解っていた。
最初から、うまく釣り合いがとれないことも、全て理解して振り回されることも覚悟の上で受け入れた。

けれど、覚悟を決めるだけでは足りないこともある。
何もかも平気だなんて言えるわけでもなく、余裕はなければ不安だって付き纏うもので。
普段の自分よりも我儘になってしまうのも、どうしようもないこと、だったりして。



(やだなぁ)



本当に、やだなぁ。
心が狭くなりたくなんかないのに、勝手に先走って掻き回される。

綺麗なものばかりじゃないって、知っていたけれど。



「えーっと…なまえ?」



どうしたの?、と困惑混じりの声が、密着した部分から小さな振動をもって伝わる。
すぐ目の前にある意外としっかりした背中に額を付けて、ぐいぐいと押しやった。

意地悪しないで、と口に出して言いたい。けれど、辰也くんに他意がないのは判るから、やっぱりどうしようもない。
解ってるのに、納得できなくてもやもやしてしまう、私の狭量さが悪いんだということは、解っている。知っている。

知っている、けど、ね。



「みょうじさんだっけー? 今氷室くんうちらと話してるから」

「ごめんねー」



ごめんって何ですか。どっか行けって言いたいんですか。



(…こわい)



私を排除しようとする女子の思考も、それに抗って理性を見失う私も、それを引き起こす辰也くんも。何もかも、怖い。
でも気持ちは解ってしまうから、それがまたつらい。

そりゃそうだろう。辰也くんの人気と言えば校内切ってのものだし、私と付き合い始めても他の女子からの告白は絶えないし。
きっと釣り合わないと思われるだろうことも、最初から解っていたことだ。下に見られて邪魔に思われて邪険にされても仕方ない。

特に美人でも賢くもなく、目立たない変人。そんなレッテルを貼られても否定はできないから、彼がどれだけモテようと告白されようとモーションをかけられようと仕方のないことだと、私だって解っている。
解っているのに。

羨望、嫉妬、軽蔑、不快。
びしびしと突き刺さる悪意の刃は相変わらず心に来て、だけど譲れもしないのが悲しいところだった。

胸は痛いし、悔しくもあるし。



「…なまえ」



背中から張り付く私の腕を、柔らかく握る手に少し緊張が途切れる。
他の生徒との会話中にいきなり無言で抱きついたりして、会話を途切れさせるなんて迷惑なことをしているのに、落ちてくる声はどこまでも優しいから泣きたくなる。

落ち着く。けど、申し訳ない。
申し訳ないけど、止められないの。



「ごめん、そろそろ戻るから」



よしよし、と慰めるように腕を撫でられる。その感覚に深い息を吐き出していると、私の為に会話を切り上げようとする声がまた響く。
数人の派手な女子グループは至極残念そうなブーイングをくれて、恐らくよく見る苦笑を浮かべた彼がごめんね、と呟いても収まることはなかった。

ごめんなさい、と謝るべきなのは私だ。
こんなに惜しまれる人を独り占めしているんだから、何を言われても仕方がない。レベルの低さを指摘されても事実だと、その点は受け入れなくちゃいけないことだと思っているのに。



「感じ悪っ」



それなのに、ぼそりと聞こえた一言に胸を痛めている暇もなかった。
私をくっつけさせたまま踵を返そうとしていた身体が、ぐるりと反転するのは速くて。



「ごめん。もう話し掛けないでくれないか」



廊下に響いた冴え冴えとした冷たい声に、思わず手を離したのは私の方だった。



「た、辰也く」



止める間もない。
えっ、と戸惑う女子達の顔が強張ったのが、その背中越しに見えても、制服を掴みなおして引き止めようとしても、口を塞げなければ意味がなかった。



「彼女を悪く言う人間は、嫌いなんだ」



顔色を変えた女子に、彼がどれだけ鋭い視線を向けたかは知らない。
振り向いた時にはもういつも通り、私の目に写るのは恋人の微笑で。

行こうか、と背中を押す掌は優しいからこそ強引なものだった。







「…ごめんなさい」

「え?」



教室に戻る途中、ひたすら優しく背中を撫でてくれている彼に向けて謝罪を口にすれば、何のことだと言うように目を丸くして返された。

これは本気で気にしてないな…とは思うも、さっきの場面で悪いのは私だ。
彼がモテることなんて元より承知していたことなのに、近い距離で纏わり付く女子に勝手に不安になって、邪魔をした。
辰也くんが私を優先させてくれることも、きっと解っていたのに。



「我儘、で」



本当に、やだな。
私こんなに、酷い人になりたかったわけじゃないのに。

自然と俯きがちになる頭に、背中から上った手が置かれる。
柔らかく髪を梳く手の動きはやっぱり優しい。



「不安になった?」

「…少し。自信も持てなくて。辰也くんはものじゃないのに、とられちゃうんじゃないかって思って、それもごめんなさい」

「…なまえ」

「私以外と、仲良くしてるところ…見ると、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって。ちょっと、汚いって自分でも思ったし…挙げ句、辰也くんにもあんなこと言わせて」

「なまえは本当に可愛いね」

「…どうしてこの流れでそうなるのかな…」



あれ…私今すごく懺悔中だったんだけどなー…?

彼の関わりを狭めてしまったことも謝らなくちゃいけないと思っていたのに、ちらりと窺ったその表情は陶酔するような笑みだったから、もう私はどうすればいいのか。
怒っていいところで喜ぶ彼の神経がよく解らない。好きなんだけど解らない。

繋ぐ言葉が見つからなくて頭を抱えていると、悩む心は察してくれたらしい彼がまた、うっかりすれば見惚れるような笑顔をくれた。

ああ、なんだか丸め込まれそう。



「そうやって、オレでいっぱいいっぱいになってるなまえは可愛いよ」

「…我儘でも?」

「我儘でも。なまえになら言われたいし、できる限りは叶えたいから。汚いっていう気持ちだって、要約して全部、吐き出してくれればいいんだ」



だってそんなこと、他の誰にもしないだろ?

可愛いなんて絶対に思えないのに、見上げた彼の目に嘘は写らないから、押し負けてしまう。
我儘にはなりたくない。辰也くんに対してだって、私はもっと心が広くなりたいのに。



「なまえに、オレは欲しがられたいな」



人を魅了する目で、声で、そんなことを言わないでほしい。

ぐちゃぐちゃになれだなんて、酷いことを言うのは彼だって同じだ。酷い我儘だ。意地悪だ。
ああ、だけれど。それでも、私は。



(言うこと…聞いちゃうんだろうなぁ)



私が私らしくなくなっても、それを望まれるならきっと、どうしようもないのだ。
誰も彼もの視線を奪うくせに私だけを掻き回そうとする、厄介な人に捕まったのだと。それだってもう、とっくに気付いていたことなのだから。

熱を持って色を変える頬を、隠すこともできなかった。







君の隣で




ずっとここにいられるなら、どうなったって、きっと。



(聞いてくれアツシ、なまえが嫉妬してくれたんだ…!)
(室ちんそれわざわざ教室まで知らせに来るほどの内容なの?)
(当たり前だろ。オレばかり妬いて焦って転がされてきたのが、ようやく報われたんだぞ? 祝われて然るべきだ!)
(はいはいオメデトー。チャイム鳴るよ)
(ありがとう。帰るよ)
(マジで室ちんたまに引くわ)

20130912. 

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