傷つけたのかも傷つけられたのかも、判りようがなかった。
だって私は何一つ、この手に何一つとして持っていなかったのだから。

それなのにあの男は、聞こえない、と喚いた。







「青峰」



サボりの常習犯の居所は、マネージャー仲間から聞いて知っていた。そうでなくてもそいつがいそうな場所くらいなら私にも知れていた。それくらいの交流は中学時代からもあったものだから。
まだ歩き慣れない校舎を走り、辿り着いた屋上。案の定給水タンクの設置された最上部に寝転がる影を見つけて、梯子を登る私は溜息混じりに呼び掛ける。

無駄な行為だって、解ってはいるけれど。



「部活行こう。先輩達ともチームとも、うまくいかなくなっちゃうよ」



大体こんな何もない場所で、暇を潰す時間だって勿体ない。
横たわるすぐ傍に落ちている本人好みのグラドルの雑誌から苦い気分で目を逸らし、声を掛けたそいつは日差しを遮るように目元を腕で覆っていた。



「青峰ってば」

「っせーなぁ…んだよ。お前が来るとか、さつきの奴手ぇ変えやがったのか」

「…さつきは関係ないよ。私も一応マネだから声掛けに来ただけ。それに…さつきばっかり振り回されて、見てられないから」



ああ、卑怯なこと言った。

綺麗に取り繕った言葉だと、自分で自分を嘲りたくなる。本心は出さずに良心に訴えかけるようなやり方は汚いとしか言い様がない。
指摘されても仕方がないところだったから、途端機嫌を損ねた鋭い目で睨まれても文句は言えなかった。



「お前さぁ」



肌をじりじりと焼かれるような痛みは、決して日差しの所為ではない。



「いい加減、自分の言葉で喋れよ」



聞こえねぇんだよ、お前の声は。

いつかも。中学時代にも同じようなことを言われたなぁと、絞られる心臓の痛みを感じながら漠然と思った。
さつきが可哀想だよ。黒子が悩んでるよ。相手チームの気持ちを考えてよ。そうやって他者を引き出して言葉を募らせてきたのは間違いなく、私で。
虎の威を借りて、本心を隠して、綺麗事を吐き出してきた。それしかできなかった私は今も変わらず、変われないでいる。

部活に打ち込むみんなが好きだった。中には楽しさを認めようとしない存在もいたけれど、葛藤あってのものだろうと思ったし、真剣ではあったから気にならなかった。
彼らの仲に加わろうと思ったことはない。加われるはずもないと知っていたし、望みもしなかった。
私はただのマネージャーで、補佐ができればそれでいい、オマケのようなものだと自覚していたから。



(何が悪いの)



何かが、尽く間違ってしまったことは、知っている。深く関われなかった私にはどうすることもできない事情で、一目置かれていたためにそれなりに深い部分を見ていたマネージャー、この男の幼馴染みであるさつきにすら、手も足も出ないようなことだった。

人一倍バスケが好きでただ純粋に強きを追いかけていたあの頃の男子は、だからこそバラバラに砕けてしまったのだろう。それだって理解したことではある。理解して、やっぱり私にはどうしようもない事情なのだろうとも納得できた。

だけど悲しかった。
誰よりも楽しそうに、部活に打ち込んでいた男がいなくなってしまうのは。
この目に焼き付くぐらい眩しかった光に、本当に焼き殺されてしまったようで。



(誰が悪いの)



何もしなかった私が悪いの?
立ち入れない話に首を突っ込めなかった私が臆病なの?
でも、さつきだって傷付いて泣いたじゃない。あんたにとって特別の枠に入れている幼馴染みがそうなのに、何にもなれない私にどうしろっていうの。

私の中のどんな事情も、私以外にしてみれば弱音にしかならない。
言葉を紡げない私の顔色を見限って、身を起こした青峰は雑誌を引き寄せると立ち上がった。
座り込んでいた私の横を通り過ぎながら、鼻を鳴らす。



「お前じゃ話になんねぇ」



じゃあな、みょうじ。

立ち去る足音を聞きながら、ああ久しぶりに名前呼ばれたな、と思う。
まだ覚えていてもらえていたのかと、頭の片隅で。

ぎしぎしときしんで痛む胸は大げさで、他の誰より辛苦を舐めていないくせに気道を締め上げてくる。
痙攣する喉を、見られなくてよかった。
何だかんだ女に甘いあいつは、私でも目の前で泣いてしまえば苦い顔をしただろう。
別にそんなものが欲しいわけじゃないから、気取られなくてよかったと思う。自業自得の痛みだとも理解しているのだから。

ああでも、苦しい。



(だったら聞いてよ)



我儘を言っているのは、私だけでもないでしょ?
私じゃ話にならない、そう言うあんただって諦めてる。



「耳を塞いでるのに」



泣いているのか笑っているのか、呆れているのか悲しいのか。
ぐちゃぐちゃに掻き回された胸の内は纏まらなくて、ひっ、と引き攣った声が漏れた。



「聞こえるはず、ないじゃない」



長く付き合う幼馴染みでも、信頼し合っていた相棒でも、彼らの言葉ですら変わらず聞こうとしないような人間に、届くはずがない。届かない。
実力を認めていたチームメイトの位置すら持っていない。私はただのマネージャー、オマケ、何の期待も繋がりも持たないちっぽけな存在だった。その認識に間違いはない。

だけど、笑って欲しいよ。時間が巻き戻せないのなら、どうかいい方向へ進んでほしいと思うよ。
それを願って誰かに託すことしかできないから、駄目なのだろうか。
だけど私が発言したところで、お前に何が解ると切り捨てられるのが関の山だ。きっとその認識だって間違っていないのに。ねぇ、どうすればいいの。

針は進んで、同じ場所には戻れない。せめて渦中に身を置くことができれば、私でも何か違ったのだろうか。なんて。
叶わない、有り得ない夢を抱いて、滲む視界は真新しい袖で遮った。






銀河に花は咲くか




水を注ぐ如雨露すら、私は持たないよ。

20130831. 

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