一年という節目に一度途切れたはずの関係は、ぎこちなくも細い糸を繋ぎ直された。
それに不快感を感じるということはなかったけれど、一度は崩れた関係を続けるわけではない。そうなると不自然さが付き纏ったりもするわけで。

とてもぎこちなく、手探り状態のもどかしさがある。
どこか緊張を纏った低い声を携帯ごしに聴く私は、硬くなりそうな背中を椅子の背もたれに置いたクッションに押しつけてリラックス効果を図ろうとしていた。

夕食や入浴も済んで、寝る前に授業の予習をする時間。その時間を狙うように掛かってくる電話には、慣れ始めてきた頃だ。
彼の持ち出す用件は大抵決まっていて、お互い予定の入っていない日を照らし合わせるためのもの。別れを切り出す前ならメールで済んでいたやり取りが、今は何故か直接の会話で行われている。

何か、考えを変えたのだろうか。
些細な行動に現れる差でも違和感は覚えるし、違和感を覚えれば気になってしまう。
会話内容よりも考え事に気を取られていると、訝しげな声に名前を呼ばれた。



『なまえ?…聞いているか?』

「え…あ、いや。ごめん、ぼうっとしてて…もう一回言ってくれる?」

『…来週の日曜は一日空いているが、お前の方の予定はどうかと訊いたのだよ』

「あ、うん…えっと、来週…は」



これだけのやり取り一つにも、揺り動かされる。
話を聞いていなかったというのに、悪態の一つでも出てきそうなところなのに。



(変なの)



最近、厳しい言葉が飛んでくることが減った。呆れたような溜息も、随分と耳にしていないように思う。
妙に優しくなった彼の言動にやはり違和感を感じながら、手帳を確認する私の目はその日付に貼られたシールに吸い寄せられる。

花柄のシールの貼ってあるその日にちは、友人との予定が先約で入っていた。
申し訳なく思いつつも約束を蹴ることはしたくないのでそのまま伝えれば、僅かに低くなった声がそうか、と頷いたようだった。



「ご、ごめんね…せっかく忙しい中予定開けてくれたのに…」

『いや…謝ることではないからな。先約は仕方ないのだよ…』

「…怒ってる?」

『なっ…何故そうなる! 怒るような理由ではないと言っ…っ…いや、すまない。怒ってはいないから、その…お前が気にすることはないのだよ』

「……えっと…」



何だろうか、本当に、このぎこちなさは。
別れを告げる前は、もっと自然体で会話できていた気がする。顔色を窺い合うようなやり取りにはどうしても慣れられない。



(ああ、でも)



こんな感じ、だったのだろうか。表に出ていなかっただけで。
綺麗に、冷静に取り繕うために言葉を交わすのを諦めて、そうなると無愛想になって。
もしそうだったとしたら、私は、私達は結局、お互いのことがしっかり見えていなかったのかもしれない。
綺麗な部分しか見えないようなものは、恋愛ではないのかもしれない、なんて、今更になって思う。

それでも、何一つ知らないわけでもなかった。
彼の予定が私の手帳よりもずっと埋まっていることも知っているし、部活が休みの日だって怠惰に過ごすような人でもないことも。
それでも以前よりも積極的に私との時間をとろうとしてくれていることもちゃんと、解っている。

だからどうしても、気になってしまって。



「あの…そっちのスケジュール教えてくれたら、私が合わせるよ…?」



会いたくない、わけではない。蔓延った恋心がなくなったわけでもない。
だからその貴重な時間に負担をかけるのは憚られて、そう口にすれば、携帯の向こうからは微かに唸る声が聞こえてきた。



