人当たりよし、性格もまぁよし。容姿だって悪いってほとでもないし、当然周囲とも折り合いはつけられる。
ある意味損するタイプだってことは、わりと自覚もしていたり。
「高尾、二組の河西くんのことなんだけど」
「あー河西ね、彼女いないっつってたし、わりと押されたら弱いタイプだと思うぜ」
「マジで! よっしゃ頑張ろ」
「高尾、道下とか…知ってる?」
「サッカー部の?」
「そうそう!」
だから、こんなことも慣れっこだ。
顔の広い人間に取り入る、という言い方は悪いけど、使えるものは何でも使う女子の手段を選ばないやり方は、ある意味尊敬する。
恋する女の子は可愛いって言うけど、裏側の策略家っぷりを見られれば落ちるものも落ちないんじゃねーの…なんてことを思う気持ちもないではないが。
あの人は、この人は、落とすには。
ひっきりなしに情報を求めてくる女子をはいはい、と宥めつつそれなりに答えを返せるのは、オレが恋愛経験豊富だから…というわけではなく、単に視野が広いからだ。
人間観察に長けている自覚もあるし、体よく扱われるポジションに甘んじているのも別に嫌いじゃない。
嫌いなわけじゃ、ないんだけどなー…。
「あー……」
お礼の言葉を口々に、散っていく女子にひらひらと手を振り見送った後、徐に机に突っ伏す。
人の笑顔は好きだし、何かをして喜ばれたらそれは素直に嬉しいことだ。けど。
「……しんどい」
誰にも聞こえないような声で、溢す。
嫌いじゃない。けど、オレだって他にばかり気を回せるほど、手が空いて余裕があるわけでもない。
一番念頭にあるのは間違いなく部活のことだ。
一年でレギュラー入りしたとなればやっかみを買うのも当然。その中でも身の振り方は考えなくちゃならないし、偏屈な相棒のフォローにもわりと気を回す。堪えている部分もなくはない。
大体、恋愛事なんて。
(攻略法とか…オレの方が知りてーわ)
再び誰にもばれないよう、溜息を吐き出す。
他人のことにまで気を配る余裕が欠けているのは、その部分も含めて、だ。
好きな子とうまくいく方法なんて、オレが一番知りたい。
バスケのことだけでもいっぱいいっぱいなのに、馬鹿じゃねーの。
そうも思うけど、好きになってしまった子の性質が性質だから、簡単に諦める気にもなれなかったりして。
笑っていれば、大概の人間とはうまく付き合える。不快にさせることも少ないし、どうせ生きるなら楽しい方がいいってのも本当。
だけどキツい時に笑わなくていいなんて、気付いて口にしてくれる人間は今までいなかったから。
仕方ないとも、思う。
たった一言に癒されて、惚れ込むなんて馬鹿馬鹿しいかもしれねーけど。
(好きなんだよなぁー…)
顔を、声を、頭に浮かべるだけで胸の辺りが引き締まる。
オレを見てくれる目が、根っこに与えられる優しさが欲しくなる。
あー…もう、本当。
「癒されてー…」
「大丈夫?」
「あー大丈夫だい…うぉっ!?」
「あ、ごめん」
ばくん、と跳ねた心臓に釣られて勢いよく身体を起こすと、今まで頭に浮かべていた張本人の顔がすぐ目の前にあって更に驚く。
驚かせた?、と首を傾げるその女子はいつの間に近付いてきていたのか、前の席の椅子に腰掛けてオレを覗き込んでいた。
「びっ…くりしたー…みょうじちゃん気配なさすぎっしょ」
動揺を隠すために咄嗟に笑顔を作ったことは、今回は許してほしい。
ぴくり、と不満げに寄せられた眉を見て、思う。
本当、作り笑いなんて見せて悪いとは思うんだけどさ、好きな子に急に話し掛けられて平気でいられるほど枯れてないんだよオレだって…!
「高尾くん」
「なーに?」
「…私の言ったこと忘れちゃった?」
むに、と、あの時と同じように摘ままれた頬に、若干肩が跳ねる。
しかもその口から問われた内容が見当外れすぎて、表情筋が一気に弛む。
(忘れるわけねーじゃん)
何言ってんの、この子。
どれだけパンチのある言葉を突き付けたか、自覚ないわけ。
オレの心臓は未だに、休まず走ってるっていうのに。
「優しいのは素敵だけど、無理はよくないよ」
「…ごめん」
「いや、謝ってほしいわけじゃないんだけど…」
「でもさ、ちょっとくらい格好つけたくなんの…今オレすっげーダサいけどね」
笑えない。この子の前だと、被った仮面も崩される。
今も崩れた笑顔はめちゃくちゃ情けないことになってる気がするし、吐き出す言葉も弱音じみて嫌気が差す。
けど、これもオレだからどうしようもなくて。
未だにオレの頬を摘まんだままの指に手をやると、すぐ近くにある真っ直ぐな瞳が丸くなった。
ああやっぱ、可愛い。この子、好きだ。
(癒される…)
格好つけなくても許してくれる子に、一番格好よく見られたいってのが、問題だけど。
オレを見つめて数秒黙りこんでいたその子は、触れた手については気にしてないらしい。そのまま一度目蓋を伏せると、再びオレの目を射てくる。
「高尾くんが格好いいことは、誰でも知ってるよ」
「っ、は…」
「周囲の勝手な期待に応えてるところだって凄いよ。知ってる。でも、高尾くんの良さはそれだけじゃないから」
「な、何? どしたのみょうじちゃん、いきなり…」
ヤバい。ヤバい、何だこれ。今度は何言ってんの。
ばくばくと速まっていく心音と顔に集まる熱に、乙女か!、とツッコミたくなりながらわりと余裕もない。
オレ全く照れ性とかじゃ、ないはずなのに。
「もっと根っこで、高尾くんは魅力的な人だから」
強がらなくても格好つけなくても、充分なんだよ。
じい、と見つめてくる視線に、焼かれる気がする。耳から入ってきた声に言葉に、心臓を握り潰される。
ちょっともう、勘弁してって。
(ああああ…っ)
好きだ。ヤバい。やっぱりオレ、この子が好きだ。
辛抱できずに落ちた頭が、机にぶつかって音を立てる。
ダセェ…すっげー恥ずい。
なのに、一度離れた手は労うように優しく、頭を撫でてくるものだから堪ったもんじゃない。
これが女子によくある策略じゃないから、余計に怖かった。
無意識の爆弾とか、防ぎようがない。
「いつもお疲れさま、高尾くん」
「……ありがとうございます」
「…何で敬語?」
今までも、これからも
この子が見ていてくれるなら、まだまだ頑張れる気がする。なんてな。
(単純すぎるだろオレ…)
(何が?)
(いや何でもないです)
(だから何で敬語…?)
20130327.
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