期待通りに進む人生なんて、物語の中だけだ。
現実なんて厄介なことばかり起こる、面倒極まりないもので。



「消去…っと」



要らなくなった番号には着信拒否の設定を。アドレスやその他の情報ももう必要がないから、親指一本で決断を下す。
ボタン一つで大きな関係性をぶち切れる、現代とはなんて便利なのだろうか。こんな小さな電子機器で誰かを縛りながら誰かに縛られながら生きている様は、中々滑稽だといつも思う。
その内の一人に、私も含まれているのだけれど。



「あれ、みょうじ先輩。座り込んで何してるんスか?」

「あー? マネ業終わったから、今日最後の仕事をね」



ディスプレイに浮かんだ消去しました、という文字を確認しながら靴箱から立ち上がろうとしていたところで、ちょうど自主練も終えて帰るところだったのか見目麗しい後輩と鉢合わせた。
お疲れ、と片手を挙げれば、同じように返事が返ってくる。
自然な足取りで寄ってきた後輩は立ち上がる私の手元を見て、首を傾げた。



「仕事って携帯で?」



たまに他人を舐めたところのある後輩だけれど、自分に興味のあり過ぎない女子とはそれなりに関わり合いも持つ。
私も恐らくはそういう中の一員で、部活中も全く関わらないというわけでもないからか、彼の中では先輩というカテゴリにちゃんと入れてくれているらしかった。

それを嬉しいと思うかと言えば、やはりあまり興味はないのだけれど。



「そ、携帯でね。さよならを告げるお仕事を終わらせたとこ」



用の済んだ携帯をブレザーのポケットに滑り込ませ、コンクリートに足を踏み出す。流れで隣に並んだ後輩は、見た目無邪気な瞳をぱちりと瞬かせた。



「もしかして、別れ話とか」

「突っ込むね黄瀬は」

「えっスンマセン…でもみょうじ先輩男の噂絶えないから、気になってたんスよね」

「あー、尻軽だとか男をとっかえひっかえしてるヤリマ…むぐ」

「それ! 女の子が言っちゃいけない単語!!」

「……夢見すぎじゃない?」



勢いよく口を塞いできた手を引き剥がせば、軽く憤慨したイケメンと目が合う。
私より女をとっかえひっかえできるような人間が今更女に夢なんて見ているのか。嘘でしょ。
思ったままの視線を向ければ、整ったその顔は、苦虫を噛み潰したように歪む。



「いや、口に出すか出さないかの差かなーとは思うけど…耳にはしたくないっス男として」

「ロマンが崩れるってか」

「そりゃまぁ…てか、ぶっちゃけあの噂マジなんスか?」

「それ本人に訊くのね」



なんて馬鹿正直な。
思わず軽く吹き出した私に、だって本人しか本当のことなんて分からないじゃないか、と頬を膨らませる後輩は狙ってやっているのだろう。あざとい。

まぁ、正面から訊かれてしまえば答えなくもないのだけれど。男の噂とやらがどこまで出来上がっているのかも、私は一切把握していない。



「だって先輩、気ぃ強そうな顔してるけどフツーにいい人じゃないっスか。あんまり男好きって印象湧かないし。噂だけめっちゃ蔓延ってるっぽい」

「へぇ」

「へぇって…」

「私、噂とかよく知らないし」



気にするだけ馬鹿馬鹿しいものを、わざわざ自分から聞きに行くほど物好きでもない。

例えば男目当てでマネージャーになっただとか。例えばマネの彼氏は全員寝取られるだとか。例えば一度相手をした男はすぐに捨てられるだとか、たまに耳に入ってくることはあるけれど。
よくもまぁ見てもいないことを語り継ぐものだと呆れはしても、広まったものの収拾をつける気にはなれない。そんなことに使う労力が勿体ない。



「まぁ、ぶっちゃけ今まで付き合った人は一人なんだけどね」



その唯一の彼氏ともついさっきお別れしたばっかりだし、身体の付き合いを遊びなんて言葉で片付けようとも思わない。
けれどそんなこと、私が口にしたところで今更聞いてももらえないだろう。

え、と目を丸くする後輩もこの切り返しは予想できなかったのか、一瞬だけその足が止まった。



「って、じゃあやっぱマネの彼氏奪ったとかいうの嘘なんスかっ?」

「あー…元はそこらだっけ」

「元って」

「奪ったって言えば奪ったんじゃないの。何か知らないけど好かれちゃったらしいからね。振ったけど」

「う、わぁ…じゃあもしかして噂って逆恨み…」

「女は怖いよ」



慌てて追ってきた後輩が思いっきり引いているのが面白い。
モデルのする顔じゃないよ、と指差せば仕事中じゃないから構わないと返される。



「つーか、益々解んないんスけど…何で否定しないんスか」

「一人一人誤解解くの面倒だし」

「でもあーゆー噂って女の子にはキツいっしょ…」



隣を歩きながら嘆息した後輩に、少し意外だと思った。
他人事なのに、同情でもされたのだろうか。そんなキャラだったか?、と自分でも判るくらい訝しげな視線を送ってみる。



