※クラスメイトと繋がっている設定。






冷静になれ。冷静になれ紫原敦。ビークール。とりあえず落ち着いてお菓子を数えよう。
お菓子と言えばなまえちん白くて柔らかくて甘いクリームみたいだなんて考えるな。戻ってこいポテチにまいう棒。

女子寮の廊下にしゃがみこみ、人目を集めまくりながらも気を配るような余裕はなく、紫原は頭を抱えていた。
今すぐ目蓋の裏に焼き付いた不埒な映像は消えてしまえ、と。



(夢だ夢だきっと夢…絶対あんな、いや、あんなって言っても悪いものじゃないけど寧ろヤバイくらい可愛かったけどっていやもう思い出すなよ馬鹿…オレの馬鹿変態エロ魔神…!!!)



無言で自分の膝に頭をぶつける男子高生という様は、はっきり言って不審極まりない。
しかし、そうでもして理性を繋ぎ止めなければなければならない理由が紫原にはあった。

事は、数分前に遡る。






学生寮は基本的に朝から昼にかけて、男女間の行き来は認められている。
交際関係のある男女や異性と分け隔てなく付き合うタイプの人間が互いの寮をうろつくことはさほど珍しくもなく、紫原もその内の一人ではあった。

彼女の厚意で借りていたノートを返しに立ち入った、それだけのことだったはずだ。
基本的に大雑把な思考回路を持つ紫原はたまに連絡を入れることを忘れる時があり、今日もうっかり出向く知らせを怠ってしまっていた。
それが悪かった。



「なまえちーん、ノート返しに…」

「っ!? む、紫原くんっ!?」

「…へ」



ノックすらせずにドアを開けてしまう癖をそのままにしていたことも、紫原は後から激しく呪うことになるのだが。
その瞬間に視界に飛び込んできた情報を処理する頭には、後悔なんてものが直ぐ様湧き上がってくるはずもなく。

白色蛍光灯に皓々と照らされた剥き出しの肌に、吸い寄せられた視線はがちりと固まってしまった。それは、逞しく育ち過ぎた身体ごと凍り付くように。



(え?)



え、え。何これ。この状況。

表情から何から固まってしまった紫原の脳内だけが、活発に空回る。
入口からそう遠くない姿見の前に立っていた彼女は、普段からは見慣れない、とても心臓に悪い姿をしていた。

首もと、腕や足は勿論のこと、いつもならば制服で隠れている胸元も柔らかな双丘が描く谷間のラインまで剥き出しで。
キャミソールのような胸元を下ると、黒いシフォンの布地は程好く括れた肌やその下の下着までうっすらと透かせている。
丈の短い裾から生白い脚がすらりと伸びている、そこまで無意識に凝視してしまってから漸く、紫原の思考は空回りを止めた。



「あ、う…あの…っあんまり、見ないで…」

「っ!?…ごめんっ!!」



不慮の事態に、戸惑ったのは何も紫原だけではない。
タイミングを計ったかのような来客に暫し同じように固まっていたなまえが、身を隠そうと手近な服をかき集めた瞬間、弾かれたように紫原はUターンした。

慌ただしくドアを閉め、ずるずるとその場に座り込む。心臓は全速力で走った時のように胸を突き破ろうと跳ね回る。
全身の血が沸騰しているかのような感覚に、叫びそうになる喉を必死に絞めあげた。



(何あれ何あれ何あれっ…!?)



掻き回された脳内が正常に機能しない。目の裏側にまで焼き付いた映像は、チカチカと存在を主張してくる。
彼女の愛らしさについてなら語って敵わないものはいないと自負できる紫原でも、未だ清い付き合いを続けている中でぶち当たる壁としては相当の衝撃だった。

どれだけ日常的にユルさを表に出していても、紫原も健全な男子高生に変わりない。それらしき欲を気取られないよう外面は純情ぶってみても、中身はそれほどピュアであるわけもなく。
それでも普段は理性でぐっと堪えて、大切にしてきているところにこのアクシデントだ。

蛇の生殺しか。
がつん、と強く膝にぶつけた額の所為で舌まで噛んでしまった、その痛みで若干冷静さを取り戻しながら紫原は息を詰めた。
ギリギリ。ギリギリではあるが、集まってはいけない部分から熱が引いた気がする。

しかし可愛い彼女の布一枚の姿をばっちりと見てしまったのだ。油断はできない。
美味しいなんて思ってはいけない。そんな余裕はどこにもない。

届けに来たノートは衝撃で手から滑り落ちたのだろう。部屋の中に落としてきたなら、いっそこのまま退却した方がいいような気がした。
謝罪は後から電話で入れようかと、深く重い溜息を吐き出し立ち上がろうとしたところで、ガチャリと、背後で扉の開く音を聞いて紫原の時間は再度停止した。



(いやいやいやいや!)



