どうしてこうなった。

最初に、本当に一番最初に呟いたその言葉は、一瞬にして神様ありがとうという思考に塗り潰された。



「こんにちは、なまえ」



透明感のある髪と瞳、まだ幼い顔に不釣り合いな丁寧な言葉遣い。それを向けられる私の手が紅葉のように小さいことも、叫ぼうとした声が意味を成さなかったことも、起き上がろうとした身体がうまく動かなかったことも然したる問題ではなかった。
だって、この展開だ。何が起きたのかはさっぱりではあるが、この展開。喜ばずにはいられまい。

皆さん聞いてください。私、どうやら赤子になってしまったようです。しかも。



「ボクの名前は、テツヤです。なまえのお兄さんですよ」



俗に言う、トリップというやつを。してしまったようなのです。



(神様ありがとう…本当にありがとう…)



その日から赤子であるが故の様々な不便不満と戦うことにはなったものの、そんなものは最大の幸福感を前にしては塵のようなものだった。

何を隠そうこの私、天のご加護により実の兄弟という正に神ポジションを獲得した黒子テツヤを以前から慕って、慕って慕ってそれはもう慕ってやまなかったのだ。もう本当に、おはようからおやすみまでただひたすら彼を眺めて愛でていたいと思っていたほどに。
この場合の私の実年齢は黙秘させていただくが、とにかく次元の壁をぶち壊したい勢いで愛しさを噛み締めていた。それがこの展開だ。

美味しいと、思わないわけがあるまい。

それでも一応は社会的な思考も残ってはいる私が全力で美味しさに飛び付けたのは、それまでの記憶が彼らのこと以外綺麗にすっぽ抜けてしまっているからに他ならない。
一般常識的な記憶は保持しているが、関わってきたはずの人の存在を欠片も思い出せなくなってしまっていたことで、感じた不安感を掻き消すためにも新しい現実に縋り付くことを選んでしまった。

それにより出来上がった現状というのがまた美味しいものだから、後戻る余地もなく。
今日も私は目覚めスッキリ猫かぶり百パーセントで、愛する兄の部屋に突撃するのだ。



(うぉああああ毎朝ながら天使の寝顔…っ!)



白いシーツに散らばる寝癖付きの髪…罪…!

毎度懲りずに私の萌え心を揺さぶってくれる黒子テツヤは本当に恐ろしい人である。
そして数秒心の中だけで悶える偽ロリータな私…これは本当に残念な図だとは思うが、私が私でなくなるとこの天使との接触が図れなくなるので致し方ないことだと割り切る。

中身まで幼かったらこの至福を取り逃してしまうからね。そんな勿体ないことは望みませんよ。



「すぅー…はぁー…」



存分に寝顔を堪能した後に大きく深呼吸をして気持ちを入れ替えるのも、毎朝の恒例行事だ。
落ち着きを取り戻したところで、純粋無垢な妹へと転身する。

小さな身体をおもいきりあどけなく、全力であざとく使用する。これが実年齢なら痛いところだが今の私は幼女。向かうところ敵なし。何も恐れるものはない。
ぐっすりと気持ちよさそうに寝入る彼の頭を絶妙な力加減でぺちぺちと叩きながら、密かにその髪の感触を堪能する。絶妙なごわごわ感に沸き立つ気持ちは、勿論内心に隠し込んで。



「テツヤさーん、おにいさーん、あさですよー」

「ん…なまえ…?」

「おめざめ、ですか?」



もぞもぞと眠りの淵から浮き上がる彼の、微睡んだ表情。これもまた美味しい。

枕元に控える私をその目に移した瞬間に綻ぶ頬には、本気で神様に感謝したくなる。妹って素晴らしい。



「おはようございます、なまえ」

「おはようですー」



黒子家の丁寧口調に合わせてこちらもにっこり笑いながらのご挨拶。この口調で愛嬌を振りまくのも慣れたものだ。
幼子のあざとさを全開にすれば、寝覚めで判断能力の鈍っている彼が手放しで可愛がってくれる。それを理解してからは、毎朝熱烈なハグをいただくべく全力で可愛い妹を演じている。実際可愛いのは兄の方だが。

そして今日も伸びてきた手に逆らうことなくぎゅうう、と抱き締められてその温もりを全身で味わう。これぞ至福の一時というやつだ。



「起こしてくれてありがとうございます」

「はーい。テツヤさんはきょうも、バスケですか?」



すりすりと頭の上から擦りつかれる感覚を享受しながら、本日の予定を確認する。これも休日の決まり事。
私の声にぴくりと反応して動きを止めた彼は、少しだけ目が覚めてきたのか受け答えする声に張りが出てきた。



「バスケですね…他の学校と試合…戦わなくちゃいけません」

「たたかう! テツヤさんかっこいいです!」



きゃっきゃっと。それはもう子供らしく喜んでみれば、ありがとうございます、と彼なりの満面の笑顔を返される。その威力に朝からごちそうさまですこちらこそありがとう、と泣きたくなるのを堪えるのがまた大変なのだがやめられない。
最早私は彼の笑顔のジャンキーだ。しかし悔いはない。



「なまえも、たたかうテツヤさんみたいです…あと、テツヤさんのおともだちもみたいです」



既に満腹状態ではあるが、人の欲というのは計り知れないもので。
普段の穏やかで紳士的な兄のことは勿論溺愛しているが、試合中の真剣で男気溢れる兄の姿もそれはもう死ぬほど素敵に違いないと思うわけで。

けれどそんな私の願望に言葉を返す彼はいつも、微妙に難しげな顔になる。



「…戦う場所はたくさん人がいますし、なまえにはまだ危ないですよ」

「でも、なまえまいごにならないです。しらないひとにもついていかない、です」

「…なまえ、今まで黙っていましたが…ボクの友達となまえが会ったら、なまえはボクとは結婚できなくなります」

「えっ」



何という騙し方だ黒子テツヤ。

思わず固まる私の反応を素直に受け取ったらしい彼に、さて私はどう返すべきだろうか。
シスコンは有り難いが中々えげつない。この嘘は結構長持ちしそうな気がする。
となると、試合は暫く見せてもらえない。キセキの世代も一度は見ておきたい気持ちはあったのだけれども…これは高校生になるまでは持ち越しだろうか。

何よりも、妹に冗談でも結婚の二文字を刻みつける彼に萌えたところもあるので、ここはとりあえず堪えておくか。
僅か一瞬でそう結論づけた私は、目一杯悲しげな表情を作って彼を見上げた。



「えっと…それは、いやです」

「嫌ですよね。ボクもなまえといたいから、絶対に会っちゃ駄目ですよ」

「はい…」



至近距離での甘やかしボイス頂きましたありがとうございます。ついでに慰めるように目元に落ちてきた唇に私の全てが天元突破しそうです。この罪の子め…!

視覚も聴覚もヘブン状態の私は正に、アルコールでも入ったかのようにふわふわと揺れる頭を成長途中の肩にもたれ掛ける。
よしよしと頭を撫でてくる大きな手にも、心を揺さぶられるばかりで、もう何というか本当に、神様ありがとう。そんな幾度目かの叫びを今日も噛み締めていた。







君に包まれる




兄が天使過ぎて生きるのが楽しい。

20130708. 

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