不自然さを感じたのは、部活も終わり間近のこと。殆どの生徒が練習を終え、部室へ引き返そうとする頃。



「あ、赤司くん。みょうじさんから、用事があるから早退するって伝言を預かってたんだけど…」



学年的には先輩にあたるマネージャーの一人が、仕事終わりの合間を見計らうようにして話し掛けてきた。
言われてみれば今日の部活では途中から彼女の姿を見ていなかったということに気が付いて、その時点で直感めいたものが降りてくる。

部員全体に向けていた目をマネージャーに移せば、やけに真っ直ぐに見つめ返された。
男が嘘を吐く時、大概は視線を逸らすと言われる。女の場合はその逆で、強かであればあるほど視線は逸らされない。



「そうか。報告ありがとう」

「! どういたしまして」



見え透いた嘘だと、内心呟きながら笑みを返せば、判りやすくマネージャーは頬を染める。年上とは思えぬ愚鈍さだ。馬鹿にしているとしか思えない。

彼女が、わざわざ自分を快く思っていない先輩に伝言を頼むわけもない。そんなことをするくらいなら部活前に自分の口から知らせてきているはずだ。
もし急用となれば、直接携帯にでも連絡が入るだろう。今すぐには確かめられないが、休憩時間に確認した時には何の連絡も入っていなかったので、可能性は限りなく低い。



(さて…)



立ち去るマネージャーの背中を視線だけで見送りながら、息を吐く。
態とらしい嘘を伝えに来たということは、あまり喜ばしくない理由があるに違いない。

部活はそろそろ終えるので、監督や玲央辺りに任せておけばいいだろう。
そう結論付けた後の行動は、速かった。






嫉妬という感情は、人の心を狂わせるものだ。
特にこれといった特徴のないみょうじなまえという人間が、既に強豪バスケ部を掌握し上の信頼まで獲得している僕と関わることを、好く思わない女子ならいくらでも存在した。
根も葉もない噂を流され、嫌がらせを受け、時には直接呼び出しを受けることもある。そうありながら大したショックを感じず、変わらず僕の傍に居続けるなまえに強行手段が強いられることも、予測できたことだ。

予測できたとはいえ、望んだことはないが。



(くだらない)



愚かな人間もいたものだと思う。
彼女が僕の傍を離れない理由を、正しく理解できないような人材なら用はない。そう、決断が下されるとは考えないのだろうか。

部活中、彼女が姿を消す前に仕事を任されていたはずの場所から密室に場所を絞り、体育館から僅かに距離のある備品の倉庫へ向かえば、普段ならばまだ確認前で開いているはずの扉には錠前が掛かっていた。
鍵の確認に最後に回るのは、マネージャーの中でも上の立場の仕事だ。呆れ混じりに取り出した鍵で錠前を外し扉を開けば、暗い室内に外からの薄明かりが差し込む。



「…いたか」



積まれた段ボールに寄り掛かり、投げ出された足を見つけて駆け寄れば、特に外傷は見当たらない。
閉じ込められていただけの様子に安堵しつつ、この状況でぐっすりと寝入っているなまえに溜息が溢れた。

相変わらず、妙に肝が据わっている。
普通の女子なら精神から衰弱していそうなものだが、備品の位置が変わっていないところを見ると助けを呼ぼうともしなかったのだろう。今の季節なら、一日くらい放置されても脱水症状には陥らないかもしれない。明日になれば確実に発見されていただろうとも思うが、しかし、それにしてもここまで安心して寝入れるものだろうか。

すうすうと穏やかな寝息を立てる彼女の傍に膝をつき、腿の上に落ちていた腕を拾い上げる。
暗い室内では確認できないが、その手先が荒れていることも、切り傷が増えていることも知っていた。



「なまえも、馬鹿だな」



必死に働いて荒れた指に、更に心無い攻撃を受けて。
治る前に重ねるように足される傷を、彼女は痕も残らないからと気にはしていない様子だったが。

平凡な人間なら、ここまで周囲に敵を作る前に離れている。
自分が離さないでいる部分がないとも言えないが、なまえ自身が僕を見離さないことも、こうなった大きな要因だ。

けれど、その愚かさが愛しいとも思う。
他にはない彼女の価値観、愚直さ、優しさが。



「そろそろ、限界だろう」



よく耐えた。
眠る彼女から返事はない。
起きていれば、恐らく今以上に彼女は粘るだろう。しかし状況は切っ掛けもなく好転はしない。

お前はまだ、耐えられるだろうな。
だが、僕の見解ではここが限度だ。



「僕を欺き、逆らった人間だ。これ以上は見て見ぬふりはできないよ」



そもそも、所有物に手を出されて黙っていられるわけもない。

僅かに乱れた髪を指先で梳く。あどけない寝顔に頬を弛めながら、持ち上げたままの指先に唇を押し当てた。
自分の言葉を封じるように。



「お前のことは、僕が守ろう」



知ってほしいわけでもない。知らずにいてくれて構わない。
ただ、手離すつもりは一欠片もない。

次の行動を謀りながら笑みを浮かべる。何も知らずに眠る彼女に、この声は届かずとも。










The kiss of the oath




(んー…あれ……? せーじゅーろ…?)
(起きたか)
(あー…起きた。まだ日付は変わってなさそうだね)
(部活が終わる頃だな。それにしても、助けを呼ばずに寝入るな)
(あは、ごめん。死にはしないし、征十郎なら気付いてくれるかなーと…思ったら寝ちゃってたよね)
(…まぁ、気付きはするが。お前の荷物までは見ていないからな。最悪今から探索だ)
(捨てられてないといいなー)
(もしそうなっていたら弁償させよう)
(そうだね…金品は流石に困るから、そうしてもらいたいかも)
(ああ。それから…無事でよかったよ)
(…うん。ありがとうね、征十郎)

20130508. 

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