悩み多き思春期の学生には、さほど珍しくもない類いのものだろう。これは。
自覚しながらそれを振り切れない辺り、わりと手遅れの症状だということも、私にはちゃんと解っているわけで。
あの日からついつい視線で追いかけてしまう彼の背中は、数列離れた斜め前の席にある。
思いがけない親切に、少しだけ近付いたような気がしたクラスメイトとの距離は、実のところあまり変化はないようで。
「うーん…」
気になる、んだけどなぁ…。
変わらず女子との距離を開けている彼に、あれからも近付けることは少なく。
何となくもどかしくて、諦めがつかない。最近はそんな日々を送っている。
「悩みごと?」
なまえが暗い顔してるなんて珍しい、と若干失礼な言葉をかけてきたのは、クラスで最も親しいであろう友人だった。
普段より溜息や唸り声が増している自覚はあったから、指摘されてもまぁね、と素直に頷いておく。
別に、わざわざ隠したいとも思っていない。
「ちょっと気になる人がいるんだけどね…」
「え、何? 恋バナっ?」
「まぁそんなとこかなー」
「めっずらし!!」
「そう?」
目を見開きながら食い付いてくる友人に、そんなに色恋事と無縁のようなイメージを与えていたのだろうか。首を傾げる。
でも確かに、好きな人、とハッキリと言えるような存在は今までできたことはなかったかもしれない。
では何故今回はそんな気になったかと言えば、やはり何となく、としか答えようがないのだけれど。
多分好きになりそうなんだよなぁ…と昼休みで空になった席にちらりと視線を投げる私には気付かず、友人はそれ誰?、と更に詰め寄ってきた。
食べながら喋ればいいのに、わざわざパンを机に置いて。
「誰って…」
「教えてよー」
「えー」
言いふらしたいわけじゃないんだけどな…。
そうは思うも、茶化すでもなく真剣に訊かれると答えないわけにいかないような気分になる。
昼食は友人と二人でとっているし、他に漏れることも多分、ない。それなら別に知られても構わないかと、悩みながら飲んでいた紙パックジュースのストローから口を離した。
一応、言いふらさないでね、と前置きはして。
「最近ちょっと、笠松くんが気になってる…みたい?」
「…へっ!? かっ」
「ストップ」
思わずといった体で叫びそうになった友人の口は、伸ばした掌で空かさず塞ぐ。
カッ、と瞠られた瞳がその驚きを如実に表してくれた。
「ご、ごめん…でも何で笠松?…あいつ女子に態度悪くない?」
「いや、あれは…」
「?」
態度が悪いんじゃなくて、どう接すればいいのか分からなくてぎこちないだけなんだと思うよ…。
さすがに彼の許可も得ずにそんなことをバラすのはよくないかと、口ごもる。
あの雨の日も、顔を真っ赤にして相当無理をしてくれていたのを知っている。
(でも、無理をしてくれたんだよね)
緊張でガチガチになりながらも、優しくしてくれた。そういうところに人間の本質は現れる。
やっぱり好きかも。
うずうずする胸から意識を逸らしながら考えた。冷静になってもいい人だな、という印象が拭えないし、ここ暫く彼を見ていたから、他のいい部分も沢山見えてしまって。
「うん…好き、だと思う」
「今? 自覚したの?」
「言葉に出したら、結構ハッキリするね」
すとん、と落ちてきた答えは納得のいくもので。
認めてしまえば、迷うこともない。何ともいえない表情でこちらを窺ってくる友人に頷き返せば、はぁ、と気の抜けた溜息と区別のつかない声が届く。
「で? 好きって判って…どうすんの? 告白でもする?」
「んー…」
昼休みの喧騒をBGMに、宙に視線を漂わせる。
告白はちょっと無理…というか、難有りかな、と。
(私よりあっちがな…)
普段以上に焦られて、悪い意味で意識されかねない。
私も別に付き合いたいとか、そういう気持ちが強くあるわけでもなく。
ああ、でも…ほんの少し、叶うなら。
「仲良く、なりたいな」
せめて、軽い会話くらいは交わせるレベルで。これも結構難しい話ではあるけれど。
それでも一度願ってしまうと、気持ちは消えなくて。
その為にはまずは、相手を知らなくちゃいけないよね。
「少しだけ頑張ってみる」
「…まぁ、なまえがそうしたいなら私は応援するよ」
「ありがとー」
とりあえず最初は、彼を捕まえて言葉を交わすことから。
目標が決まれば行動にも移せる。
埋まらない席をもう一度眺めて、浮き足立つ心のままに頬を緩めた。
肉じゃが大作戦
「笠松くん」
周囲に人がいると、また面倒だからタイミングを見計らって。放課後、運良く日直の仕事で残っていた彼に声を掛ければ、日誌を書いていた手がびくりと跳ねるのが見えた。
「! な、なんっだ…みょうじ!?」
だから、とって食いはしないというのに。
がばりと振り向いた顔は予想通り、赤い。
一瞬でそこまで緊張されると、こっちまで伝染しそうになって困ってしまう。
「日直お疲れ様。部活も大変なのに一人でやってるの?」
「っ…あ、ああ……一人が、いいから」
男女の組み合わせで当番となれば、彼には苦痛なのだろう。そこも予想通りだ。
気持ちを自覚してドキドキする私より緊張して、ブリキの人形のようにぎこちない動きで仕事を続行しようとする彼。友人が見ていたら笑われそうな光景だなぁ…なんて考えつつ、彼の席の前に回る。
びくりと再び跳ねた肩には若干傷付くけれど、まぁこれも仕方がないことだ。
「な、にか…用、でも」
「うん。笠松くんの好物って何かなって」
「こう……はっ? あっ…」
唐突な質問に、顔を上げた彼と目が合う。
それも慌てて一瞬で逸らされてしまう…が、私はめげません。
「なな、何で、好物…っ!?」
「この間のお礼に、何かあげられないかなと…思って」
「! べっ…別にあれは、気にしなくていいことでっ…」
「んー…でも、私がね」
「…?」
あまり明け透けな態度はとれない。彼を困らせたいわけでもない。
けれど、少しくらいは表に出してもいいだろうか。
曖昧なラインにも届かないほどの、本音なら。
「これを機に、笠松くんと、仲良くなりたいな…とか…」
思うのですが…どうでしょうか。
次の瞬間、勢い良く見上げてきた瞠られた目に映る私も、頬を赤くして緊張していた。
(…っ………)
(えーと…駄目、かな…?)
(に、…っ)
(え?)
(に、肉じゃが…っ好物…)
(! わ、分かった、肉じゃがね! 口に合うか分からないけど…頑張ってみる!)
(うっ、あ、いや…別にそれは、)
(うん、よし。帰って練習しよう。笠松くんは部活頑張ってね!)
(えっ、あ…ああっ)
20130731.
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