※大学生時間軸






何で、こうなっちゃったかな。

適度に並ぶ料理には手を付ける気にならないし、コップの中のカクテルも一向に減らない。
イライラするっていうよりそわそわして、落ち着かない。そんなオレにやたらと引っ付いてこようとする長椅子を利用して隣を陣取る女は、正直かなり邪魔だけど。
それよりも、だ。



(近い…近いって…あーもうっ…)



一つ分挟んだ先のテーブルは、クラス会だとも聞いていたから疚しい集まりってわけでもない。疚しいか疚しくないかでいくとオレの方が確実にアウトだということは解っているから、怒れない。怒るつもりもないけども。それにしたって。



「みょうじさんペース速いねー」

「あっでもちょっと酔ってるでしょ」



やたらと構い倒そうとする男の声を拾い続けている内は、何も手に取れない。確実にコントロールが狂ってものを壊してしまう自信があるから、コップも持てず酔うこともできなかった。



(クラス会…あれはクラス会…)



視線の先には、両側を見知らぬ男に囲まれるなまえちんがいる。
両手で持ったコップを離さず、アルコールに頬を火照らせる様は贔屓目なしにかなり可愛い。だからこそもどかしくて、遣るせない。
オレが身を置くのが合コン真っ只中でなければ今すぐにでも邪魔できるのに、その資格がないのが心底苦しかった。

そう、合コンだ。この状況が悪い。
どんな神経をしてるのか、どれだけ適当にあしらってもやたらと横から話し掛けてくる女にうんざりもする。
いつも通りに過ごしていればこんな思いはせずにすんだはずだ。
夕方まで講義を受講して、普通に家に帰ろうとしていたのに。突然囲んできたゼミ仲間にしつこく飲みに誘われて、仕方なく着いてきてみれば合コンでした、なんて暴露される始末。

本気でついてない。嵌められた。
支払いは負担するから、と最初に飲みに誘った奴は言ったけど、それはつまり客引きパンダの役割を押し付けられたということだ。
案の定、オレを今回の交渉材料にしたのが今隣に座る女だった。



「ねーえ紫原くんって長いよね? 敦くんって呼んでいい?」

「駄目。嫌」

「えーっ?」

「つーかもうマジで離れてよ」



べたべたべたべた鬱陶しい。
さすがに手を出すわけにはいかないけど、態度にはかなり嫌悪感を滲ませている。そんなオレを見て呼びつけた仲間や近場に座る女子達のテンションがじわじわと下がっているのに気が付いても、どうでもよかった。
勝手に人を使った奴もイラつくけど、甘えれば許されると勘違いしてる女も吐き気がするんだから仕方ない。



(大体何でなまえちんが視界の中にいるのに、オレの隣がこんなうざったらしい女なわけ?)



店が被るなんてかなり稀少な確率の偶然が、せっかく起きてるっていうのに。
なのにオレは望みもしない合コンの最中にいて、しかも誤解を解きにも行けなくて、彼女に近付く男を蹴散らすわけにもいかない、とか。



「む、紫原、とりあえず食えよ。お前食べるの好きじゃん?」

「てか、もうちょっと優しく…」

「うざっ」

「…お、おう……」



宥めようとしてくる奴らは一睨みで黙らせられるから、それはいい。問題はこっちじゃない。

居酒屋に似合いの騒がしい空気の中にいるのが、本気で気持ち悪い。
なのに散々あしらわれても懲りない女が腕に縋り付いてきて、さすがに我慢ならなくて振り払おうとした時、突然周囲に満ちていた響めきの種類が変わった。



「えっ、ど、どうしたみょうじさん!?」



聞こえた名前に反射的に振り向けば、少し前までコップを握っていた両手が小さな顔を覆っていた。
それを見て思わず席から立ち上がるオレに、同じテーブルにいた人間の視線が集まるのは気にしなかった。



「な、何かあった? 泣き上戸なのかな…?」

「とりあえず落ち着いて、あ、水飲む?」

「……っ…」

「えっ? なんて?」



ああ、だから近いってば。

拾えなかった声を拾うように顔を寄せる男の頭を、その席の背後から伸ばした手で引き剥がした瞬間、驚きに満ちた視線をまた四方から浴びてしまったけど、そんなものも気にしていられない。



