「あー…あほらし」



涸れるほど流した涙は底をついて、脱力した身体は公園のベンチを占領した。
ついさっきまで激しく燃え上がっていた怒りも今は収まっていて、暮れ始める空を見つめながら溜息を吐く。

何だかもう全てが馬鹿馬鹿しく思えて目を閉じて眠ってしまおうかと思った時、唐突に腹部に走った衝撃に驚いて跳ね起きた。



「おふっ! な、何?」

「っうわ! え、人!?」



ずしっ、と乗っかってきたものをまず見て、それからそのエナメルバッグの持ち主だろうか、ベンチの背凭れ側から驚いた顔をして見下ろしてくるイケメンに、状況整理が追い付かなかった。



「あっ、あの、スンマセン、よく見てなくて…」

「え、あ、いやこちらこそ。公共のベンチで寝そべったりしてすみません…」



先に現実に戻ってきたらしい彼の方から頭を下げられて、つられて私もバッグを端に移動させながらベンチに正座して謝った。
何だこの状況…と思わなくはないけれど、こんな場所で自分の世界に浸っていた私が悪い。

それから顔を上げて、再び煌めくオーラを纏ったイケメンに視線を戻して首を傾げる。
何だかこの顔、見覚えがある気がする。



「ど、どうかしました?」

「え、あーいや、何だか見た顔だなと…でも知り合いじゃないですよね?」

「あ、オレモデルしてるんで。それでかも」

「あ、そうだそうだ、友達が読んでる雑誌によくいる…え、びっくり。モデルと遭遇しちゃった」

「びっくりって反応じゃなくないっスか?」



苦笑も崩れないモデルくんに、へらりと笑い返す。
残念ながら今の私に騒ぐ気力は残っていないのだ。普段であったならもう少し位は反応したかもしれないけれど。



「モデルくんは何でこんなとこに?」

「モデルくんって…いや、いいか。ちょっと部活がハードだったんで、家帰るまでの休憩っス」

「部活かー、いいねぇ青春だねぇ」



何を見ず知らずの人間に話し掛けているのだろうかと頭の隅で思いながらも、何故か彼の方も離れた位置に座りながら乗っかってくれるので途切れない。

綺麗な金髪が夕日に透けてキラキラしていて、整った鼻筋や唇の形に素直に感心した。
確かに稀に見るイケメンである。



「青春してないんスか?」



瞠られる瞳はどこかあどけなくて、そのアンバランスさも魅力なのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は口角を上げた。



「残念ながら。こう見えて大学受験生なんだなー」

「えっ歳上!?」

「君はー…確か高1だっけ? 大人っぽいねぇ」

「よく言われるっス」

「謙遜はしないのね」



素直でよろしい。

くつくつと喉を鳴らして笑う私を不思議なもののように見てくる彼は、それから軽く息を吸い込んだ。



「お姉さん…もしかして泣いてた、とか…?」



目蓋は擦らなかったし、泣いた後には水道水で冷やした。
しかし中々彼は目敏かったようで、その言葉に少しだけどう答えるか迷った後、どうせ見ず知らずの他人だから構わないかと素直に肯定することにした。



「ちょっとねー。我慢の限界で」

「うわ…なんかごめんなさい。オレ邪魔しちゃったっスか」

「いやいや、既に泣き止んでたからいいよ」



申し訳なさそうに眉を下げる彼にひらひらと手を振って返せば、何が彼の興味を引いたのかは判らないが理由を訊かれた。

別に話したくないとは思わないけど愚痴になるよ?、と首を傾ける私に、彼はそれでもいいと笑う。



「バッグで下敷きにしちゃったお詫びってことで」

「気にしてないんだけど…まぁ、じゃあ聞いてもらおうかな」

「っス!」



ところでモデルらしくないしゃべり方だな…と今更思いながら、正座を崩してベンチに立てた膝に顎をあてる。
どこから話そうかと悩むが、あまり込み入る内容は避けた方がいいだろうし…。



「んー…とりあえず私、受験勉強で切羽詰まってて、ストレス溜まりまくってたんだよね」



吐くほど詰め込んだ知識を思いだしながら、切り出す。
勉強がさほど得意でない私には地獄だった日々を思い返して、ついつい苦い気持ちが蘇る。



「で、まぁ推薦受験終わらせて…結果出るまで神経磨り減らしててたんだけど、今日合格通知が届いて」

「えっ! おめでとーっス!」

「あはは、ありがと。それでまぁ、両親に報告したんだけど…別件で盛大な夫婦喧嘩をやらかされてね。祝われる前に巻き込まれて怒鳴られて飛び出してきて疲れて泣いてたのよ」

「う、うわぁー…」

「他人のモデルくんが一番に祝う人っておかしいなーホント」



ははは…と乾いた笑い声を漏らす私に、頬を引き攣らせていた彼が焦ったようにわたわたと手を動かす。
何だかその様はあざといのに可愛らしくて、ささくれていた心が少し癒された。



「で、でもほら! 寧ろ人気モデルに一番に祝われる人の方がラッキーっスよ!…とか…っ」



だ、駄目っスかね…?

立てられた人差し指が折れ曲がり、言ってみたはいいが自信なさげに垂れる眉に、込み上げてきたのは笑いの波で。



「確かに、そりゃそうかも」



肩を震わせながら紡ぎだしたありがとうの言葉に、返ってきた彼の笑顔はやはり、商売道具と言うだけあって綺麗だった。







とりあえず、自己紹介からはじめませんか




それからまた少しだけ世間話に花を咲かせて、さすがに日も暮れたので帰らなければならなくなった頃に立ち上がれば、同じように彼もベンチから腰を上げた。



「それじゃモデルくん、色々ありがとうね」

「もう帰って平気っスか?」

「まだ喧嘩してたら部屋に引きこもるわ」



ぶい、と人指しと中指を立てる私に返ってきた苦笑に、ああそうだ、と思い付いてコートのポケットを探った。
買ったまま口をつけていなかった缶コーヒーを少し離れた彼に放れば、隙なくキャッチしながらもぱちぱちと瞬きを繰り返される。
お礼だよ、と笑って手を振った私に、彼もすぐに相好を崩して手を振ってくれた。


そうして、数日後。
再び校舎の中で相まみえることになることを、その時の私達は知らない。



(あ、モデルくんだ)
(あ、お姉さ…んえええ!? 海常!?)
(あら? 言ってなかったっけ?)
(聞いてないっスよ! は、そうだ、名前も聞いてない! お姉さ‥じゃない! センパイ名前は!?)
(うん、みょうじなまえです。この間はどうもね、モデルくん改め黄瀬涼太くん)
(みょうじなまえ…みょうじセンパイっスね。よし、覚えた! あとフルネーム呼び長くないっスか?)
(なんか私の中でモデル認識が強くて。じゃあ黄瀬くん)
(はいっス!)
(これからよろしく…?)
(何で疑問系!?)

20121118. 

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