めよう。だが断る!」



何だ、この光景。

将棋盤を挟んで向かい合い、至極真剣な顔付きで交わされる会話に、夕飯後の後片付けを手伝っていた私は脱力しかけた。



「やだ、なまえちゃんったらモテモテー」



そして明日の仕込みをしながら口笛を吹く母に、更にがくりと肩が下がる。

とてつもなく下らないやり取りを始めた、本日お泊まりする予定の余所の子と自分の夫の姿を見ても笑いもせずに悪乗りする今生の母は、わりと兵だ。
無言で皿を片付ける私を照れてる?、と覗き込んでこられても、一体どんな顔をすればいいのか判らなかった。



「なら、ぼくがかったらむすめさんをください」

「…受けて立とう。返り討ちにしてくれる」



未だに続くやり取りは、ぶっちゃけ私は餌にされているだけだと思うのだけれど。
しかし恐らくだが本気の部分もありそうなので、余計にどんな顔をすればいいのか判らなくなる。

まず、娘の将来を将棋で決めるなとは思うけれど。



「あれ、あそびだよね?」



親バカと呼ばれる部類の父のことだから、恐らく本気であれば確実に相手を潰しにかかるだろう。
しかしそれはそれとして、征十郎との勝負は楽しんでいる気がする。

征十郎も征十郎で、中々構ってもらえない親御さんとは違い全力で子供の相手をする私の父に、密かに懐き始めていることは傍目から見ても判ることだった。
そういうところは子供として、可愛らしいと思うけれど。



「んもー、なまえちゃんはロマンがないんだから!」

「…ごめんなさい」

「じゃあそうね…お父さんと征十郎くんなら、なまえちゃんはどっちが好き?」



また答えに困る質問を。

引き攣りそうになった唇を堪える瞬間、ぱちん、ぱちんと駒を置く音を響かせていた二人が同時にくるりと首を回した。

揃いも揃って耳聡い人達だ。



「えー…うーん」



期待のこもった父の視線と、何かを訴えるような征十郎の視線が私を貫く。
誤魔化す道がないではなかったけれど、私も子供として正直に答えるのが正解だということはよく解っていた。

妙な気遣いをしてはいけない。
子供という生き物は、時に残酷でなければならないのだ。



「…おとうさん、かな」



過保護で親バカではあれど、父は我が家の稼ぎ頭。子供好きだし、優しいし、顔もいい。
しかも仕事となると一流企業の出世頭という、正に理想の夫を地でいく人だったりする。
汚いことを言うと男は稼ぎだよなぁ、と考えてしまう私にとっては、本当にいい男だと思えるわけで。
更に言うとそんな男を骨抜きにしている母も母で、かなり尊敬していたりする。

私の答えに無言でありながら大袈裟にガッツポーズをとった父は、すぐに腕を組んで爽やかな笑みで征十郎を見下ろす。そこら辺はかなり大人げない。
そして悔しげに舌打ちした征十郎の顔は明らかに子供がする顔ではなかった。

ああ、せっかくの可愛い顔が勿体ない…。
自分が仕向けたこととはいえ、目頭をそっと押さえたくなった。



「残念だったな征十郎くん。なまえは僕の方が好きなんだよ」

「…よゆうをかましていられるのも、いまだけです」

「言ってくれるな」

「いつかあしもとをすくわれますよ」



子供らしく拗ねながら、子供らしくない言葉遣いで宣戦布告をする征十郎に、一人楽しむ母だけがきゃあきゃあと騒ぐ。

そして私は迫りくるその日に思いを馳せ、どう切り抜けようかと思案に暮れるのだった。






在りし日の約束




「征ちゃんすねるのやめようよ」

「…すねてない」



結局勝負は父の3勝0敗という結果に終わり、一矢報いることのできなかった征十郎は敷かれた布団の上で膝を抱えて完璧な不貞腐れモードに入っていた。
しかし私はといえば、その勝率も今のうちだろうと予測がついているので、正直とても頭が痛い。

この賢い征十郎のことだから、いつかは父から勝ちをもぎ取る日も来るだろう。
そうなるとあの賭けも効力を発揮するのではないだろうかと、嫌な予感に項垂れる。



「つぎはかつからな」



勝って婚約を取り付ける気満々の本気の目に、思わず漏らしそうになった唸りを間一髪で飲み込みながら視線を逸らす私を、責める人間はいないと思う。

どうかその時には征十郎に好きな子ができていますようにと、心から願わずにいられなかった。



(かったら、なまえはうちにとつぐんだぞ)
(…とりあえずねようか、征ちゃん)
(なまえ)
(……うん…じゃあ、征ちゃんがわたしにもかてたらね)
(ぜったいにかつからな)
(……おやすみなさい)

20121120. 

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