ウィンターカップを終えて、目に見えるところにも見えないところにも、変化は訪れた。
引退していく三年生の分の荷物が消えていく部室には、どこか冷たく物寂しい空気が漂っている。

軽い自主練に居残りしている紫原くんを待つ間にマネージャーとしてやるべき仕事も片付けて、空いた時間で軽く掃除でもしようかとやって来た室内。自分一人の気配しか感じられない雰囲気に私は自然と息を吐き出した。

時は変化をもたらすものだ。それは当然の自然の成り立ちで、それ自体も悪いことでもない。
誠凛高校に…と言うより、彼の中では黒子くんと木吉さんに、だろうか。彼らに敗けた日から、バスケに対する熱意を少しだけ明かし始めた紫原くん。今まで彼を見守ってきていた身としては、嬉しくも思ったりする近頃だ。

帝光で染み着いていた絶対勝利の理念が全てではないこと。それから、いつか私が彼に理解してもらえなくて悲しかったことも。
今の彼ならきっと、苦い顔をしながらも全面否定したりはしないだろう。そんな確信も持てる日々を送っている。けれど。

それでも、それだけでは足りないと、感じてしまう。
一番の弱虫は私なのかもしれない。



(寂しい、なぁ…)



名札の取り払われたロッカーも増えてきた。片付けの手も止めて、その数をなんとなしに見つめてしまう。

いつだって調子のいい福井先輩も、弄られて賑やかな空気を作っていた岡村先輩も、他の三年の先輩方も。
全く部に顔を出さないわけでもないけれど、学生の本分を全うするように大学受験に打ち込んでいる彼らは、もう息抜き程度の時間しかボールに触れることもない。

あっという間だったな、と何度か経験してきた別れと重ねて思った。
高校生活も、これではすぐに一年を過ぎてしまいそうだと。

学業に振り回される分、きっちり一年間もの間は関わることはできない人も当たり前に存在する。そんな事情は当然頭では解っていたことなのに、どうしてか今の私には惜しくて仕方がなかった。
まだ、彼らのチームプレイを見ていたかった。もう少し、彼のことを見ていてほしかった。
やるべき事や進むべき道は、一人一人違うと解っていても。自分勝手な都合を押し付けられるわけがなくても、叶わない願いを抱いてしまう。

まだ、まだもう少し、今までが続けばいいのに、と。



(寂しい)



寂しいね、紫原くん。

きっと、彼も同じ気持ちを抱えている。
部活終了後の自主練を続ける理由だって、敗北に対する悔しさからだけでなく、贖罪めいた気持ちがないわけではないことも気付ける。今なら、確信できる。
一年前とは違う場所で、チームで、身体だけでなく心も育った彼なら、素直に口には出さなくてもきっと感じるものはあるはずだと。

私は多分、そんなことは意地でも表さない彼の分まで、寂しさを背負いこんでいるのだけれど。



「…仕方ないなぁ」



本当に、不器用なんだから。

仕方ないと、その役目を受け入れて肩代わりしてしまう自分も、結局は仕方のない人間で。
彼の矜持や虚勢を指摘できず、発散できない感情を受け取って自分のものにすることしかできない。
私にしかできないこと、なのかもしれないけれど。

一人で苦笑を噛み殺し、冷気で冷えかかる身体を再び動かす。徐々に中身を減らしていくロッカーに背を向けた。







これからも君と




「部室いたんだー」

「うん、整理してた。紫原くんは冷えない内に着替えてね」



部活中よりは消耗は激しくないし、汗もそう多くかいてはいないだろうけれど。
この季節に濡れた服を着続けるのはよろしくない。軽く急かして一旦室外に出ようとすると、不意に伸ばされた長い手に手首を捕らえられた。



「なまえちんさ、なんか沈んでる?」



相変わらず、私に向けた洞察力は桁外れな人だと思う。
素直に嬉しいことだけれど。

隠し事と言うほどでもない。少し前の時間まで考えていたことを、これもまた少し引きずっていた程度のことなのに、心配そうな顔をする彼がおかしかった。
腰を折って視線を合わせるように覗きこんでくる深い色彩に、私は素直に笑い返す。



「何もないから、大丈夫」



私は大丈夫よ。あなたがいるから。
あなたが大丈夫じゃない時は、私もちゃんとここにいるから。

風邪引いちゃったら大変だよ、と解かせた手を押し返せば、僅かに納得いかないような顔をされたけれど。
素直にならない点ではいつだって紫原くんの方が上だから、お相子だろう。



(大丈夫)



寂しいけれど、惜しいけれど、私は大丈夫。それは紛れもない本音だから。

決定的な別れの日、卒業する先輩達を彼はどんな顔で見送るのか。
そのことの方が、ずっと大丈夫ではなさそうだと、思った。



(いざとなったら、代わりに私が泣いてあげよう)
(そうしたら、きっと彼は、虚勢を張り続けていられるだろうから)

20130929. 

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