『…だが、それでは変わらないだろう。結局、オレの都合で振り回すことになる』

「私は気にしないけど」

『……お前に、これ以上負担をかけたくはないのだよ』

「え、っと…それは私の方がそうだし…それに拘ってたら余計に機会が減ると思う」

『っぐ……』



ずばり、正論を叩きつければ苦々しげな呻きが返ってくる。
頭で理解できない彼ではない。



「…大体、そんなことで嫌気が差したりとかはないから…真太郎も少し落ち着いて…私が言えることでもないけど」



本当に、電話をとる度に強張る身体をクッションで誤魔化している、私に言えた台詞ではない。
それでも、私よりもがたがたと歪な行動を露にする彼には言わずにいられなかった。



『だが…』

「あと…その前の日、練習試合だったよね」



納得できていなさそうに返そうとした彼を、遮る。
戸惑うような空気でも、ぎこちない声でも一応は頷いてくれたような気配を感じた。



『朝から予定が入っているが』

「その後は、ミーティングだっけ…終わるの待ったら、時間とれるんじゃない?」

『! いや、だが結局お前を待たせて時間を無駄にすることにだな…』

「…完璧に無駄なくってのは、何でも無理なんだよ」



口に出しながら、自分にも言い聞かせる。
完璧な恋愛なんて、成り立つわけがないのだと。

配慮は遠慮になって、大事なことが伝わらなくなる。そんなことはいくらでも起こり得るけれど、繰り返したいとは思わない。
あの日、初めて彼から思いをぶつけられた日に、私だって後悔したのだ。

取り繕って、我儘にならないようにと、押し込んでいた気持ちを吐き出さないから伝わらなかった。
伝える勇気がなかった。愛想を尽かされることを恐れたのは、私の方だった。



「我儘とか、勝手とか…そういうの、少しはあってもいいんじゃないかな…正しいかは判らないけど」



拘りすぎて、可能性を潰すよりは。
きっとまだ私達には、見えていないものがたくさんあるから。

私ももう少し伝える努力をするから。
窮屈なほど締め上げられる肺に空気を取り込みながら口にした言葉に、会話は途切れて静まってしまう。
何か、まずいことを言ってしまっただろうか。じわりと不安が込み上げてくる頃、深い溜息が電話の向こうで吐き出された。



『…すまない。意地になっていた』

「え…いや、私もずけずけと…色々ごめんなさい」

『いや。確かに、何であろうと言ってくれた方がいいのだよ…特にオレは鈍いらしいからな。会える時間があるなら会いたいのも本音だ。なまえがそれで不満がなければだが』

「………」

『……何故黙るのだよ』

「うっ、え…いや、何か…」



吃驚した。

思わず力が緩んで落としそうになった携帯を両手で持ちながら、呼吸を整える。

ここまで素直な物言いも珍しい。会いたいなんて、私だって彼に対しては簡単に言える言葉ではないというのに。
本当に変わったなぁと、声には出さずに呟きながら目蓋を伏せる。頬が熱い。



『お前は…まだ信じていなさそうだが』

「うん…?」

『時間があれば、会いたいとは思う。日常生活を送っていても、不意に思い浮かぶことがある。それぐらいは、その…オレはお前が、好きだと…解ってほしい』

「……は…はい…」

『とりあえずそういうことだ。詳しい予定は日が近くなったらする。オレはもう寝るからお前もさっさと休むのだよ』

「あ、う、うん。了解しました…おやすみなさい」

『…おやすみ』



捲し立てるような早口は、多分照れだと判る。けれど。
ぶつりと通話の途切れてしまった携帯を握り締めたまま、椅子の上で抱え込んでいた膝に顔を押し付けて息を止める、私も相当恥ずかしい。



(何なの…)



もう、本当に、どうしてしまったのか。

今までそんなこと、言ってくれたことなかったくせに。
今までと同じでは意味がないから、変わろうとしているのかもしれないけれど。



(私、本当に)



本当に、何も見えていなかったんだ。

膝の冷たさで火照る頬を冷ましながら、疼く心と戦いなおす。
なんて勿体ないことをしていたのかと、自分自身を叩いてやりたい気分だった。






月影




綺麗じゃない部分だって、ちゃんとそこに在る、大切なものだったのにね。

20130707. 

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