※未来設定。一年後にて関係性のネタバレあり。
そのつもりがなくても不機嫌に見えてしまう顔の造りというものは、中々扱いが厄介だと思う。
「なまえ、顔怖くなってる」
正面に椅子を持ってきた親友に声を掛けられて初めて気付いて、顔面から力を抜いた。
「……ごめん」
「んー、私はいいんだけどね。別に機嫌悪いとかじゃなさそうだし」
何か考え事?、とふわりと表情を弛めて訊ねてくる蜜果は、今日も変わらず女子らしい可愛らしさを振り撒いていた。
別段卑下するわけではないけれど、考え事をしている最中につい眉を顰めてしまう癖のある自分に、溜め息を吐きたくなる。女子として、これは宜しくない。
彼女に声を掛けられるまでは気付かなかったクラスを取り囲む空気は、微妙に重かった。
ちらちらと向けられる視線に若干の申し訳なさを感じつつ、目の前で弁当に箸を付ける蜜果の問いに素直に頷く。
隠し立てするつもりも、特にない。
「馬鹿みたいに軽い悩みだけど」
「…嫌な予感しかしない」
「そろそろ、黄瀬が誕生日なんだって」
「その名をなまえの口から聞きたくなかった…」
がっくりと机に額をつけて項垂れる親友の姿に、自然と苦笑が浮かぶ。
仲が悪いわけでもないだろうに、未だに当たりの厳しい蜜果には呆れ半分、愛しさも感じた。
「どうせそこらの女から祝ってもらうでしょー。なまえがわざわざ考えなくてもいいんじゃないの?」
付き合ってるわけでもあるまいし、と正当な意見を出してこられると、まぁ確かにそれはそうだとも思う。祝う義理はない。けれど、祝わなければあの男に多大なるダメージを与えることも察せるため、言葉一つも贈らないという選択肢はなかった。
余計に面倒くさくなるのは勘弁だ。
そして、祝うとなれば手抜きはできないのが私の性でもあり。
「まぁ、こういうのは一部自己満足だし」
「いやあの犬なら確実に喜ぶから」
「…たまにはいいんじゃないの。お返しってことで」
いつも、貰ってばかりだからね。
不満げに唇を尖らせて此方を見てくる蜜果に、変わらず苦笑を向けるとどうしようもないと言いたげな深い溜息を返される。
一度決めたことを私が覆したりはしないことを、目の前の親友はよくよく理解してくれていた。
「なまえがそれでいいならいいけどー」
「よくなさそうだけど」
「いいよ。そこまで本気で嫌ってわけじゃないし…気に食わないけど」
「ごめんね」
「なまえは悪くないし!」
不満を振り切ろうとでもするかのように首を振る親友には、これ以上の相談はできそうにない。
ある程度は、予想できたこと。これも私を想ってのことと納得できる。けれど、それでも悩まずにもいられないのも事実で。
例えば他の、焦がれるような視線を送りながら群がる女子のような思考なら、少しでも印象に残る贈り物を、自分を意識してもらえるようにと、リサーチから完璧にこなすのだろうけれど。
(私、だし)
未だ割り切れない気持ちを抱いて、同じような行動もできない。
どうせ何を与えたところで、あの男の印象には確実に残るのだ。これは自惚れでも何でもなく、確信できる事実。
それでもまぁ、年に一度の記念日くらいは、感動させてやりたいと思う気持ちがあるのも本当で。
報いることができていない私に、与えられたものは決して少なくない。
恩返し、というのも妙な感じがする。ついでに、こんなことで返せるほど軽いものだとも思っていない。
「まーた悩むし」
思考に沈む私に向けられる、呆れ混じりな視線も声も、受け止めながら目蓋を伏せた。
*
結局、私に与えられるものなんて思いきり偏るに決まっているのだけれど。
「みょうじっち、オレ今日誕生日なんスよ!」
「…は?」
当日昼休み、駆け込んできたかと思うと声高々に叫んだ張本人に、思いっきり顔を顰めてしまった私は多分悪くない。
「…いや、知ってるけど」
「え…えっ知ってたんスか!? 何で!?」
「周囲の女子が騒ぐから」
「……あー…うん、そうっスね。愚問でした」
冷静に考えれば推測できただろうに、説明されて初めて納得するこの男は何を焦っているのか。
席に着いた状態の此方に食ってかかるように身を乗り出しているそいつを訝しげな視線で見上げれば、今度は何やら必死な顔付きで見つめ返された。相変わらずころころと忙しい顔だ。
「じゃあみょうじっち、オレを祝ってください!」
「……」
「解る! すっごい微妙なこと言ってるって解るけど! みょうじっちに祝われたいんスよこの際言葉だけでもいいから!!」
「いや……うん」
祝う気は、元からあったのだけれども。
クラス中から可哀想なものを見るかのような視線を注がれてるのは、いいのかと。
それに加えて目の前に下がってきた金髪の頭の中で、私という人間はどう認識されているのかも気になる。
別にそんなに必死に頼みこまなくても。
軽く机の横に掛かった鞄に目をやり、微妙な気分になった。
「…部活、終わる頃に声掛けるつもりだったんだけど」
「……へっ?」
「誰も祝わないなんて言ってないし」
渡しに行く手間は省けたから、よしとするか。
現役モデルの間抜けな顔も、見慣れたものだ。描いていたシナリオとは異なるが、どちらにしろやることは変わらない。
黒の包装に細めの金とピンクのリボンでシンプルに仕上げられたそれを、鞄から取り出した瞬間に室内がざわめいたのは気にしないことにする。
現状が把握できていない様子で私の手元を見つめて固まるその男に、思うところはあるがとりあえず。
「誕生日おめでとう」
あと、いつもありがとう。
若干の気恥ずかしさは押し込めて、突き出す贈り物。
中身がどうあれ、呆然としながら顔を赤くした男にはいいサプライズになったようだった。
ココロをがぶり
大袈裟すぎる驚愕の叫びが廊下にまで響き渡るのは、数秒後。
(ええええええっ!!?)
(…そこまで驚かなくても)
(む、無理っスよぉぉ! だってオレみょうじっちにこんな、ちゃんと祝ってもらえるとかっ…あああオレがバスケしてるぅぅ!!)
(! ちょっ…ここで開けるなっ)
(え、嘘、マジでこれ嬉しっ…あれ、これは? シルバーの犬…チョーカー?)
(っ……それは、別に捨ててもいい)
(!? まさかこれ…みょうじっちが作った!?)
(…銀細工はわりと手軽にできるから)
(オッ…オレこれ家宝にするっスぅぅぅ!!)
(するな)
(やだ!! もうマジみょうじっち最高! 惚れ直す!!)
(……あっそう)
20130618.
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