「な、何スかその顔…」

「黄瀬って女の子の心配とかするキャラだっけ?」

「ひっど…オレを何だと思ってるんスか!」

「いやごめん。でもちゃんと信じてくれる友達いるし、そんなに気にすることでもないよ」



何も、噂を真に受ける馬鹿しかいないわけでもない。
というか、噂が全て嘘かと言えば、そういうわけでもなかったりして。
恋愛を軽く見ているという部分限定なら、私は確かに何とも思っていないから、何を言われても仕方がないとも思える。



「しかしまぁ、あれだけ憤るからどんなもんかと思えば、やっぱり面倒なだけだったよね」

「ん?」

「恋愛。何であそこまでのめり込むのか、私にはまだ理解できそうにないわ」



携帯を入れているポケットを示して口にすれば、ああ、と頷かれる。



「面倒ってのは解るっス。彼女でもないのに嫉妬とかされた日にはやってらんないし…」

「モテ男はきっついなー。彼氏彼女でも独占欲とか、面倒なのに」

「そーっスねぇ…ってそれが理由だったり?」

「本当突っ込むね黄瀬は」



その通りだけどさ。

肯定しながら、軽く空を仰ぐ。
興味本意で男女交際なんてするもんじゃない。時間を奪われるし面倒だし重いし、やりにくいったらなかった。
真面目な人間は嫌いじゃなかったけれど、嫉妬深いのはいただけない。終いには噂を疑い始めて、付き合ってられなくなった。

何が楽しいんだか、解らない内に私の恋愛への挑戦は砕けた。
誤解を解くために努力するほど相手に執着もなかったのだから、仕方がないことではあるけれど。



「あ、でもそれなら先輩今はフリーなんスね」

「まぁねー。暫くは恋愛はいいわ」

「じゃあオレと付き合ってみるとか」

「暫くは恋愛はいいわ」

「女の子にこんなスルー受けたの初めてっス…」



きらりと輝いた瞳から一転、影を背負う後輩には呆れしか芽生えない。
ただでさえ悪い噂の付きまとう私がイケメンモデルのバスケ部エースなんて引き連れた日には、どれだけの罵詈雑言が飛び交うと思うのか。想像もしたくない。

というか、何でそんな思考に至るのか意味が解らない。



「私と付き合って何の得があんのよ」

「得はあるっスよ。彼女いたら女の子避けられるからバスケに集中できるし、先輩は束縛しないと思うし!」

「似たような人間探して落とせばいいんじゃない?」

「落としたら図に乗る子とか多いし…」

「モテ男も大変だわ…」



好かれ過ぎるのも幸せとは限らない。モデルなんて目立つことをやっているのは本人だから、自業自得ではあるだろうが。



「だから、先輩わりと優しいけどドライだし、仕事にも真面目だし、いいんじゃないかなって」

「さっきまで噂気にしてた人間が何を…」

「あれは出所と、先輩はそんな人じゃないって確認!」

「…どっちにしろハイリスクだから嫌だわ」

「ええー…」



どこまで本気か判らない言葉を切り捨てれば、心底不満げに見下ろされる。
食い下がるなぁ、と溜息を吐く私に、数秒黙っていた後輩はあっと再び瞳に力を取り戻した。



「先輩はメールか何かで別れたんでしょ?」

「…そうだけど」

「じゃあ元彼と改めて話をする時、オレの名前出して片付けられる!」

「私もう関わらないつもりで着信拒否したよ?」

「しつこい男なら待ち伏せ余裕っスよー? ね? オレがいれば大体の相手は諦めるんじゃないっスか?」



にこにこと利点を述べてくる後輩は、何を考えているのだろうか。
よく解らない。

面倒でしかなかった恋愛を新たな恋愛で塗り潰して、何になるのかと思う。
そんなことをして、何の意味があるのかと。
私はそう思うけれど、彼にとっては違うらしい。
リスクに対して利益は釣り合わない。どう考えたって損をするのは私だけれど、私の存在が彼の害にならないわけでもないはずだ。



「解んないなぁ…」



それでも退かない後輩は、わりと小賢しいところがある。
ほんの少し迷ってしまった私に気付いた、彼の笑みが深まった。








とりあえず、愛してるから始めよう




期限も条件も何もない。約束も、愛すらないのに。



「ね、もう一回試してみないっスか」



実験的な二度目の恋愛、開始のゴングが鳴り響いた気がした。

20130516. 

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