クラスどころか校内トップスリーには確実に入るであろう恵まれた容姿と、優しくノリも悪くなく大衆受けする人格の持ち主である、氷室辰也くん。
夢のような話だけれど、縁あって冬休み期間から彼と交際関係を持つようになった私は、胸に残る引け目や不安を解消するより先に決心した。



「氷室くんをギャフンと言わせたい」

「男女付き合いを辞書で引いてこい」



たん、と机を叩いて宣言した私に、前の席に座った親しい友人から冷ややかな目線が突き刺さる。

いや、解ってるよ。私の発言が凡そ付き合いたてのカップルに相応しくないことくらい理解していますとも。
それでも、それでもだ。このままではいられないという気持ちは、声高に主張しておきたいわけで。



「だって、氷室くん容赦ないんだもん…っ」



大概の生徒が部活に励む放課後、私達以外は無人の教室だから遠慮なく口に出せる。

顔を会わせたら魅惑の笑顔、会話に持ち込めば耳元で囁かれ、しまいにはよく解らないタイミングで抱き締められる。
しかも酷くツボに入るとキスまでされる…流石に人前で口にはないとはいえ、日本人のスキンシップとして明らかに行き過ぎだ。望んでいないのに、目立つことこの上ない。

恐ろしやアメリカ仕込み…。
あれはよくないし恥ずかしい。思い出してはぶるりと震える身体を両手で擦っていると、しらけたと言わんばかりの表情で鼻で笑われた。
ゆっちゃんは今日もドライです。



「バカップル乙。どうせ今のうちだけよ」

「僻みはヨクナイ」

「殴られたいか」

「ごめんなさい」



でもわりと本気で悩んでるんです。

助けてオーラを目で訴えかければ、何だかんだ優しいところも無くはないゆっちゃんは付き合ってくれる。
そもそも本当に嫌気が差しているなら放課後の貴重な時間を私にくれるわけもないので、その辺りは信頼できるのだ。



「で? 氷室くんをイチコロしたいと? 平凡で地味な不思議っ子代表なあんたが?」

「わぁい胸に刺さる…けど諦めたくないのだよ」

「氷室くんが動揺するとこなんて想像つかないわ…」

「ねー判りにくいよねー。微笑みのポーカーフェイスは鉄壁だよ」

「あんたが判らないのに私に判るわけないじゃない…」



あっきれた、と肩を竦める友人に、それはそうなんだけどさぁ…とこちらも眉を下げる。
確かに友人より私の方が、彼の傍にいる時間は当たり前に多いのだけれども。



「普通に、付き合うってのがまだよく分かんないから、一人じゃ行き詰まっちゃうんだよ…」

「いや私も未経験だし…あー、まぁでも参考物件あるんだし、まずはそこから攻めてみれば?」



やっぱり中々のお人好しなゆっちゃんは、一緒に悩んでくれるようだ。
参考物件?、と首を傾げた私に、腕と足両方を組んで斜に構えていた彼女は立てた人差し指をくるりと回してみせた。



「あんたがされてギャフンとなることとか、やればいんじゃない?」

「…おふぅ」

「何、やなの? 一番手っ取り早いでしょ」

「や、嫌というか…それ自分にもダメージが来そうだなぁと…」



つまりゆっちゃんが言いたいのは、私が氷室くんの真似をすればいい、ということだろう。

しかしだ。あれは氷室くんだから許されるというか、効力を発揮するというか、ぶっちゃけ私にはあんな色気垂れ流すようなオーラは纏えるわけがないというか…。



「氷室くんをギャフンと言わせたいなら、やり方選んでるような余裕はないでしょ」

「…私がやってもお笑いぐさだよ」

「判らないわよ氷室くんだし」



何て説得力のある言葉だろう。
そんなことを考えた私は、意外とまだ余裕はあるのかもしれない。彼の前でそれが保つのかは抜きにして。



「自信ないなぁ…」



まぁ、折角相談に乗ってもらったわけだし、試してみなければいけないのだろうけど。

とりあえず今日は無理だから、明日の朝辺り…少しばかり無理をしてみようかと、冷めたミルクティーに口をつけながら溜息を吐いた。









 *





そもそも私は彼のアクションに対していつも受け身態勢なわけで、それでは逆襲も何もできるはずがない。
攻撃は最大の防御とも言うし、ここは虚勢でも張っていこう。

そう思って早朝から靴箱前でスタンバイしていた私に、やってきた彼は軽く目を瞠った後に普段と変わらない極上の微笑をくれた。



「おはようなまえ。こんなところで何してるの?」



朝から眩しい笑顔ですね本当に…。

今日も今日とて麗しい微笑に小さな打撃を食らいながらも、さりげなく伸ばされる手を掴んで止める。すると弛んでいた彼の瞳がぱちりと瞬いた。
たまに見せる素の表情は、可愛いと思う時がある。性格はあんまり可愛くないけれど。



