ちょっとした気紛れだった。ほんのちょっとの、興味。

部活で居残り練習をするようになった紫原くんを、マネージャーの仕事をこなしながら待つのは日課となっていて。
今日は特に分担された仕事が時間のかかるものではなかったから、空いた時間に部室の整理でもしようかと思い立った。

監督が女性ということもあって、物の整理にはそれなりに厳しい部活。とはいえ実際に長い時間部屋を使うのは年頃の男子となると、細かいところまでの整頓は行き届いていなかったりもする。
時間があるならある時に、気付いた人間が片付けるのも暗黙のルールのようなものだ。
だから今も、人気のない部室内を一人で歩き回って目を走らせていた。

忘れられて放置されたままの雑誌、ゴミくず、使ったまま置きっぱなしのガーゼやテーピングをゴミ箱にいれたり、定位置に仕舞ったり。
脱ぎ捨てられたシャツなどは適当に畳んで中央のベンチに並べて、軽く床も掃いておこうかと部屋の角にある掃除用具箱に向かう途中。ふと、ロッカー近くのバッグに目を引かれた。

床に置かれた見慣れたバッグはファスナーが開いていて、詰め込まれたお菓子が覗いている。誰の持ち物か一瞬で区別できるそれについ頬を緩めながら、それと一緒に適当に入れられたのか、半分床に落ちかかっているジャージに手が伸びた。
ユニフォームと同じ紫と白い色のジャージは、バスケ部限定のものだ。床に落ちて汚れないように、畳んでから仕舞い直そうと思って広げてみたそれは、当然ながら規格外に大きい。



「わぁ…」



立ったまま畳むには、難がある。手を伸ばしても裾には中々届かなくて、ベンチを使って畳むか…とそちらに目を向けようとした私の動きは、不意に過った興味によって止められた。



「………」



少し…少しだけなら、いいかな。

腕に掛けたジャージを見下ろし、考える。
部員は殆ど帰っているし、切り上げるにも半端な時間だ。誰かに見られるという可能性は低い。



(ちょっと、だけ…)



誰にでもなくごめんなさい、と謝りながら、広げたジャージにそろそろと腕を通してみた。案の定袖から手が出なくて、シーツを被ったおばけのような手先で前を閉めるのに苦戦する。
それでもなんとか前も留められたジャージは、面白いくらいサイズが合っていなくて、なんだかおかしくて一人で笑ってしまう。

体格の差が激しいのは当たり前。だけれどいざ全身を鏡に写してみると、大人の服を無理矢理被った子供のように見える。ワンピースにできるほどの丈から、ギリギリ短パンが見えるか見えないかのところだった。



「大きい…」



解っていたことではあるけれど、本当に。
言葉通りぶかぶかのジャージに包まれる自分が滑稽だけれど、なんだか擽ったいような気持ちにもなって。
本当に大きいんだなぁ、という思いに混じって、ぎゅっと抱き締められた時のような恥ずかしさが込み上げてきた。

一人で喜んだり恥ずかしがったり、何をしているのか…自分に呆れそうになる。



(…恥ずかしい…)



何でこんなに浮かれちゃってるのかな…。

火照ってきた頬を袖に潜ったままの手で叩いて、嘆息する。
彼の持ち物を勝手に扱って、褒められたことじゃないのに。



「……脱ごう」



いつまでもこうしていられない。
中途半端な時間でも誰も来ないとは言い切れないし、そもそもまだ掃除の途中だ。そう考え直してすぐに脱ごうとして、前を外すのを手間取っていたその時。
なんとも悪いタイミングで、がちゃりと、扉が開く音がした。

思わず肩を跳ねさせながら振り向いた先には、見慣れた紫色があって。



「なまえちん、い…る…」

「…っ!!」

「へ……?」



目が合った瞬間に気の抜けた瞳が見開かれて、言葉尻が消えていく。呆然と固まる彼の目に映る私も、がちりと固まってしまっていた。

最悪、だ。



(みっ…見られ……)



羞恥心で目眩がしそうだった。
こんな、いかにもはしゃいで浮かれているような姿を、よりにもよって彼に見られるなんて。



「え、え…? なに、してんの? なまえちん…?」

「………ごめんなさい…」

「いや、謝んなくても…いいけど、えっマジで何してんの…っ!?」

「ごめ…で、出来心で…」

「出来心って…」



ああもう、この場から逃げてしまいたい。

力ない声の鸚鵡返しに、押し潰される。燃えるように熱を持った顔で項垂れていれば、入口に立ち尽くしていた彼の足音が近付いてきた。



「あの、勝手に着ちゃって、ごめ…ぶっ」



居たたまれなくて、口から謝罪しか出てこない。
なのにそれを遮るように顔面に体当たりされて、危うく後ろに傾いた身体が次にはがっしりと抱き込まれていた。



「う、え?」



ぶつかった顔が少し痛い。けれど、現状に戸惑う気持ちの方が大きくて。
ぎゅうう、と背中から圧迫される感覚に慌てて視線を上げれば、私に負けず劣らず赤く染まった顔が見えた。
その目から驚きの色は消えてどこか悔しげに顰められた眉に、私はどんな反応を返すべきなのか。



「あーっ…もー…なまえちんさぁ…」

「は、はい」

「不意打ちやめてよー…そーゆーの可愛過ぎるし!」

「…?」

「解ってないしさー…本当…たまにズルいよねなまえちん」



ムカつく可愛い。と、怒られているのか違うのかよく解らない声が落ちてくる。
感情を表すようにぐりぐりと高い位置に頭を擦り付けられて、多分怒っているわけではないのかな…と判断しつつ、一応もう一度ごめんなさい、と謝っておいた。



「だから謝んなくていーって……今回は」

「解った…もうしないようにするね…」

「違う。そーじゃなくて…なまえちんさ、こんな格好オレ以外に見られたらどうすんの? オレじゃない奴が来てたらさ」

「どう…?」



どう、とはどういう意味だろう。
ぱちりと瞬きをする私に、深い溜息が落ちてくる。



「こんなん他の奴に見せるとか…絶対嫌なんだけど。危ねーし。オレだってギリだからこれ。なまえちんそこら辺ちゃんと解ってる?」

「…ええと」

「そーゆー可愛いことすんの、オレの前でだけにしてよ…オレはいいけど、他の奴の気とか引かれても困る」

「…は…い」



なんだか、物凄く恥ずかしいことを言われている気がするけれど。
とりあえず素直に頷いておくと、いい子、とまたもや擦りつかれた。

ジャージを着た時に感じたものと同じ匂いが、鼻腔を通り抜ける。抱き締められている時みたいだと、思っていたけれど。



(ああ、でもやっぱり)



こっちの方が、苦しいかも。

きつく抱き締めてくる腕。トクトクと響く少しだけ速い鼓動をくっつけた胸から感じながら、甘ったるい息苦しさを味わった。

放り出したままの仕事には、あと数分、目を瞑って。







甘い匂いに目眩



(…ところでさー、なまえちん)
(うん?…なに?)
(…これ、ちゃんと下、着てるよね?)
(下?……き、着てるよっ!? 上下さっきのままだよ!)
(だ、だよね…よかった…見た目判んないから焦ったし…)
(だって…紫原くんの、大きいから…)
(……なまえちんほんとやばい…危なっかしい)
(え…?)

20130801. 

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