ちょっと、待って。ヤバいでしょ。今まともに顔見れないし。普通に会話できる気しないっていうか、無理でしょ。

青いのか赤いのか判らない顔色で振り返るべきなのかと悩み始めた時、今にも消え入りそうなか細い声に名前を呼ばれた紫原の肩はびくりと跳ねる。



「な、なっ、何っ? オレ、ごめん、あの、さっきのわざとじゃ、ないんだけど…っほんとごめん」

「う、うん、解ってる、偶然…事故だし、私もごめんね。あの…ノート返しに、来てくれたんだよね? もう着替えたから大丈夫…です」

「えっ…や、えっと…」



着替えたから大丈夫なのは彼女に限ったことであり、紫原にとっては全く大丈夫ではない。
悲しいことにまだ暫くは焼き付いたまま消えてくれなさそうな映像に頭を抱え、唸る紫原は振り向くことを諦めた。



(…仕方ない)



うん。これは、どうしたって仕方ない。

あんなの見せられて冷静に接することができたら逆に男として心配になるくらいだと、言い訳に近い文句を内心並び立てる。

白くて柔らかそうだった肌も、羞恥で潤んだ瞳も、火照った頬も戦慄いた唇も。
美味しそう、だった。そんなこと口に出して言えるわけもないが。
思い出せばからからに喉が渇いて、ごくりと飲み込んだ唾は彼女には悟られなかったようで安心した。



「本当にごめんなまえちん…ノートは返したし、オレ帰るね」

「え、あっ…でも、」

「今顔見たらちょっと…自分に負けそうだし」



まだ目蓋に残るそれを、掌で意味もなく覆い隠しながら立ち上がる。
戸惑う声に振り向いて、何もしない自信がない。それくらいは紫原も健全に高校生らしい恋をしていた。

不安げに狼狽える彼女には、後から絶対にフォローを入れよう。まずはこの頭に昇りきった熱を完全に冷ますのが先決だ。
引き留めるように袖を握った小さな手をやんわりと外させて、安心させるように一度だけ握って離した。
動作だけは落ち着いているよう取り繕えても、心臓は未だ早鐘を叩いたままだ。

じゃあね、と絞り出した声は震えなかっただろうか。



(あー…もう……っ)



自分に似合わない健気さに泣きたくなりつつ、とりあえずは煩悩を消し去るべく駆け出した紫原に、彼女を含め、驚いた声を上げるすれ違う存在にすら振り返らなかった。



「っ…んとに、勘弁してよ……!」



オレが悪い部分もあるけどさぁ…!







愛すべきおとこのこ




後から聞いた話によると、その日彼女が身に付けていたベビードールは先日仲の良い先輩とお揃いで買ってきたものらしく。
着る機会がなくて試しに着てみたところで、運悪く訪れた紫原に見られる羽目になったのだという。

本当に、タイミングが悪かったとしか言いようがない。



「もーマジ何の試練かと思ったし…」

「…アツシ…何でそれを早く言わないんだ」

「はぁ?」



擦りきれるまで理性を総動員した紫原の疲労は数日の間後を引いた。
今もまだまざまざと思い出せるその姿を本人に重ねて、気まずさと欲心を抑えているというのに、今回はまた愚痴を溢す相手を間違えてしまったようで。

途中までは微笑ましげに話を聞いていた氷室の肩がふるふると震え出す。
その様にあまり良い予感は覚えない紫原ではあったのだが。



「お揃いだって…オレはまだ見せてもらってない…!」

「……室ちん、正直引くわ」



同じように彼女を溺愛しているのに、どうしてここまで正反対なのか。

力一杯机を叩く欲に素直な全く敬えない先輩に、顔を歪めて嘆息する。
こちらは必死に理性を保ったというのに、身近な先輩がこれではあんまりだ。

自分を哀れむ気持ちがないとも言いきれない紫原は、再び頭を抱えて肩を落とした。



(めちゃくちゃ美味しい状況だったはず…なのに)
(乗っかってたら罪悪感で死ねた気がするって…どーなの)

20130901. 

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