※小さな背伸びと大きな一歩の逆視点





恋をすると、ある部分臆病になるのかもしれない。
もう数日付き纏っている違和感はそろそろ気にせずにもいられなくなってきて、自分でも判るくらいに私の意識は一つの事柄に囚われて不安定になりつつあった。



「なーんか、最近元気ないねぇ?」

「えっ」



教科書類を鞄にしまっている最中、掛けられた声に振り向けば、高校入学以来の友人である綾織さん、通称綾ちゃんが隣の席を陣取りながら訝しげにこちらを覗き込んでいた。
思わず軽く仰け反れば、顰められた眉は更にシワを作る。



「何かあったの? まさかまた嫌がらせされたとか?」

「え? あ、違うよ。そういうのはもう大丈夫だから」



一学期に色々と、部活関係でごたついたことを言っているのだろう。すぐに判った。
確かに嫌がらせ紛いなことをされたことはあったけれど、予想もしていたし助けになってくれる人もいたしで、その件は既に片付いている。

何より、紫原くんを怒らせると怖い。そのことを理解しながらちょっかいを掛けてくるような人間は、そうそういない。

だから、嫌がらせで悩んでいるとかでは、ないのだけれど…。



「え…ま、まさか彼氏と喧嘩したとか…っ!?」

「ううん、ないけど」

「そーよね、うん。あるわけなかったわアンタらに限って」



一瞬目を見開いた彼女に首を振って否定すると、すぐにほっと胸を撫で下ろされた。
一体どんな認識で私達を見ているのかと、何となく恥ずかしくなる。そんなに仲良く見えているのだろうか。



(悪くはないけど…)



そう、仲は悪くない。いつだって笑顔を向けてもらえるし、大好きだとも言ってもらえる。私だって同じだけ、返しているつもりだ。
けれど、確かに引っ掛かっているのは、彼のことに他ならなかった。



「ただ、ちょっと最近、スキンシップが減った…ような…」



つい、抱えていた不安が口を突いて飛び出す。
あ、と気付いた時には、前の席の椅子を陣取った綾ちゃんが机の上で腕を組んでいた。



「詳しく」

「え、ええ…」



爛々と輝いた目に、圧されて縮こまる。
詳しく、なんて言われても、のろけるみたいで恥ずかしい。
なのに、悩んでる内に状況悪化したらどうするの、と急かされてしまえば、逆らえなくなってしまうから困る。

だって状況悪化って、つまりはその…



「倦怠期は怖いわよ」

「うっ…や、やっぱりそういうの、なのかな…」



スキンシップに慣れが来ると、飽き始めたりするのかな。
私は未だに、彼に触れられるとドキドキするのに。それは虚しいし、寂し過ぎる。



「あ、待った待った! まだそうと決まったわけじゃないから! ほら、確認の為にも具体的に…ね? 教えてくれないと相談にも乗れないし!」

「……うん」



一気に萎む心に気付いたのか、綾ちゃんは慌てて手を振ってくる。
具体的に、口に出すのは恥ずかしいけれど、やむを得ないのかもしれない。

スキンシップが減ったと言っても、ある一点のみに絞られる。
それを語るのが恥ずかしいわけだけれど…背に腹は替えられない、と一度だけ深呼吸をした。



「その…抱き付いたりはするし、言葉が減ったりとかもないんだけど…」

「うん」

「最近、き……キス…されないなぁ、と…」



両手で顔を覆い隠しながら、ぼそぼそと呟く。
触れている頬はたっぷりと熱を孕んでいて、とても他人に見せられたものじゃない。

一先ず悩みを口に出してみて一人恥ずかしさに身悶えていると、俯いたままの私の耳に軽い唸り声が届いた。



「それって…ホントに飽き?」

「? どういうこと…?」

「なまえからのアクション待ちとかさぁ…てか、それが気になるならなまえからしてみればいいじゃん。付き合ってんだし」

「え」



何でもないことのように、奪っちゃいなよ、なんて唆してくる友人に、一瞬で脳内が爆発した気分だった。

わ、私から…? 私から紫原くんに…!?



「むっ無理! 第一背が届かないし!!」

「や、まぁそうだけど。屈んでくれたりしないの?」

「か…屈んで……そういえば…」



思い当たる節が、あるような…。

キスをされない代わりのように、最近は目線が近付くことが多かったような気がする。
まさかあれはそういうサインだったと…いうことなの…?
じゃあしてもらえなくなったのは、私からさせる為、ってこと…?



(それって…)



結局、相談じゃなくてのろけになってしまうんじゃ…。

ぶわあ、と顔に広がる熱を自覚するのと、目の前に座る綾ちゃんが呆れた笑みを浮かべるのはほぼ同時だった。







枯渇する




結局のところ、友人の意見は的を射ていたらしく。
そうとは口にしなくても、態度や言動から待ちわびていた気持ちを彼から表されてしまえば、私は応えるしかなくなるわけで。

でもやっぱり、自分からそういうことをするのは、かなりの勇気が必要だった。



「……何で、口じゃないの」

「ごっ…ごめんなさい…恥ずかしくて…」



顔が熱い。心臓も痛い。
ベンチに座ったまま、不満げな視線で見上げてくる紫原くんについ頭を下げると、ああもう、といった声が上がる。

呆れられたのかと、軽く跳ねた肩は一瞬で大きな手に包まれて、そこからかけられた力に身体を引き寄せられていた。



「もー…やだ。無理。我慢できない。可愛すぎるし」



ベンチに膝をつく形で、大きな腕の中に囲いこまれると逃げられない。
私に負けないくらい真っ赤な顔で、悔しげに呟いた彼の唇が私のそれを数日ぶりに塞いだのは、一瞬後のことだった。



(せっかく我慢して待ってたのにー)
(ご、ごめん…)
(…やっぱなまえちんからもして。はい、もっかい)
(またするのっ!?)
(だってちゃんと口にしてほしいしー…もう一回頑張って?)
(え、えええ…)

20130418. 

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