「親子丼が食べたい」

「…はぁっ!?」

「親子丼」



食べたくなったんだよ。作ってよ。

いそいそと靴を脱いで室内に上がり込めば、玄関に取り残された家主がわぁわぁと騒ぎ立てる。
だからてめぇは連絡もなしにいきなり来るんじゃねぇよ!、なんて怒鳴り声が掛けられるが、それは連絡を入れれば来てもいいってことかい?、と返すと更に叫ばれた。



「んなわけねぇだろ!!」

「じゃあ入れなくていいよね。あーお腹空いたー」



いやぁいつ来ても広く感じるリビングだなぁ。そして潔くバスケ関係の物ばっかりだなぁ。

疲れた表情で廊下から帰ってきた彼を見上げながら、しっかりと居場所を陣取りばんばんとテーブルを叩く。
いいから早くご飯をおくれよアピールだ。毎度この手で本当に食べ物にありつけているのだから、彼はとことん甘い人間だと思わざるを得ない。いや、甘い人間大歓迎だけどね。

溜息を吐きながらもキッチンに向かった背中を見た辺りで、勝利を確信した私の唇が吊り上がった。

火神大我は本当に、稀に見るほどのお人好しである。



「何で自分で作らねぇんだよ…」



できないわけじゃねぇくせに。

ぶつぶつと投げやられる愚痴には、そりゃあそうだけど、と肩を竦める。



「誰かが自分の為に作った料理って、美味しいもんじゃん?」



それにかがみん料理上手いし。
私もほぼ一人暮らし状態である分下手なわけではないけれど、自分で作ったものを自分一人で食べるというのも中々寂しいものなのだ。
楽したい、という思いも無きにしもあらずだが。



「かがみんが引っ越してきてよかったなー」



本当に広い部屋だと、テーブルに組んだ腕に顎を乗せながら思う。
置いてある物が少ない分、同じ面積でもこの部屋の方が広く感じた。



(本当、良かった)



こんな広い部屋に一人きりでいても、何も楽しくない。
長らく空いていた隣の部屋に引っ越してきた人間が偶然にも同年代で、しかもこちらは事実一人暮らしだというのだから、巡り合わせというものも侮れないなと思う。

仲良くなったのは、ある日多く作りすぎてしまったおかずを私が彼にお裾分けしに来たことが原因だったはずだが。
今では私の方が彼に集りに来ているのだから、おかしなものだ。



「かがみんに会えて良かったよー」

「オレは災難だっつの…」

「またまたぁー」

「なまえてめぇマジ…女じゃなかったら殴りてぇ」



背丈は平均男子を大きく上回っているし、精悍な顔付きで女子からは取っつきにくく見える。ついでに言葉も荒い。
けれど、実際に本気で邪険にされたこともなければ、手をあげられたりもしない。

一見して判りにくくはあるけれど、中々可愛い子だと思う。



「意外とフェミニストなかがみん素敵だよ」

「うっせぇよ…!」



肉と玉ねぎの焼ける音が、リビングにまで聞こえてくる。
手早いな…と思いつつ、くったりとテーブルに突っ伏した。

広くてバスケ関係の物以外は何もない部屋だけれど、居心地は悪くない。
いっそここに住み込んでしまいたいなぁと、馬鹿なことを考えて一人笑った。



「何一人だけだれてんだよ」

「お腹空いたなぁーって」



味付けまでは終えたのだろうか。リビングに帰ってきた彼は、テーブルに伏せたままの私の頭に手を置くと圧力をかけてきた。
地味な仕返しだ。若干痛いけれど、それも嫌な気はしない。

されるがままになりながら肩を揺らして笑えば、上の方から深い溜息が落ちてきた。



「お前さ」

「うんー?」

「色々…普通に言えねぇのかよ」



顔をずらして見上げた先で、複雑そうに眉を顰める顔。
見る人が見れば威圧感を感じるものかもしれないが、私にはその目の奥に揺れる感情を読み取れるから、ふっと笑い返した。



「一人のご飯は美味しくないから、かがみんと食べたいです…って?」

「…そんだけじゃねぇだろ」



やだなぁ、本当。

しゃがみこんで、私の顔を覗き込んでくる目はどこまでも真っ直ぐで分りやすいから、痛むはずのない心臓が震え上がった気がした。

かがみんは、優しいところが困りものだね。



「お前、自分で思ってるほど笑えてねーから」



ぐしゃり、掻き回された頭。
乱れた髪が隠した顔は、確かに彼の言う通り。







あなたは眼差しで…




寂しいって、言わなくても気付いてくれるでしょう?



(かがみんは私のお嫁さんになるといいよ)
(…はっ!? 何だよ嫁って…婿の間違いだろ)
(…え?)
(あ?)

20130319. 

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