※中学生軸
言葉って、こんなに軽かったかしら。
忙しない言語の雨を浴びながら、私の心に浮かんだ気持ちはそんなものだった。
「告白されたらしいな」
珍しく迎えの車がなかった、徒歩での帰り道。恐らくは隣を歩く幼馴染みが気まぐれを起こしてのことだろうが、わざわざ遠回りをしてまで迎えに来た彼は明日の天気でも語るかのような自然さで口にした。
他校通いの人間には、知られるはずのない個人事情を。
「…どこから仕入れてくるんだか」
「どこでもいいだろう。それより、返事は。断ったんだろうな」
「はぁ…決まってるでしょう」
じろりと顰められた眉の下、きつく細まった赤い目に射られて、私は込み上げる溜息を素直に吐きだした。
この際、何故その事情を知っているかは言及しないでおこう。知っても喜べる気はしない。
今日は厄日か何かか。
暮れ行く空を見上げる胸に、虚しさが込み上げる。
告白なんて、受け入れるはずがないのに。
愛や恋にうつつを抜かす場合でもなければ、自分から嵌まりこむ理由もない。
昼休みに呼び出しをかけられて何事かと思えば、青春の一大イベントの渦中にいました、なんて笑えない冗談だ。
(女子校だから平気だと思ってたのに)
こんなことが起きれば幼馴染みが煩いと思ったからこそ、私はわざわざ進路先を狭めたというのに。
気遣いは完璧ではなかったらしい。私を呼び出したのは、最近やたらと関わることの多かった先輩だった。
「嫌いじゃなくても、ああいうことされちゃあね…」
同性愛を否定したいわけではないけれど、巻き込まれるのは御免だ。熱のこもった視線を頂いても胃が重くなるだけで、応えられない。
その上、簡単に言葉にして紡がれてしまえば受け入れるか傷つけるかの選択しか残らないのだ。
理不尽なものだ。本当に。
結局は、人の迷惑も省みず、自己満足を押し付けるだけの行為でしかないくせに。
私が受け入れるはずがないことくらい、私をよく見て知りさえすれば分かったことだろうに。
それすらできずに好き、だなんて。
(呆れる)
それで受け入れきれなければ傷付いた顔を向けられる、こちらの気分はお構いなしだ。
所詮、中学生レベルの戯言だとは思うけれど。
「そうだ…征ちゃんなら、何て言う?」
「告白か?」
付きまとう後味の悪さを振り切るように話し掛ければ、まだ僅かに気に入らなそうな感情を浮かべていた目が丸くなる。
幼さの残るその仕種をこっそり可愛らしく思いながら、重ねて問い掛けた。
「そう。言葉がね、なんだか軽かったの。どうすれば重く響いたのかと思って」
告白するにしても、言葉やシチュエーションの違いで受けとり方が変わることってあるじゃない?
人差し指を意味もなく空中に滑らせる私の隣、歩調を合わせながら耳を傾けていた征十郎は暫しの間黙りこむと、正面を見たまま口を開いた。
軽くないと言うなら、と。
「お前となら死んでもいい…とかか」
「…もしかして、『片恋』?」
「よく気付いたな」
「征ちゃんにまるで似合わなかったから、引用かなぁと」
あまりに真剣な声を出すものだから、一瞬固まりかけたけれど。
似合わないという私の発言に、征十郎の方も特に気を悪くした様子はなかった。
「確か、告白に返した言葉よね。私、今ここで死んでしまっても本望だわ…って感じだったかな」
「まぁそんなところだろう」
「…とてもじゃないけど似合わない」
「はっきり言うな、なまえは」
「そりゃあね」
「だが…オレには似合わなくても、お前には似合うよ」
立てていた人差し指はいつの間にか弛んで、身体の横で揺れていた。
的を射ようとするような挑戦的な目付きが、横から笑いかけてくる。
あの可愛かった子供は、いつからこんなに可愛いげなく育ってしまったのだろうか。
「そのくらい面倒な言い回しでしか、お前は語れないだろう」
問い掛けではなく、確信を含んだ言葉は重い。
こちらを見透かそうとする赤い両目は、それでも親しみ深い分余計に質が悪かった。
当たり前のように絡め取られる手先も、安堵を感じてしまう温もりも。
全て、私が逃げ切れないと知っていて与えられる。
「オレが全て拾って言い換えてやればいいんだろう。慎ましやかで臆病な幼馴染みの為に」
「思ってもないことを」
「そうでもない。口に出せないお前を想ってのことだ」
意地の悪いことで。
静かに吐き出した溜息に気付いていながら、根まで暴こうとする。そんな相手を可愛い暴君と、振り払いきれないのが私の弱味だ。
「なまえ…お前は、オレのものだよ」
ずっと、傍にいる。約束をしたからには。
そんな言葉すら伝わってきそうな真摯な声は、今度は重くて息が詰まりそうだった。
ああ、本当に、殺されてしまいそう。
わたし、しんでもいいわ
枷を一つ一つ、壊すように落とされる。
愛というものを、途方もない化け物のように感じることがある。
20130921.
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