高校生にもなると、お喋り好きな女子の話題が恋愛色に彩られることも少なくはない。
けれど未だに明け透けに振る舞うことに苦手意識を覚える私は、その手の話題はできる限り避けて通っていた。

だからこそ、だろうか。思いもよらないところからの追究には、本当に弱くなってしまっていて。



「なまえちゃんって、彼氏くんとどこまで進んでるの?」

「ごほっ…!!」



思わず咳き込んだ私に、一瞬目を丸くした先輩はすぐに大丈夫?、と首を傾げながら背中を擦ってくる。

つい教師の頼みを断れず任されてしまった委員の仕事を、一人では面倒だろうからと自主的に手伝いを申し出てくれた先輩は、優しい人ではあるのだけれど。
なんというか、普段はそんな素振りは見せないのにたまに大きな爆弾を落としてくれる人だとも思う。



「な、あ、あの…何で…」

「ん、彼氏持ちさんを参考にしたいなって思ったんだけど…何かごめんね、そんな驚くとは…」

「い、いえ…私も大袈裟に驚き過ぎましたし…」

「うん、結構長く付き合ってるらしいから、ね」



参考になればなぁと思ったんだけど。

そう、からかいの色は含まない純粋な疑問をぶつけられてしまうと、誤魔化すこともしにくい。
首を傾げたまま、呼吸を整える私を見つめる先輩に、羞恥心は拭いきれなかった。



「その…先輩は、どうなんですか?」



こんな質問をされるのには、何か原因があるはずだ。
確か最近、目の前の先輩にも恋人ができたということも知っている。付き合い方を模索する気持ちは解らないでもないけれど、自分から明かすのは恥ずかしい。

せめて先輩側の事情を聞いてから…と思っていた私は、熱をもつ顔を手でおさえながら質問を返した。



「えっと…簡単に言うとAとBの間…?」



それに対して迷いなく返ってくる答えが、予想を大きく上回るとは思っていなかった。

一瞬その意味を量りかねて、うーん、と宙に視線をさ迷わせる先輩を凝視する。



「え……えっ!?」

「あ、でもわりと際どいのかな…B…うん、B寄り…寧ろギリ…?」

「ま、待っ…えっ? 先輩、そんな進んで…?」



待って。本当に、待って。

聞いた話では、付き合い始めてからまだ一ヶ月そこらのはずだ。一般的な進展スピードなんて知らないけれど、それはかなり速い方なのでは…もしかして、それくらいが普通なのだろうか。



「? なまえちゃんはもっと遅かったの?」

「お、遅いっていうか…その…」

「うん?」



ふんわり、長い髪を揺らして振り向く先輩は普段から穏やかな空気を纏っているから、そんなに飛び抜けたイメージが結び付かない。
不思議そうに瞬く瞳に恥ずかしさが増して、つい自分の視線は落ち気味になった。

こんな真面目に訊かれたら、答えないわけにもいかない、けど…。



「そんな、身体触られたりとかもあんまり…だ、抱き締められるくらいで…」

「へー…色んなペースがあるねぇ」

「や、やっぱりちょっと遅いですよね…一年以上付き合ってたら、普通は…私にそういう魅力がない、とか」

「うーん…私には分かんないけど…なまえちゃん可愛いし、あの彼氏くんなら単純に大事にされてるんじゃないかなぁ」



それは、そう思っていたことではある。
先輩の意見は私の信じたいもので、そう考えてきたからこそ余計なことは考えずに幸せを感じてこられたわけで。

でも、キスをされたり抱き締められることはあっても、絶対にそれ以上は求めてこない彼には、実のところ少しだけ不安を感じることもあった。
そういうことがしたい、というよりは、好きな人の心が知りたいというか、近付きたいという気持ちに近い。
不満はなくても胸に何かが引っ掛かっていたことは事実で、軽く落ち込む私に困ったように、先輩は眉を下げた。



「逆に変に気にさせちゃったね。本当にごめんね」

「い、いえ…私も少し、参考になったので…」



申し訳なさげに謝ってくる先輩に、悪気はない。勝手に悩んでしまった私は慌てて、気にしないでほしいと態度で示した。

本当に、自分が勝手に周囲との差異を気にしているだけだ。
付き合い方なんて人それぞれで、何が正しいとか間違いとか、そんな明確な形があるわけでもない。



(…大丈夫)



別に、先を急いでいるわけでもないのだし。
きっと気にしなくてもいい、はず…。

そう、よくよく自分に言い聞かせてはみたのだけれど。



「なまえちん何か、元気ない?」



どうも、私の顔も正直にできているらしい。
委員の仕事後、遅れて入った部活も終えて寮に帰る途中のことだ。間食のお菓子を片手に覗きこんできた紫原くんは、心なしか心配そうな空気を醸し出していたた。



