「なぁ高尾ー、みょうじと付き合ってるってマジなわけ?」

「は?」



今日も今日とて理不尽な運命により朝っぱらからリヤカーを轢いて学校に辿り着けば、教室に入ってすぐにクラスメイトから掛けられた声に、思わずぽかんと口を開ける。
すぐ隣を歩いていた緑間は興味の引かれない話題に乗っかることなく、自分の席に向かってしまった。

それを薄情に思いながら、何でなまえの名前が出てくんの?、と一瞬過った疑問は、質問者に目をやったことで納得した。
ああ、確かこいつ、なまえと同じ写真部だったっけ。



「そーだけど、何で?」

「マジで!? うっわ…お前よく付き合えんな…」

「はぁ?」



分かりやすく顔を引き攣らせるそいつに、今度はオレの声にも若干棘が混じる。

自分から訊いてきておいて、何だよその反応。



「いや、だってさー、お前わりと人気あんじゃん? 同じ部員ですら引くようなオタクによく付き合える…」

「可愛いだろ」

「え、や、顔は悪い方じゃねーけど、あのテンションとかさぁ」

「めちゃくちゃ可愛いだろ。あのテンションだからこそ可愛いんだろ何見てんだよお前いや見なくていいけどっ! っで!!」

「煩いのだよ」



人の彼女にけちつけんなよ…!
と、つい熱くなるオレの頭はおしるこ缶の3Pによって冷やされた。
真ちゃんひでぇ。オレ間違ってないのに。

自席に着いて涼しげに眼鏡を上げる相棒に恨みがましい視線を向けても、綺麗にスルーされた。
床に転がったおしるこ缶を投げて返せば、それはきちんとキャッチするところがムカつく。

とりあえずは気を改めて、少しは冷静になった頭でクラスメイトに向き直った。
振り返ったオレの顔を見てびくっ、と肩を揺らしたそいつの心情は、残念ながら考慮してやるつもりはない。

そりゃあオレだって波風立てずに生きるのが好きだし、何かと楽しんだ方がお得だとは常日頃から思っている。
ただ、そうは思っていても、聞き逃せないことだってあるわけだ。



(見下した言い方)



オレのことじゃないから、腹が立つわけで。

別にオレだけがなまえを可愛いと思ってるのは構わない。妙な輩も湧かずにすむし、多いに結構。
けどな、だからって可愛くないような言われ方をするのは気に食わないんだよ。
だって可愛いし。事実オレの彼女絶対可愛いし。彼女持たない奴にどうこう言われるほどレベル低くないし。



「お前は知らないだけだっつの。一瞬もなまえの興味引けたことないから言えんだよそんなこと」

「う、おお…」

「確かにすげー写真バカだけどさー、好きなものを好きだって言えてがむしゃらになれる女子とか中々いないだろ? そんな子に一心に好かれたら好きになるだろ? 純粋素直に自分のこと追い掛けられたことないからお前は可愛さを知らねーの。一生知らなくていいけどな! 以上!」



言いたいことを掻い摘まんで一気に言い切り、ふん、と鼻を鳴らす。
しんと静まり返った教室内の空気は感じ取りながら、特に気にせずに席に向かえば呆れた目付きの相棒に睨まれた。



「朝っぱらから騒がしいのだよ」

「えー…これは仕方ないっしょ。好きな子馬鹿にされたら腹立つって」



いっつもへらへらしてらんないし。
オレが無理するとなまえも心配するから、これでいいんだよ。



「まぁ、言い返さないよりはな」



軽く嘆息しながらも否定はしない辺り、ツンデレでしかない。
素直じゃないエース様が珍しく肯定してくれたから、今日のところは機嫌を治してやろうと思った。






 *



「高尾くんと、別れてください」



時は変わって昼休み、昼食を買いに購買に行く途中、耳に入ってきた台詞に廊下を進んでいた足が止まった。

今日は厄日か何かなのか。
軽く溜息を吐き出しながら近くの窓から外を覗けば、すぐ下に設置されたベンチの傍らで向かい合う女子二名を見つける。
片方、若干落ち着きなく狼狽えているのは、言わずもがな可愛いオレの彼女で。
そして対峙するもう片方も、顔だけはよく知っていた。



「あなたと関わると、高尾くんの練習時間が減るの。彼が好きなら、彼の邪魔はしないであげて」

「え、えっと…」

「彼が一番優先すべきは部活だってことは解るよね? 私、ずっと見てきたの。入学して部活に入ってからずっと…だから、彼の邪魔になる人に彼女でいてほしくない」



見覚えのある、バスケ部のマネージャー。
向けられる視線もその意味も気付いてはいたし、応援してくれる気持ちは素直に嬉しい。チームメイトほどじゃなくても、軽く仲間意識くらいはある。

けど、正論を語ったつもりでエゴを押し付けられるのは、正直キツい。それがオレじゃなく、なまえに向かうのも。



(邪魔とか、思わねーっつの)



人生、楽しんだもの勝ちだろ。
くそ真面目に練習して疲れるのと、その中でも笑いながらやれるのとじゃ、やる気も後味も違ってくる。
確かに一番打ち込むべきは部活だ。オレだってそう思ってる。けど、なまえがそう思ってないなんてことだって、ない。



(大体、彼女でいてほしくないって何だよ)



好かれてるのかもしれないが、それだってオレには関係がないことだ。
マネージャーに告白されたこともなければ、深く関わったこともない。そんな人間に口出しされる意味が解らなかった。

別に嫌いじゃねーよ?
でも、見てるだけで何の努力もしてない奴が、なまえに突っ掛かるのはおかしいだろ。



「あの…当たり前、だと思うんですが」



あー、突っ込みたい。今すぐあの場からなまえを連れ去ってやりたい。
オレの所為で彼女が困らされるところなんて見たくない。けど、女同士の戦いに茶々を入れるのが野暮だってことも解るから、迂闊に動くこともできなかった。

ジレンマと戦いながらなまえ頑張れ超頑張れ、と念を送っていると、戸惑っていた彼女が恐る恐るだが、口を開いたようだった。



「高尾くんが打ち込むべきなのはバスケって…当たり前ですし、私も解ってるつもりですし…迷惑がられても、ないです。高尾くんは私がいてもいなくても、大事なことを見失う人じゃない…と、思いますよ?」



弱々しい声で、相手に配慮しながら紡がれる言葉は、優しい。
どこまでも真っ直ぐにものを見て、信じてくれるなまえが好きだと改めて自覚する。



「私、幸せなんです。好きな人を見ていられて、受け入れてもらえて、傍にいられて。それを伝えたら高尾くんは笑ってくれて、そうしたらまた私も嬉しくなって…うまく、纏まりませんけど」



部活柄、観察眼には自信があります。

そう言った彼女は多分、笑っていた。



「私、誰より高尾くんの魅力を知ってる自信がありますから。だから別れられません。少なくとも、高尾くん本人から振られない限りは」



ごめんなさい、と深々と頭を下げる彼女に、マネージャーは返す言葉が見つからないのか固まっていた。元から大人しい子だから、反撃されると弱いのかもしれない。
でもまぁ、そんなことはどうだってよくて。オレの方は込み上げる感情に叫びだしたくなるほどには、興奮していて。



「あー……っ」



もうホント、オレの彼女最高だわ。

窓枠掛けたままだった手に額を当てて、熱を冷まそうとして。
それでも我慢の効かない両足は、最終的に照れも拘りも放り出して近場の階段へと駆け出した。








撮影者と鷹の目




いつだって君を見ていたくて、捉えたくて、堪らないんだ。

20130410. 

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