※未来設定にて関係性のネタバレ有り。大学生。






ここまで来る前にメールはしたし、買い物も済ませた。
たっぷりと食材を詰め込んだレジ袋を指に食い込ませながら教えてもらっていた予定を反芻し、問題がないことを確認してから目の前にある階段を上る。
ヒールの低いパンプスが、コンクリートを小さく鳴らす。目的の扉の前まで辿り着いた私は、一応の礼儀であるインターホンを押した。

室内まで響く音を聞きつつ、重い袋を一旦地に降ろす。そうしていつも通り、彼が出迎えてくれるのを待とうとしたのだけれど。



(……あれ?)



出てこない…?

普段であれば私が訪れた時には直ぐ様開かれる扉が、今日は反応を返さない。
おかしいな…と首を傾げつつ携帯を確認しても、特に新たな連絡は入っていなかった。

今日はオフだと聞いていたし、久し振りに予定が合うということで約束はしていたはずなのだけれど。
急用ができたのなら連絡をしてくれるはずだし、連絡もなく不在というのは少し不自然な気がする。



(入ってみるかなぁ…)



一応合鍵は貰っているから、中で待てないこともない。
けれど、貰っているからと言って彼のいない部屋に勝手に入るのは気が引けるし、会えないと余計に寂しくなるので今まで一度も使用したことはない。

でも、今日は食べ物もあるし…。
彼のことだから、気にしないだろうと思ったりもする。それなりに長い付き合いでもあるのだし、ここは少しくらい勇気を出してみてもいいのかもしれない。
とりあえず、合鍵を探す前に鍵の確認をしよう。そう思ってドアノブに手を掛けたところ、軽い重みを感じた腕は扉を開けていた。



「……え?」



小さな音を立てて開いた扉に、唖然とする。

あれ、これ…鍵開いてた…?
見慣れた玄関に並ぶ大きな靴を見下ろして、私の首が再び傾いた。
てっきり、住人は不在なのかと思っていたのだけれど。



「あ…敦くーん…?」



特に物音はしないし、荒らされた様子もない。
もしかして…という気持ちを抱きながら荷物を手に室内に入ると、廊下と部屋を仕切るドアの曇りガラスから部屋の明かりが漏れていた。
その時点で状況が予想できた私は、ほって息を吐いて緊張を振り払う。

音を立てないようにそっとドアを開けてみれば、一人暮らしには広めの部屋によく知る影を発見することができた。



「…やっぱり」



体躯に合わせた高めのテーブルに、広げられたレジュメとパソコン。そこに力尽きたように突っ伏す恋人を見付けて、つい苦笑が漏れた。
体勢の割には寝息は穏やかで、インターホンに気付かなかった辺りかなり眠りは深そうだ。最近忙しそうだったし、課題も溜まっているのかもしれない。

それでも約束を取り付けてくれる為に、一気に片付けた…というところだろうか。
荷物は部屋の隅に置かせてもらうことにして、まずは開いたままのパソコンを閉じ、中身が空のカップをキッチンに運んで軽く洗っておいた。



(疲れてたんだろうな…)



洗ったカップは水切りのバットに伏せて、リビングに戻ってぐっすりと寝入る彼の隣に腰掛ける。
大きな背中を丸めて突っ伏す姿はあまり楽ではなさそうだけれど、気持ち良さそうに眠っているところを起こすのも忍びない。

散らばったレジュメを纏めてテーブルの隅に追いやり、やることのなくなった私は規則的な呼吸を繰り返す紫色の頭へと手を伸ばした。
触れることに、躊躇ったりはしない。



「お疲れさま、敦くん」



きっと、私の為にも頑張ってくれたんだよね。
柔らかな髪を撫でながら、届かないながらも労りの言葉をかける。

大学生になって、私達の生活は大きく変化した。
大人の一歩手前という段階で、流石に何も考えずに流されて生きるわけにもいかない。そんな思いから通う大学は離れ、それに伴って物理的な距離も開いた。
授業組みやアルバイトの都合もあり、二人の時間を作るのも簡単なことではなくなってしまった。
毎日顔を見られた高校時代を思い出すと、接する時間に信じられないくらいの差があると思う。

でも、それでも彼は変わらず私を好きでいて、大事にしてくれている。
離れた距離を寂しいと口に出して伝えてくれるし、離れないでいようとしてくれるから不安も殆ど芽生えることがない。
今だって、私との時間を作るために電池が切れるまで頑張ってくれていたのは、ちゃんと分かるから。

子供のように寝入る彼にぴったりと寄り添ってみながら、弛む頬を私は我慢しなかった。
疲れているなら、眠ったままでいい。傍にいられるだけでも充分満足できるし、幸せな気持ちに浸れる。

ずっとこうしていたいと、思うくらい。



「大好き…敦くん」



本当に、誰よりも大好きよ。

彼が目を覚ましたら、きちんと言葉にして伝えよう。
それから美味しいご飯を作って、一緒に食べながらお互いの近況を聞いて。
それから少しだけ、甘えて、甘やかして。

そんなことを考えながら、私は緩やかに上下する大きな身体に寄り掛かった。








甘やかな幸福に微睡んで




つられるように目を閉じて、結局彼に起こされる。そんなやり取りですら、堪らなく愛しいのだ。



(ちょっと、なまえちん起きてっ…)
(ん…? あ、おはよ…)
(いつ来たのなまえちんってゆーか何で起こしてくんないの…!?)
(う…えっと、メールした通りに来たんだけど…敦くん寝てたし…)
(なまえちん来たなら起きるし…せっかくの時間無駄にした…っ!)
(一緒にいれたことに変わりはないよ?)
(そーだけど、知らずに寝てたら意味ねーし…オレだけすげー損した気分……)
(…ごめんね?)
(……もう今日なまえちん帰したくない…)
(明日1限からだから、無理です)
(……ほんとにダメ?)
(ダメです)
(うー…もー、なまえちん頑固だし…)
(敦くんの甘えただってずるいと思う…)

20130604. 

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