最悪の現実は一つに限らない。
それに気付くのに、時間はかからなかった。






「そろそろ自覚する頃だろうから言っておく。紫原、お前はみょうじに近づくな」



叶うはずもない気持ちに気づいて、それでもどうにか叶えたくて。
あの子を怖がらせることも解っていて距離を縮める方法を考えようとしていたオレに、掛けられた言葉。

鋭いナイフが足を地面に縫い付けるように、その言葉がオレの行動を強く縛った。



「好きなんだろう、みょうじが。だが今近付こうとしたところでうまく行くはずがないからな」



近付くなと、赤ちんは言った。オレの拒絶を押さえ付けて、いつも通り本心を読ませない目をして。

何かを、誰かを思い浮かべるように、目蓋を伏せながら。



「みょうじはお前を怖がっている。使えるマネージャーに辞められると困る。だから下手に近づくな。以上だ」



まるで、死刑宣告を受けた重罪人のような気分だった。
何でもしよう。何があっても我慢できるから、何とかしよう。そう思っていた心が一瞬で凍りついてしまう。



「何で…」



待って。待ってよ。それじゃあ、オレはどうしたらいいの。
好きだったって解ったのに、近づいちゃいけないなんて。
怖がられたままで、逃げられ続けて。

どうすんの。どうすればいいの。
誰かが、あの子の心に入り込むかもしれない。そんな状況も指をくわえて見ていろっていうの。



「残念ながら今の段階では部にもお前にもいい結果は望めない。できることといえば…時期を待つしかないな」



オレの為のように吐き出された言葉に、胸の中がざわつく。
赤ちんは正しい。それは解る。だけどその正しさが本当にオレの為のものなのかと、浮かんだ疑問に息が詰まった。

ねぇ、だって。
何で赤ちんは、一マネージャーのことを詳しく把握してるの。



(…気のせい……?)



溜まった唾を飲み下す、喉が大きな音を立てる。
まさか。まさかだ。そんなはずはないと思いたい。
赤ちんの言うことに、間違いはない。正しいんだから、逆らうべきじゃない。
悔しくても苦しくても、今は駄目だと言われたから、きっと本当に駄目なんだ。

その時は、そう思った。過った不安は忘れようと思った。
だけどその不安は、最悪の形で再び現れる。









「みょうじ」



いつも通り行われる部活の打ち合わせで、二軍への指示を受けに来たその子は相変わらずオレを避けるように、一瞬だってこちらに視線を寄越さない。
ぎりぎりと痛む心臓を抱えて、それでもこれは仕方のないことだからと我慢して、意識を逸らして練習に集中しようとした。その時だった。

やけに鼓膜を震わせたよく知る声が、知らない響きを帯びるのに気付いたのは。



「少し、みょうじは働き過ぎだ。仕事は上手く分担するんだよ」

「っは、はい…気を付けます」

「叱っているわけじゃない。無理はするなということだ」



どくりと、心臓が縮み上がる。
逸らしていた視線が、頭の中で響く警鐘を無視して引き寄せられる。

勘違いだ。そんなはずはない。そう思いたくて、だけど沸き上がった恐怖は確かなもので。



「ありがとう…ございます」



特別甘い扱いに、はにかむその子。見たことがないくらい穏やかな眼差しを向ける、赤ちんの姿が脳裏に焼き付いた。

嘘だと、叫びそうになる唇を反射的に噛み締めた。
こんなの、冗談にもならない。



(待って)



待ってよ。だって、そんなのはない。
オレに近付くなと言ったのは、赤ちんなのに。
誰かが、赤ちんがあの子の心に入り込むかもしれない。そんな状況でもオレは指をくわえて見ていることしか、できないの。

どくどくと、速度を増す心音が全身を震わせる。
どうすればいいのか判らない。赤ちんの言うことは絶対だ。だけどそれを守っている内に、とられたら。あの子が誰かを好きになったら。

赤ちんを、好きになったら。



(……無理、でしょ)



だって、そうなったら確実に敵わない。きっともう二度と近付けなくなってしまう。
赤ちんは賢い。オレよりずっとあの子を喜ばせる術を知っていて、笑わせてあげることもできて、簡単に近付けて、拒まれもしない。
敵わない。敵うわけがない。

込み上げた恐怖に、目の前が塗り潰されたような気がした。








反発しあう心




「好きに、ならないで」

「…どうした、紫原」

「あの子を好きにならないで。赤ちん、お願い」



気付いた予感は、間違っていない。
それなりに見てきたチームメイトが、誰にも向けたことのないような目を向けていた。オレが欲しくて堪らない、あの子だけに。

それだけで、不安要素と呼ぶには充分過ぎた。



「赤ちんの言うことは聞く。もう傷付けないし。まだ駄目って言うなら、近付かない。それは我慢するから」



だから、お願い。お願いだから。



「とらないで」



苦しい。引き裂かれるように、身体の内側が痛いんだ。
あの子が誰かの隣で笑う姿を、見たくない。最低な考えかもしれない。オレよりずっと笑わせてやれる人間がいるのに、邪魔をするようなことをして。

でも、それでも嫌なんだ。

不安と焦りと絶望で、頭の中はぐちゃぐちゃに掻き回される。
しゃがみこんだオレの頭上で、微かな笑い声が聞こえた気がした。

20130609. 

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