有益な情報を手に入れれば、人という生き物は動かずにはいられないものだ。



「行くんですか」



相変わらず気配と共に表情の変化まで薄いクラスメイトが、席を立った私に声をかけてくる。
勿論、と満面の笑みを型どる私に微かに呆れを滲ませる黒子を見ても、決定は揺るがなかった。

面白いことは、全力で楽しむべきだ。








「かーがみくーん」



人気の少ない放課後の図書室、奥の扉から繋がった準備室に足を踏み入れる。いくつも並んだ書棚を通り過ぎ、机の置いてある奥へと顔を出せば、机上のプリントと顰めっ面で向かい合っていたクラスメイトが顔を上げた。



「あっ?…みょうじっ!? 何でここにお前がっ…」

「補習だってー? 遊びに来ちゃった」

「帰れ!」

「えーつめたーい」



ぎょっと目を瞠ったかと思うと空かさず追い払うようなことを言う火神に、ぶぅ、と頬を膨らませながら正面にあたる椅子を引く。
最初はびびっていた巨体やリアクションのでかさも、既に慣れた身には効きやしない。

帰る気がないのを悟ったのか、舌打ちして再びプリントに目を落とす火神の手は一向に動く気配はなく、ついでにプリントの方も面白いくらい真っ白なままだった。
予想通りだけれど、こいつの成績に関しては本気で心配になる。



「難航してんねー。教えてあげよっか?」

「いらねぇよ。邪魔すんな」

「虚勢張ったっていいことないよー?」

「うっせぇ…ってかマジで! 邪魔すんなよ!!」



問題が理解できなくてイライラしていたのか、本気で私が鬱陶しいのか。恐らくどちらもだろう。力強く机を叩いて怒鳴った火神の顔には青筋が浮いていた。
迫力あるなぁと他人事感覚で流す私は、肩を竦める。




「仕方ないなぁ…じゃあ私は独り言でも呟いてますよ」

「いやだから帰れよ!」

「いやー毎日暑くてやんなるよねー…」

「あー! 反応しねぇからな!!」



この時点で反応しまくってますけど。
とは、私は優しいので口に出さないでおく。

ぎりぎりと握り締められたシャープペンが若干憐れだが、気にせず独り言を呟き続けることにした。そう、独り言を。



「どこ行っても暑いしさー、ここくらいしか涼める場所ないし…」

「……」

「エアコンもないし西日だって差し込むのに、本当ここって涼しいからさぁ」

「………」



返事が返ってこないのは承知の上で、淡々と続ける。火神のペンは動かない。



「不思議だなーって思って、なんとなく部活の先輩に訊ねてみたんだけど」

「…………」

「そしたら先輩の顔が固くなってね…どうしたのかと訊ねてみたら」



一度言葉を切って、下からその顔を覗きこむ。
驚いて仰け反る相手に内心にんまり、口角は上げずに吐き出した。



「…出るんだって、ここ」



びくぅっ、と跳ねた肩には、気付かないふりをして。
口を半開きに、強張った顔をする火神から視線を逸らせて更に続ける。
図書室の奥の準備室はいわく付き。これは実際に噂になっていることだ。



「で、でっ出るって…」

「二次、三次被害とか色々とあるらしいんだけどね…本来の原因は……一人の図書委員だったみたい」

「な…何だよ原因って…つーか被害、って」



ほーら、かかった。

反応しないと言いながらばっちり気を引かれるこの男の素直さが滑稽で仕方ない。
弛みそうになる頬を引き締めて二次、三次は長くなるから省くけど…と私は更に神妙な顔を作る。



「夏の日、だったんだって。とある図書委員の女の子が、放課後の当番を一人でやっていたらしいの」

「お、おい…ちょっと待て、何か…」

「その日は片方の当番の子が早退してしまったらしくて、貸し出しや整理を一人でやっていたんだって…詳しいことは分からないんだけど、この準備室にも立ち入ったみたい。それで、どんな理由があったかは知らないけど、内鍵のない扉なのに外から鍵をかけられてしまった。週末の金曜で、次の土曜も部活生は図書室には来ない。わざわざ鍵を開けてまでこんな奥の部屋に来たりはしないじゃない…?」

「っ…い、いや、待てよ! そんなん、当番なら荷物とか、返されてない鍵とかで気付いてもらえんだろ!?」

「なかったのよ。戸締まりされた図書室の鍵はいつの間にか返されていて、彼女の荷物はそのカウンターの中。靴箱に靴が残っていたとしても…そうそう気付かれもしないでしょ?」

「っ……いや、でも…」

「そうして閉じ込められた女子は…どうなったと思う?」



わざとらしく声を潜める私に、青ざめる火神。
待て、言うな、と目で訴えてくるそいつに、私はふう、と溜息を吐いた。



「夏場にこんな場所に閉じ込められて三日…熱中症で倒れた彼女は、発見された時にはちょうど机のある辺り…つまり、この場所で……」

「!? ひっ…」

「……と、しまった!」

「っ!?」



抜群のタイミングで椅子を弾くようにして立ち上がった私を、青を通り越して真っ白な顔色の火神が見上げてくる。



「録画予約し忘れたんだった! 早く帰らないと!」



机に放り出していた鞄を手繰り寄せ、焦った仕種でその場を後にしようとすれば、ガッシリと掴まれた腕により踏鞴を踏む。
その正体は勿論、心境まで悟りながらも訝しげな表情を保つ私は中々役者も向いているかもしれない。



「なぁに火神」

「なぁにじゃねぇよ! お前何でっ…この状況で帰るのかよ!?」

「だって視たいドラマ予約し忘れたし…ていうかー? なに? もしかして怖いの?」

「!? べっべっ別に! 怖いわけねぇけど!? あ、そうだお前さっき勉強見たいっつったしな、特別に見させてやるよ!!」

「見てあげようかとは言ったけどドラマの方が視たいわ」

「っっ…」



あーあー焦っちゃって。可愛いったらないわ。

腕を握る手の震え、冷や汗を感じながらここで漸く私は頬を弛める。今私がどんな表情をしていたところで、目の前の男に気にする余裕はない。

数秒の間苦しげな唸り声を上げていた火神は、最後には諦めがついたのだろう。なんとも情けなく半泣きになりながら私を見上げてきて。



「…頼む…勉強、見てくれ…」



ださい、と付け足された不安定な敬語に軽く吹き出しながら、私は単純なそいつの頭を撫で回した。

ああ、本当に可愛いったらないわ。







あるクラスメイトAの報告




そもそも新設校で話に出したような事件があっていたら、もっと大きな騒ぎになっている。
少し考えれば解ることを他人の言葉一つで信じてしまうから、からかいたくなる衝動を止められないのだ。



(みょうじさんも好きですよね…火神くん弄り)
(えー、可愛いのが悪いんじゃん?)
(…そうですか)
(そうですよー)

20130804. 

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