「え、あ…ううん、何でも…」

「なくないよねー…オレ何かした?」



少しばかり不安げなその声に、すぐに首を振って否定する。



「紫原くんは何もしてないよ」

「ほんとー?」

「うん、本当」



逆に、何もしてないのが気になるのだけれど…これは訊ねた方がいいものなのか。
微かに唸る彼は納得していない様子で、私を見下ろしてくる。

大事に、されてるんだろう。それは態度を見ても明らかで、不安には思わない。
不安とは、少し違う。



「…紫原くんは」

「? うん?」



いいのかな。恥ずかしいな。
でも、聞いておきたいような気持ちもある。

手持ちのお菓子を口に運ぶ途中、軽く顔を傾ける彼に向けて、少しだけ速くなる鼓動を感じながらも口を開いた。



「その、キス以上とかは…したくならないの…?」



次の瞬間、大きな手の中でぐしゃあ、と音を立てたお菓子は、恐らく袋の中で粉々になった。



「………っは!?」



数秒、これ以上ないほどに目を見開いて固まった紫原くんが、肩を跳ねさせる。
繋がれていた片手に妙に力が入って、少し痛い。



「っ、え、や…したくなくは…いや、てゆーかなまえちんマジで何があった?…あ、もしかして室ちんの入れ知恵っ!?」

「え、や、違っ…あの、単純に、そういうことしないんだなって…」



何でそこで氷室先輩に結び付くのかは解らないけれど、慌てて否定する。
詰め寄ってくる彼の顔は赤くて、多分私もそれ以上なのだろう。恥ずかしくて、変な汗が出てきそうだ。



「その…あの、付き合ってから、結構経つから…それでいいのかな、とか…」



これって、私がはしたない子みたいに思われたりしないだろうか。
若干泣きそうな気持ちで頭に浮かぶままに言葉を吐き出せば、立ち止まっていた彼が勢いよくしゃがみこんだ。その迫力は中々のもので、ついまたビクリと私も身体を引き攣らせてしまう。



「む、紫原くん…?」



そのまま、再び動きを止めてしまった彼に恐る恐る声を掛ければ、お菓子を握り締めていた右手は顔を覆い隠す。
けれど髪の隙間から覗く耳は真っ赤で、私まできゅう、と胸が苦しくなった。



「っ…何なのほんと…なまえちん…」

「ご、ごめんなさい…」

「いや…うん。もーいいや…何か……」



そのまま数秒間黙りこんだ紫原くんは、深い溜息を吐き出しながらゆらりと立ち上がる。
ゆっくりと歩き出す彼に歩調を合わせて隣に並べば、少しだけ弛んだ力でもしっかりと、指を絡ませられた。



「あのねー…したくないって言ったら嘘になるよ。オレ男だし、なまえちん可愛いし、好きだから。ぶっちゃけるといくらでも見たいし触りたいしめちゃくちゃ我慢してる」

「あ、う……そう、なんだ…うん…」

「…でも全然満足しないわけでもないってのも本当だし」

「え…?」

「だからー…なまえちんが傍にいるだけでも、嬉しいのは本当だってこと。今からもずっと好きだし、大事だし…今だけじゃないから無理なことしなくていーんだよ」



硬かった声が、段々と柔らかくなる。見上げた横顔は少しだけ赤みも引いて、外灯に照らされた彼はいつもよりもずっと大人びて見えた。



「オレはずっとなまえちんが好きで、なまえちんはまだ一年ちょっと。それじゃ気持ちとか絶対追い付かないでしょ」

「…そうかな」

「そー。いざってなったら絶対不安になるし怖がるから。それは嫌だし、ちゃんとなまえちんが安心できるまでは…んー、なまえちんがそういうことしたくなるまでは待つし?」

「しっ…私が…!?」

「なまえちんが。てゆーか、オレもまだ全然余裕ないから壊しそうで怖いし」



ね、と頬を弛めて笑顔を作る紫原くんは少し落ち着いていて、落ちてきた頭がこつりと接触する。

私が望むまでは何もしないという彼は、つまりはずっと、先に進みたい気持ちを我慢しなくてはいけないということになる。
彼の想いの大きさを知れば申し訳なくも感じてしまって、それなら私だって頑張れるだけは頑張りたいと、思うには思ったのだけれど。



「なまえちんが無理しないで傍で笑っててくれれば、オレは満足するよー」



私の決意を上塗りするように、甘やかすようなことを言うから、紫原くんは。
そんなところが、大好きではあるのだけれど。



(損、してるなぁ…)



私だって、あなたが喜ぶなら何だってしてあげたいのに。

そんなことを思いながらも口に出すタイミングを逃して、近くにまで降りてきている頭を撫でることしかできなかった。







君の幸せ、僕の幸せ




せめて、同じだけの愛情表現を返すくらいは、頑張ってみよう。
ふにゃりと弛んだ彼の顔を見つめながら、密かな決意を固めた。

20130627. 

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