「今日はそっちからのアクションは禁止、です」

「え?」

「ちょっと、こっち」



不思議そうに見下ろしてくる彼の腕を引いて、人気の少ない階段裏に連れ込む。
素直に戸惑いの声を上げている彼にそこでもう一度向き合い、深呼吸。気合いを入れ直す。

恥ずかしくない。逆襲。これは逆襲だから恥ずかしくない。大丈夫きっといける。女は度胸と愛敬って誰かが言ってた気がするし、大丈夫。



「なまえ? 何かあっ…!」



早鐘を打ちかかった心音を誤魔化すように、踏み出した身体を密着させる。
ああもうドキドキするなぁ、と必死に冷静さを保ちながら伸ばした両手をしっかりとその背中に巻き付けた。

細身なのに、やっぱり鍛えているだけあって彼の身体はしっかりしている。
制服越しではあれどくっついた部分からほのかに体温を感じて、羞恥心と共にほっと安堵する気持ちも芽生えた。



「え、…っと……なまえ、本当に何か」



こもった声が耳に響いて、私のものじゃない心音も感じる。
それだけ近い距離で顔を見る勇気はまだなかったから、ぎゅう、と抱き付いて擦り寄ったまま首を振った。



「辰也くん」

「………」

「今日も、辰也くんが大好き」



…って、何かそんな感じのこといつも言われてる気がするから、言ってみる。勿論、本心ではあるわけだし。
それでもやっぱり、口にしてみるとかなり恥ずかしさがあるというか…よくこんなことサラッと言えるよなぁと今更ながら彼を尊敬する。顔が熱くて仕方がない。

そんなことを考えながら待つこと数秒。
一向に返ってこない反応に不思議に思って軽く顔を離して見上げてみれば、私に負けず劣らず顔を赤くした彼が、片手で口を覆いながら俯いていた。



(え……ええええ?)



これ、もしかして成功したの…?

信じられない気持ちで、恥ずかしさも忘れて固まりそうになる。こんなあからさまに照れる氷室くんなんて、今まで見たことがない。
呆然となる私に気付いたらしい彼は、余裕の微笑も取っ払って苦しげな顔をしていた。
それがまた色っぽくて余計に私は固まるしかない。



「なまえ…どこでそんなの覚えて…いや…そうじゃないな。アクションが駄目だって言ったけど」

「う、うん?」

「今、抱き締めたいんだけど。それも禁止?」



言われて初めて、中途半端に持ち上がった彼の手に気付いた。
またしても衝撃に見回れた私の心臓は、悔しいことに強く脈打った。でも、それは彼にも言えたことらしい。



(なに、それ)



何なの、それ。どうしたって、可愛いはずがない人なのに。
可愛いなんて思ったら、痛い目を見るのに。



「…駄目」

「……じゃあ、せめて名前、呼んでほしいな」



この人本当に氷室辰也か。

つい、私の中の母性に近い何かが擽られる。無性に手放しで甘やかしたいような気持ちになる。
お願い、と切実に目でねだってくる彼が、どう頑張っても可愛く思えて仕方がない。



「辰也くん?」

「もっと」

「辰也くん、好きだよ」

「…なまえは狡いよ」



ゆらりと項垂れた頭が、降参だとでもいうように私の肩に落ちてくる。



「可愛い。なまえ…オレも本当に好きだよ。本当に…キスしたい…」



力なく、どうしようもないように吐露された気持ちに、ドキリとしつつ広い背中を撫でる。

まさか、私程度の頑張りがここまで効けるとは思っていなかったけれど。



(逆襲、だし)



少しばかり呼吸を整えて、撫でていた背中をとんとん、と叩いてみる。
ここまでやったら出し惜しみするのも勿体ない。

私が頑張ると決めたんだから。



「? なまえ…?」

「うん」



そっちは駄目だから、こっちから。
もう何度か重ねたことはある唇を初めて自分から、軽く顔を上げた彼に押し付ければ、離した瞬間これ以上ないくらいに見開かれた瞳が、映った。








空白の七秒




狼狽える彼は物珍しくて、やっぱり可愛いと思ってしまったのだけれど。



(……なまえ)
(ん、と…駄目だった?)
(駄目なわけないけど…こんなことして明日、どうなるか解ってる…?)
(…!)
(朝からここまで打ちのめされたのは初めてだよ…)
(え、いやだって、いつも私の方がそんなで…)
(比じゃない。明日は絶対にやり返すから、覚悟しておいて)
(理不尽…!)

20130624. 

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