やる気が出ない。力も出ない。ついでにお菓子も美味しくない。
内臓に石を積められたみたいに重くなる身体を、それでもいつも通りに動かしているのに。何が悪いのかびしびしと突き刺さってくる視線に、余計に気分が滅入っていく。
「やっぱ、機嫌悪ぃな」
「悪いというか…元気はないですよね」
「紫原でも落ち込むことあるんじゃの…」
「飢えてるだけアル」
聞こえてるし。うっせーし。
腹癒せに久々に攻撃に加わってダンクを決めたのに、まさこちんにまでパスを出せと怒鳴られた。
自分で決めた方が早いのに、むかつく。
「絶不調だな、アツシ」
「…うっせーし」
「明日には帰ってくるんだろう? あと一日の辛抱だよ」
慰めるように背中を叩いてくる室ちんに、何かを言い返そうかと思って、やめた。思考の無駄だ。
どうせ言う通り、あと一日、オレには我慢することしかできないんだから。
胸につっかえた重いものを溜息で吐き出しながら、滲む汗をタオルに染み込ませる。
「しっかし、みょうじも大変だなー…帰ったら帰ったで御守りとは」
「どうせ毎日メールでも電話でもしてるアル」
「してねーし」
「先輩達、からかうのはそこまでに……え?」
「だから、してねーし。ちょっとー何で固まんの全員」
揃って異常なものを見るような目付きを向けられて、さすがに顔を顰める。
そんなにオレが我儘じゃないとおかしいわけ?
「何か変なもん食ったのか?」
「食ってねーし」
「頭打ったとか」
「だから、ねーし。何なのちょー失礼なんだけど」
信じられない、と顔に書いてあるレギュラー面子にイラッとした。
しかも室ちんに至っては本当に心配そうに、喧嘩でもしたのか?、なんて訊ねてくるし。
根も葉もない誤解にはすぐに訂正を入れたけど、じゃあ何で、と問い詰めてくる全員に溢れる溜息が止まらなかった。
オレだってそこまで無神経じゃねーし。
……なまえちんのことに関しては、だけど。
「だってお前、みょうじの顔見れないだけで死にそうな奴が…どうやって生きてたんだよこの三日間」
「アツシ…病院、行くか?」
「オレ何だと思われてんの」
確かに死にそうな気持ちにはなるかもだけど、本気で死ぬわけないでしょ。人間なのに。
真顔の皆に呆れた目を投げると、お前本当に紫原か、と言われた。
どう反応すれば納得してもらえるんだろう。面倒臭い。
(あー…でも、三日かー)
なまえちんが実家に帰省して、三日。
お婆ちゃんが倒れたとかで焦っていたけど、大事には至らなかったと帰省した初日にメールは入っていたから、そっちは心配いらないはずだ。忙しい中の邪魔になりたくないから、連絡も控えてる。
出発当日だって、不安そうななまえちんを更に不安にさせたくなんかないし、何もかも大丈夫だよ、なんて根拠のない言葉を吐いて送り出しはしたけど。
(大丈夫…じゃ、ない)
オレが全然そうじゃないことなんて、本当は身に染みて分かってた。
でもさすがにそんな我儘、言えるわけがないし。
思い出して、また身体が重くなる。
「アツシ…あと一日だよ?」
「……解ってるってば」
もう、ほっといてよ。
下手に気遣われると、虚勢が崩れる。
大丈夫。大丈夫なはずなんだ。だって昔は、もっと長い間顔も見れなくて、声も聞けなくて、期限なんてないから希望もなかった。
それに比べれば残りあと一日なんて、楽勝で越えられるはず。
なのに、心臓に穴が開いたみたいにすーすーする。
堪えるために息を吸い込んでも、胸の中は空っぽのままだった。
君がいない
恵まれた環境に置かれても、根本は結局、変われない。
ごめんね。やっぱり、寂しい。
打ち込んだメールは、送信する前に消去した。
20130331.
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