ちょっと、ヤバいかもしれない。
喉元に込み上げる酸っぱさに、蹲みこみそうになって柱に掴まった。
朝から感じていた内側から抉るような痛みと時間を置くに連れて強まり出した頭痛、それから吐き気に目眩。
痛み止めを切らしている日に限って最悪のコンボが襲いかかってきて、泣きたくもないのに視界が霞んだ。
最悪だ。洗い物は干せたけれど、すぐに別の仕事に戻らなくちゃいけないのに。
(これだから、女は…)
面倒臭い。
毎月味わうその気持ちではあるけれど、ここまでコンディションが落ちることはそうそうない。
何年かに一度あるレベルの体調不良に、悪態を吐く気力もなかった。
立っていても座っていても辛い。頭が痛いしお腹も痛いし吐き気はするし、意識が遠退きかける。
けれど、与えられた仕事はこなさなければ。
洛山高校バスケ部のマネージャーは簡単には抜けられない。仕事量に対して人数が少ないことも原因だが、厳しい決まり事は選手だけに限られたものではないのだ。
何とか持ち直さなければ、と顔を上げた瞬間、しかし目に入ってきた見慣れた顔に、苦しさとは別の意味で泣きたい気持ちになった。
「なまえ」
「……練習中じゃ、ないの」
キャプテン、と揶揄するように呼んでみても、今日ばかりは鋭い両目が弛むことはなかった。
いつの間に近づいてきたのか真正面に立っていた征十郎は、深く嘆息する。
「体調が悪いなら休め。逆に仕事が滞るだろう」
「いや…そんな簡単に休むのも何かなって、思って」
皆が頑張っているのに、私だけ楽をしたくはないし。
大体、体調不良と言っても毎月巡ってくるものなのだし、熱があるとかでもないのだから。
喋るのもしんどいなぁと思いながらへらりと表情を弛めると、彼の目に呆れたような、苛立つような感情の動きが見てとれた。
「サボりなら話は別だ。だが原因が何であろうと、本気で辛い人間に無理は強いない」
「…はい」
「解ったな。なら行くぞ」
「は…っ!?」
確かに、言ってることはよく解る。
反抗する力もないし、素直に項垂れて反省を表していたら、唐突に感じた浮遊感に目が回りそうになった。
え、ちょ、何が起こった。
「せーじゅ、ろ…!?」
「大人しくしていろ」
「いやいやあの、ちょっ…う…っ」
膝裏と背中に回された腕によって持ち上げられた身体は、ぴったりとその胸にくっつけられている。
所謂お姫様だっこと呼ばれるその体勢に突っ込みを入れようとして、タイミング悪く襲ってきた下腹部の痛みに唸り声を上げた。
駄目だ…もう何か、辛すぎて細かいこと気にしてられない。
しかもわりと温かい体温がシャツ越しにじわじわと伝わってくるものだから、そのまま身を委ねてしまいたくなる。
「あー……」
「どうした」
「何でもないですよ…」
弱り目に優しくされると、つい甘えたくなるのが女という生き物なのだろうか。
分かりにくいけれど確実に、心配してくれているのであろう彼の肩近くに頭を預けると、見下ろしてくる瞳が漸く弛んだように見えた。
ああ、どうして。
(気持ちいい、かも)
このままでいるのも悪くはない、なんて。
思ってしまった意味が、解らなかった。
解けない問題
解けないのか、解かないのか。
そんなことは些細な違いなのです。
(保健医は…留守か。痛み止めはこれだな)
(うー…ごめん、本当、こんなことで征十郎に手間かけさせるとか…)
(いいから薬を飲んで寝ていろ。暫くはここにいるから、してほしいことがあれば言うこと。解ったな?)
(……背中、に…手を当ててもらえると…楽です)
(ああ、解った)
(うう…征十郎が優しすぎて泣くわ…)
(泣いてもいいから早く寝ろ)
20121118.
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