「っ…あつし、くぅ」



ぼろぼろと、赤く色付いた頬に涙の筋を増やしながらか細い声を発するその子を、椅子から掬い上げるように抱えて返事をする。



「はーい。なーに、なまえちん」

「うわきぃ…」

「じゃないです。本気で」



誤解されても仕方ない状況を見られたとはいえ、本気にされたら冗談にもならない。
片手で抱えあげてもう片手で濡れた頬を拭ってあげながら、無理矢理連れてこられたんだよ、と一応弁解してみるも、聞いているのかいないのか。
鎖骨辺りにいやいやと頭を擦り付けてくるなまえちんは、若干幼児がえりしているようだった。

たまに一緒にお酒を飲むことはあるけど、こんなに酔ったなまえちんは初めて見た。
こうなったら周りなんて関係ない。この子を宥めるのが先だと結論付けて、その頭を撫でながら好きにさせることにする。



「やぁ…」

「うん」

「やぁ…敦くん、他の人とくっついちゃ、やだ」

「…うん」

「やだぁ…っ」



なにこれめちゃくちゃ可愛い。
いやなまえちんはいつも可愛いけど。でもこれはまた違った種類の可愛さだ。

ぐりぐりと頭を擦り付けられて、旋毛しか見えないけど。
ただでさえなまえちんは普段全くと言っていい程我儘を言わないのに、滅多にない嫉妬心をこんな風に吐露されたら、寸前までの不機嫌も吹っ飛ぶに決まってる。



(あー…もう)



何でこんな、可愛いの。
本当、いつまで経っても可愛いし好きだし、小さなことでも気になって嫉妬するし。
成長してないわけじゃないのに、寧ろ成長したからこそ気持ちがどんどん重くなっていく気がする。

周囲の視線がなかったら、迷わず抱き締めてキスして、言葉と身体全部使って伝えてやりたいくらいだ。
既に抱き締めてるようなもんだけど。なまえちんが泣いてるんだから、これくらいは許されると思いたい。
邪魔してきた女へのちょっとした嫌がらせもあるけど、何より自分の彼女が泣いてるのに慰めない男なんていないだろう。



「なまえちん、嫉妬したんだねー」

「……ん…苦しい、の」

「そっかーごめんね。オレが他の子にくっつかれてるの、やなんだね」

「いやぁ…敦くん、私のだもん…っ」

「そーだね、なまえちんのものだもんね。でもなまえちんもオレのだから、あんま近くに男寄らせないでよ」



オレだって気が気じゃないんだよ。こんな可愛い彼女持つと。

お願い、と旋毛にキスすれば、素直に頷くなまえちんの腕が首に巻き付けられた。
それだけで今日一日が塗り替えられるんだからオレの脳も大概イカれてると思う。幸せだから、いいんだけど。



「こんなわけだからオレ帰るねー。あ、なまえちんの分は払っていきまーす」

「え、あ、あの、彼氏さん…?」

「うん。見りゃ判んない?」



呆然としていた周囲に漸く視線を向けて、とりあえず一人辺りの金額はオレの財布から出させてもらう。
あからさまになまえちんにばかり話し掛けていた男共は威圧を込めた返答をしておいた。

騒がせてごめんね、とも謝ってはおいたけど。



「おい、紫原!?」

「マジで帰んのお前!?」

「そりゃねー。彼女を誤解で泣かせてまでこんな場所いる価値ないっしょ」



一方慌て出したのはオレのいたテーブルで、軽い荷物を取りに戻ると各々信じられないといった顔で見上げてくるのが、少しスッキリして笑えた。

騙して連れてきた方が悪いんだし。
小さな仕返しができてオレとしてはかなり気分がいい。



「ちょっ…何よそれ! 途中で帰るとか空気読めなすぎでしょ!?」



ターゲットを絞ってオレ以外に媚びなかった女は、今回のコンパは敗北確実だろう。
それまでの仮面を取り去って苛立たしげに噛み付いてくるそいつには、今後変に絡まれない為にもきつい睨みを送っておく。

空気が読めないとか、読まない奴には言われたくない。



「だから、うざいよアンタ。しつこい上に性格悪い女とかマジ無理だから」

「っ! な…」

「それ以前にオレこの子以外本気でいらないし。さすがにないとは思うけど今後一切近寄んないでね」



オレはなまえちんのものだから、ね。

そう囁き落とせば首に掛かる力が僅かに増したのが嬉しくて、大切に抱え上げた小さな身体をぎゅっと抱き直した。







ただ君をひたむきに




滅多に聞けない我儘も全て、どうしようもないくらい愛しいよ。



(…敦くん)
(なーに)
(キス、して)
(…帰ってからね)
(今がいい)
(オレもそうしたいのは山々だけど…どうしてもオレ目立っちゃうしねー…)
(うー…敦くんの、いじわる)
(どっちがだし…あんま煽んないでよなまえちん)

20131009. 

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