所謂お付き合いに踏み込む前から、薄々感じていたことではあるのだけれど。
私の恋人様はどうも、スキンシップをかなり好む性質らしい。
特に気に入られている私の持ち物の中に、髪がある。そういえば、仲良くなってすぐの頃にも喜んで触っていたことがあったっけ。
編み込まれる髪の感覚を享受しながら視線をそちらに向ければ、貴重な昼休みを何故か私のヘアアレンジに当てている辰也くんのご機嫌そうな瞳とぶつかった。
その顔は実に楽しそうで、私はどんな顔をしていいものか判らなくなるのだけれど。
「辰也くん、楽しい?」
「楽しいよ、凄く」
「さいですか…」
料理方面では普段のスマートさの欠片もない不器用さを披露していた彼の手は、嘘のように器用に動いて私の髪を纏めていく。それも、苦にならないどころか本当に楽しげに。
男子が髪弄りを好むというのも中々珍しい気がする。最低限の身嗜みに弄るくらいはあっても、女子の身支度とはまた別の次元の話かと思っていたのだけれど。
「女の子の髪の毛弄るの好き?」
「正しくはなまえの髪を弄るのが好き、かな。触ってて気持ちいい」
「辰也くんの方がよっぽど綺麗な髪してそうだけど…」
「流石にないよ。それに、なまえだからオレは触りたいんだけど…解らない?」
「…解らなくは、ないです」
好きな人に触れたいというのは、ごく自然な望みだとは理解している。
けれど、なんというか、それよりもぐい、と寄せられる美貌の迫力にはまだ慣れきれてはいないわけで。
つい引け腰になりながらも頷きを返せば、満足げな微笑を浮かべた彼は自然な動作でこめかみ辺りに唇を落としてくる。
恥ずかしげもなくそういうことをしてくる彼に、まだ照れを捨てきれない私は意味もなく口を噤んだ。
悔しい。やっぱり、私はまだまだやり返せていない気がする。
むう、と内心で唸っていると、そのまま髪の方にまで唇を落とそうとしていた彼の動きが一瞬止まった。
「…あれ」
「ん?」
「ちょっと…あ、やっぱり違う」
「う、え? 何?」
優しく髪を撫でていた手に突然頭を引き寄せられて、身体が傾く。
まだ弄られていない方の髪に顔を埋めた彼が、何かに納得するように頷いた気配がした。
「いや、いつもと香りが違ったから。シャンプーとか変えた?」
「……か…香りまで、覚えてるの…?」
「なまえの髪だからね」
それ喜んでいいのかな…。
当然至極、とでも言いたげに迷いなく返される言葉に若干思うところはあったけれど、つっこむことはしなかった。
というか、再び顔を埋められた所為でつっこむ余裕がなくなった。
「うん、前より甘い…」
「あの、辰也くん、ちょっと恥ずかしい」
「そう? でも凄くいい…前のも悪くないけど、オレはこの香り好きだな」
「ひぃ…っ」
首もとに、息がかかってぞわぞわする…!
逃げ出したくなった時には既にがっちりと腰を捕まれていて、泣きそうな気持ちになった。
恥ずかしい。何故だか凄く恥ずかしい。
「そ、そんなに好きなら辰也くんも同じの使ったらいいんじゃ…」
「なまえからするのがいいんだけど…ああ、でもなまえと同じ香りが自分からするのも悪くないかな…」
「なんか…それは、やっぱりいいです…」
擦りつきながら真剣に漏らされた声は、私が切り出しておいて何だが否定させてもらった。だって、余計に恥ずかしい気がする。
火照る顔を冷ましたいのに中々離れてくれない彼は、恐らく顔から湯気でも出しそうな私を知っていて笑っているのだ。
「髪だけじゃないんだけどね」
「…何が?」
「なまえの好きな部分。少しずつ知ってきてるのに増えるばかりだから、なまえは凄いよ」
「……躊躇いなくそういうこと言える辰也くんの方が凄いよ…」
本当に、恥ずかしげもないストレートな愛情表現というのは心臓に悪い。
心底愛しげに触れられて嫌な気がするはずもない。けれど、うまく受け流すこともできない。
悔しいなぁ、と呟く心の内に、湧き上がるそれ以外の熱も今は、認められるものだから。
「…でも」
「ん?」
「辰也くんが好きなところなら、私も好き…かも」
どうでもよかった、何の価値も見出だせたかった自分の一欠片ずつ、拾って愛してもらえるのは幸せなことだ。
好きだと言ってもらえたものは大切にしようと思える。そんな風に思わせてくれるのはこの人だからなんだろうな、なんて。
羞恥心を堪えて、とりあえず暫くはシャンプーとコンディショナーは同じものを使おうかと、考える私は立派に恋狂いだ。
数秒の後にその腕の中に収まり、きつい締め付けを味わいながら目蓋を下ろした。
きらめく産声
一つ一つ、好きになります。
貴方が好きになってくれるから。
(本当…なまえは何でこんなに可愛いんだろうな…)
(ヒント、欲目)
(そんなことない。欲目抜きに可愛い)
(辰也くんが言っても説得力皆無だよ…)
20130709.
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