来る長期休暇、強豪と名高い我が洛山高校バスケ部は、その期間中も勿論猛練習をこなすことに変わりはない。
とは言え、何事にもバランスは必要だ。休日となると練習時間は増えるが、合わせて規則的な休息も設けられるのも当然。
そうなれば空いた時間をより充実させようと思うのが健全な学生の心理というもので。
「海は絶対行くでしょー」
「んー、でも遠出するには資金がなー…それより先に花火大会の予定決めじゃない?」
「それそれ! せっかくだから男子も誘ってー…」
終業式間際のクラスでも同じようなやり取りを聞いたなぁと、かしましいマネージャー仲間の会話を聞き流しながら思う。
彼女らと特に親しい間柄ではない私に遊びの誘いが入ることはまずないので、さっさと着替えて退散しようと息を吐いた。
さすがに、聞いているだけだとちょっと虚しい。
(遊びかー…)
学生らしい騒がしさとは無縁となりつつある私には、遠い位置にある話だ。
バスケ部キャプテンにして生徒会長まで務め始めてしまったかの男と親しくなって、それまでの友人関係が総崩れしてしまった私に、都合のいい遊び相手なんているはずもない。
だからといって征十郎を恨むことはないし、日常生活は私なりに満足して楽しんでもいるのだけれど。
だとしてもこういう場合は、また話が別になってくるというか。
(イベント事は…)
一人では楽しめないよな…。
吐き出しそうになる溜息を飲み込みながらシャツのボタンを閉め、ネクタイを結んだ。
せっかくの長期休暇だ。部活のない日くらい遊びたいと思う。私だって学生で、楽しげな彼女らを見ていて羨ましくないかと訊かれれば、首を振ることは難しかった。
別に、女子らしい友情に拘るつもりはないけれど。
いや、考えている時点でもう拘っていることになるのだろうか。
たまには遊びにも精を出したいと思う、それだけでも。
「…早いな」
「あ、征十郎。お疲れ」
どうしようもないことを考える、思考は浪々とさ迷うのを止めない。
本日何度目かの溜息を飲み込みながら校門に寄り掛かっていると、後から来た征十郎が軽く驚いたように目を瞠った。
夕焼けを反射する赤い髪が、眩しい。
「珍しいな、なまえが先に待っているのは」
「でもないよ。キャプテン様は色々と忙しいんだし、私が早くてもおかしくないって」
「いつもは手間取っているのにか」
「手間取ってるんじゃなくて征十郎に合う時間を見計らってるんですー」
完全に嘘でもない。すらすらと紡いだ言葉に一瞬間を置くも、再び歩き出した征十郎は追及はしなかった。
自然とその隣に並ぶのはいつものことだ。約束をしているわけではないけれど、部活後の帰路を二人で歩くのも慣れてしまった。
「一日練習はやっぱキツいね」
「マネージャーも、選手同様動き回るからな」
「夏だから余計体力奪われるしねー…選手は死ぬように眠りそう」
「そうなる者が大半だ」
「にしても、君は相変わらず涼しげですね」
最早化け物の域…とまでは、流石に言えないが。
特別体格に恵まれているわけではない隣の男から、他の部員のような疲労感は感じられない。
一体どこにそんなエネルギーを隠し持っているのかと、つい眉を顰める私に気付いたらしい。目線は前を向いたままなのに、くすりと小さく笑う気配がした。
「それで?」
「ん?」
「何を悄気ていたんだ、さっきは」
逃がしてもらえたと、思っていたのに。
くるりとこちらに向けられた二色の瞳に、ぐっと息が詰まる。
余裕の表情はそう簡単にいかせないとでも言うようで、下手な誤魔化しは通用しないことを悟った。
(征十郎には言いたくなかったんだけどな…)
どれだけ婉曲しても、征十郎の存在が私の友人関係を崩したことは事実。それを責めるつもりはないし、責めたくないのに。
たまに、その気配りを台無しにするようなことを平気でしてくるのだから。
「意地が悪いよ」
「お前が変に遠慮するから悪い」
解っている。私が責めたところで征十郎は気にしないだろうということは。
それでも口にしたくないのは、私がずるい人間になりたくないからだ。
征十郎といるのは、素直に楽しい。
なのに、お前の所為で、なんて。間接的にでも言いたくない。
(でも、逃してもらえないんだろうな)
ここ数ヵ月で諦めが早くなったと思う。
飲み込み続けていた溜息を大きく吐き出すと、隣を歩く男はまた笑った。
「別に大したことじゃないけど」
「ああ」
「…夏休み、友達とかと遊びに行けないのがつまらないなって、思っただけ」
学校の外の友人の繋がりは薄い。
賑わうイベントに一人で参加するのは虚しいだろうから、今年は引きこもりかと。
引き出されてしまえば、吐露するしかない。嘘を吐いたところで意味もない。
軽く項垂れる私の吐き出した言葉に、耳を傾けていた征十郎の目蓋が二、三度瞬いた。
「そんなことで悄気るのか」
「そんなことって…酷いな征十郎氏。私も何処にでもいる女子高生なんですけど」
「いや。だったらそれこそ、早く言えばよかっただろう」
「はい?」
何を?、と訝しむ目を向けた私に返ってきたのは、何を言っているのか解らない、と言いたげなあの疑い無い表情で。
「僕に付き合わせればいい話だろう」
…何言ってんのこの人。
思わず足を止めてツッコミそうになった私は、おかしくない。はずだ。
確かに、確かに私は友人と遊べないのがつまらないとは思ったけれど。
(そもそも女子じゃないし…いや、それよりそんな暇ないって話だし)
自身の多忙さを忘れているわけでもあるまいに、何を言い出すのやら。
呆れ混じりの驚きに二の句が紡げない私に合わせて立ち止まった征十郎は、造りのいい顔を弛ませて笑う。
心配はない、と。
「それこそ何処にでも付き合うよ。なまえの為に時間を作るくらい、容易い」
「…無茶だと思うんだけど」
「僕にできないことがあるとでも?」
仕事量を思えば無理だと言い切れる。
けれど目の前の男を否定することなんて、私じゃなくても無理に決まっている。
(ああもう…)
悔しいけど、敗ける。
答えを知っていて問い掛ける質の悪さに、私は最後の溜息を吐き出した。
「…慎んでお受けいたします」
特別に与えられる気遣いを、嬉しいと思ってしまうから仕方がない。
むず痒い気持ちを押し隠した私の顔は、夕日で誤魔化せただろうか。
カナリアの憧憬
予想に違わない答えに、機嫌よく細まる双眸が見えた。
(でも男女二人って、誰かに見られたらまた勘違いされそうな…)
(させておけばいいだろう)
(そこはもうちょい気にしようよ)
20130805.
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