どうしても、どうしようもなく調子が悪い日というものがある。
きりきりとした痛みは断続して胎内に響き始めて、余分な熱を持つ所為か鈍い頭痛まで襲ってくるものだから、堪らない。



(だるい…)



念のため朝から痛み止めは飲んでいたのだけれど、どうやらそろそろ切れ始めたらしい。
筋肉が強張って身体が重く感じる。部活前には効くようにまた薬を飲まなければいけないな…なんて考えていたら、すぐ隣で昼食後のおやつを味わっていた紫原くんの顔が、急に下がってきて視界に入った。

驚いて軽く固まる私の目に、ほんの少し顰められた眉が映る。



「なまえちん、顔色悪い」

「え」

「具合悪い? 熱はそんな高くないみたいだけどー」



大きな手に前髪を上げられて、そのままこつりと額を重ねられる。
普段なら照れるところでも、体調が悪いと神経まで鈍くなってしまう。至近距離でううん、と唸る彼をぼうっと見つめていると、額が離れていく時に更に難しい顔をされてしまった。



「あー、でもほっぺた熱い…どっか痛い? ご飯もあんま食べてなかったし」

「え…と…よく判る、ね」

「そりゃねー。なまえちんのことならずっと見てるし、変なのは判るよ」

「…そっか…うん。なんか、それ嬉しいなぁ…」

「今更じゃ…てゆーか、本当に大丈夫? なんかフワフワしてるし」



困ったような、心配そうな声が降ってきて、つい肉体的な苦痛も忘れて嬉しくなる私は単純だ。
大好きなお菓子も放り出して頬や頭を撫でてくる手つきは優しくて、何となく目蓋を下ろしてその感触に浸りたくなる。



「なまえちん…キツいんじゃないの?」

「うん…」

「どこ?」

「んー…」



無駄に心配を掛けたくはなかったけれど、誤魔化しは利きそうにないことは弛みきった頭でも判った。
痛みなんて、口に出して教えたって治るわけでもない。それでも教えてほしいと言われるのは、きっと少しでも知って、何とかしたいと思ってもらえているからで。

甘えても、いいのかな。
気遣わしげに見下ろしてくる紫色の瞳を覗きこむと、いいんだよ、とでも言うように後頭部を撫でてくる手に、無駄な力が抜ける気がした。



「…あのね」

「うん」

「ちょっと、お腹とか頭とか、痛くて…朝から、薬は飲んでたんだけど」

「あー、切れちゃったんだ」

「うん…」



頷く私にそっかー、と溜息混じりな返事が落ちてくる。
それから少ししてごそごそと動き出した彼を不思議に思っていると、お菓子の入った袋をその場に放置して、コンクリートに座り込んだ私の背後に移動してきた。



「よいしょーっと」

「紫原、くん?」



空気を遮るようにぴったりと背中にくっつくのは、彼の胴体だ。投げ出された長い足が座り込んだ私を囲うように胡座をかいて、回された腕に弱い力で引き寄せられると、ぽすんと頭が胸近くにぶつかる。
戸惑って見上げようとした私の意識はすぐに、腹部に降りてきた手に持っていかれた。



「え、う、むっ、紫原くん…っ?」

「んー?」

「あ、のっ…手が…」

「背中とか腰とか、一緒に暖めたら楽になんない?」

「それは…えっと…そう、なんだけど…」



制服越しにでも、じわじわと広がる熱は感じられる。けれど、つまりそれは、制服越しにでも感触とか、伝わるということなのでは。
しかも怠さの原因が原因なので、何となく近付かれると心配になる。

普段よりも張っている腹部だとか、痛みの所為でかいた汗だとか、そういうものが気になって落ち着かない私とは対照的に、高い位置にある顎を私の頭に乗せた彼はいつも通りの調子で。
ゆるゆると腹部を撫でる大きな手にも、あまり動揺は感じられない。



「薬はー?」

「教室の、鞄に…」

「んー…でも飲み過ぎてもよくないよねー。つらいなら部活は休んじゃいなよ」

「…一応、部活前にはまた飲むつもりだけど」

「なまえちんの頑張りやさん」



叱るように押し付けられる頭から、さらさらと紫色の髪が視界に落ちてくる。
それがあまりにも普段と変わらないから、少しずつ動揺も消えていった。

緊張が消えると、背中に感じる温もりや緩やかに腰から腹部を撫でる手は、確かに苦痛を和らげてくれているようで。
力を抜いて凭れ掛かると、満足げな吐息が落ちてくる。またもふわふわとした気持ちになって、幸せかもしれない、なんて思う余裕も出てきたりして。



「なまえちん頑張りすぎだし。つらい時はちゃんと言わなきゃ駄目だよ」

「…うん。ねぇ、紫原くん」

「なーに?」

「ん…大好き…だなぁと、思って」



ぴくりと一瞬動きを止める手も、その後すぐに擦り付けられる頭も、苦痛を和らげるには充分だ。
オレのが絶対好きだし、と呟く声も拾って、緩む頬を抑えることはできなかった。







きみとのキョリ




(女の子は大変なんだから、ちゃんと頼らなきゃ駄目だよー)
(…え?、と…気づいて…)
(んー、姉ちゃんもよくつらそうだったから。なまえちんはいつもってわけでもなさそうだけど、キツい時は言ってねー。できることは何でもするし)
(…う、ん……ありがとう)
(アララ…真っ赤だ)
(だって…嬉しいけど、恥ずかしい…)
(? そーなの?)
(うん…)

でも、それよりずっと、好き。

20130718. 

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