いくら涼しい土地とはいえ、夏の暑さは変わらない。
動けば動くほど滲む汗に辟易しながらも、私は急ぎ足で体育館を目指していた。

部活動時間には、既に大幅に食い込んでいる。委員活動の方が長引くかもしれないと予め連絡はしてあるけれど、急がない理由にはできない。どちらが自分にとって重要かというと、部活動という答えが出るに決まっていた。
私が入部した陽泉高校バスケ部は、強豪と呼ばれる中の一校なのだ。当然その練習量は半端なものではないし、マネージメントだって徹底している。人手があるに越したことはないし、気を抜いている暇なんてない。



(急がなくちゃ)



季節に合わせてポニーテールにしていても、首元に汗が伝い落ちる。茹だるような暑さに溜息を飲み込んだ。
部室に着いたら着替えて、まずは軽く顔を洗おう。
その方が気持ちが入れ換えられそうだと思いながら、生温い空気を速足で切っていく。

そして体育館の側に設置された部室棟へ向かう途中、視界に入ってきた水道場の近くに見慣れた紫色を発見した。
ちょうど通り掛かる位置なこともあって駆け寄ってみれば、彼以外にもレギュラーの先輩達がいたようだ。短い髪だから構わないのか、頭から水を被った後にタオルでがしがしと拭っているところが、男子らしいと思った。

気持ち良さそうではあるけれど、女子には中々できないことだなぁ…。



「すみません、遅れました! お疲れさまです、今休憩ですか?」

「あ? ああ、みょうじそういや委員活動だったか」

「なまえちんお疲れー。一軍は今休憩入ったばっかだよー」



お疲れ、と口々に声を掛けてくれる先輩方を弛い態度で遮る紫原くんに、軽く苦笑い。
彼の方は髪に乾いた部分があるから、まだ水を被ってはいないのだろう。

選手が休憩中ということなら、マネージャーは次の練習の準備に追われている可能性がある。
それじゃあ急いで着替えてきます、と部室へと踵を返そうとした。その時だった。



「あ、紫原それ」

「んー?…っぶふっ!」

「っ!?」



キュ、という摩擦音がしたかと思うと、何かが破裂するかのような音が耳を…いや、全身を襲った。

一瞬、何が起こったのか解らなかった。
呆然と固まる自分の髪から、ぽたり、と冷たい水滴が落ちるまで。



「……え?」



水? 何で私が被ってるの…?

小さくパニックを起こして、縋る先は決まっている。
一瞬前まで向き合っていた彼へともう一度向き合いその高い背丈を見上げてみれば、彼の方は私よりも更にずぶ濡れになって固まっていた。



「だから言ったアル、その蛇口壊れてるって」

「いや初耳だぜそれ」

「だ、大丈夫かぁ!?」



明らかに指摘の遅い劉先輩、乗っかってツッコミを入れる福井先輩は置いておいて。



「だ、大丈夫です。多分…ひゃっ!?」



芯から心配してくれているのであろう主将に返事を返そうと、振り向こうとしたところで勢いよく肩を掴まれた。
犯人が誰かなんて、考えるまでもない。



「む、紫原く…ん?」

「…ダメ」

「え、何?」

「ふ、振り向いちゃダメ! てか、今動いちゃ…あーもーっ行くよなまえちん!!」

「は、ええっ!?」

「着替えてくる!!」



ぐん、と一気に高くなる視界にデジャビュを感じる。
慌てて近くにある肩にしがみつけば、試合の時にも滅多に見ない本気の走りで部室へと連れ込まれた。戸惑った様子の先輩達の顔は瞬く間に遠ざかって、バタン、と大きな音を立てて閉められた扉に呆気にとられる。



「っ…はぁー……」

「紫原くん…? 一体どう…わっ!」



すとん、と私を地面に下ろすと同時に、頭を抱えるようにして蹲みこんでしまった彼に驚く。
全身から落ちる雫が床を濡らし始めたのが見えたけれど、気にする余裕はなくなってしまった。



「紫原くん? どうしたの、もしかして具合とか…」

「どうしたもこうしたもないし…もー…っなまえちん何考えてんの…」

「え、ええ? 私…?」

「だからーっ……それ、自分の格好…見直してよ…」

「自分の格好?……あっ!?」

「見られちゃうとこだったじゃん…」



バカ、と呟かれても、これは仕方ないと思えた。

派手に水を被った制服のシャツは肌に張り付いていて、しかも胸元は下着の色が透けている。
今日は授業でも体育があったから、汗の染み付いたキャミソールは運動後には脱いでしまっていたのだった。すっかり忘れていたそのことに気付いて、一気に顔に熱が集まった。



「ごっ…ごめんなさいっ!!」



鈍感過ぎる! これは私、駄目だよ…!!

未だ顔は伏せてくれている紫原くんから、慌てて背を向ける。
本当に、馬鹿だ。彼が気を回してくれなかったら、先輩達にまで恥ずかしいところを見られていたはずだ。



「や…事故だし仕方ないけどー…うん……事故だし…」

「あ、あの、でもあのっ…み、見た…よね…」

「………み、てない…」

「う、うそ…」

「…い、一瞬…でも見ようとか、思ってなかったし」



ああ、もう駄目。
恥ずかしくて死ぬ。

確かに事故で、仕方がないことかもしれない。けれど、それだけで済ませられるほど衝撃は小さくない。
泣きたくなるけれど、ここで泣いたりしたらまた彼には迷惑だろうし。

ふにゃりと力が抜けた足に私まで蹲みこんでしまえば、慌てた彼の声が背中に響いた。



「あっ! でも、可愛かっ…た…し……」

「…そういう問題じゃ…ないよね……」



というか、可愛い可愛くないの判断ができる程度には見られたのか、と。
余計に伸し掛かってきた羞恥心に、襲い来る目眩に頭を抱えた。








狼狽える




(……ごめんなまえちん)
(う…いや、紫原くんの所為でもないし…忘れてください…)
(あー…うーん……ちょっと、それは無理かもしんない…)
(…えっ?)
(だって、夏服薄いし…感触も、ちょっとヤバかったし…)
(!? やば、え? な、何が…っ!?)
(えー…? 答えた方がいいの…?)
(や、やっぱりいいです…言わなくて)
(まぁ、だよねー…)

20130501. 

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