何が理由かとか、そんな明確には説明できない。
日常で溜まりきったフラストレーションが限界を越えて、息をすることすら面倒になってしまう時がある。
善人であろう、心を広く持とうと思えば思うほどその反動は大きくなることを、最近知った。

角が立つような生き方には疲れて、頭を使って敵を作らない生き方をしてみても、中々どうして楽じゃない。
この世に楽な生き方なんてないのだと、染まり行く葉の色と透けて見えそうな青空を仰いで少しだけ息を止めた。



「酷い顔だな、みょうじ」

「そりゃ君と比べたらね」



不意に覗き込んできた赤と黄色は、紅葉にも勝る美しさがある。
ぐったりと力を抜いてベンチに寄りかかる私を真後ろから見下ろしてきたクラスメイトに返した声は、ささくれる心情とは裏腹に何の感情も入らなかった。

苛々するのに、表に出すまで持続する気力はない。
やる気が湧かないにも程がある私を見下ろすその目が細まっても、相変わらず端麗だなと、瞬きするように自然に思っただけだった。



「解らないな」

「ふーん」

「疲れるほど合わない仮面を着け続ける意味が解らない」

「まー、赤司くんには解らなくて当たり前なんじゃない?」



何せ人としての出来が違うのだから。
私のようなキャパの少ない人間の気持ちを理解しろという方が無理な話だろう。

馬鹿にするわけではないけれど、寧ろ赤司くんを馬鹿になんてできるはずがないけれど、からからに乾いた気持ちのまま唇が歪む。
解らないほど、私の方が愚かだということは、理解している。理解していてもこの状況を選んだのだから。



「もうすぐ昼休みも終わる」

「そうねー」

「愚痴でも聞くか」

「はは、まさか。赤司くんに愚痴るなんて恐れ多すぎるわ」



そんなことをしたら後で女子からの罰ゲームフラグ連立だよ。
何かと聡い彼は私の纏まりない心情まで見抜きながら、放っておくということはしてくれないらしかった。

ああ、嫌だ。
少しだけ目蓋を伏せながら思う。

八つ当たりする気力はないけれど、決して態度がいいとは言えないところを他人に見られるのはこれ以上ない失態だ。
そんな風に私が考えていることもきっと筒抜けで、それでいて引いてくれる気はないのだと、ベンチの横を回って隣に腰かけてきた彼の行動で小さな希望は打ち砕かれてしまう。

やなとこ、見られたな。
内心の呟きと同時に、授業開始のチャイムが聞こえてきた。
これでめでたくサボり仲間ができたわけだが、正直あまり嬉しくはない。



「苦しいなら吐き出せばいいんじゃないか」



人一人分の距離もない隣から聞こえた声は甘くも優しくもなく、淡々としていた。
けれどその言葉は無知が故の、彼にしては単純なもので。私にしてみれば無茶言うなよ、という気持ちにしかなれないような代物だった。

吐き出して誰かを不快にさせれば、悪意が生まれる。噂は簡単に広がるし、認識はたった一瞬でも容易に塗り替えられるものだ。
中学生上がりの物差しは、極端に短くできている。一度弾き出せば二度と内側には入れない。派閥もある。

そんな面倒な繋がりの中で鎧なしで生きられるほど、私は染まりきれないし染まりたくもない。
馬鹿でも愚かでも構わないから、汚い人間にだけはなりたくない。



「無理」



閉じていた目を開けて、彼を見ずに短く返せば、それに返ってきた声はまたそれほど気にした様子はないものだった。



「泣けばストレスは軽減されるらしいが」

「赤司くん、知らないね。泣いた後は後で、暫く虚しいのよ。胸にぽっかり穴が開いたみたいに。結局どうしようもない気持ちにしかならない」



彼が知らなくて私が知ることも、ある。
少しだけおかしな気持ちで視線だけを横に投げれば、どうやらずっとこちらを見ていたらしい色違いの瞳が瞬いた。



「そうなのか」



そう、そうなのよ。
でも君が知るわけ、ないもんね。

攻撃にもならない小さな嫌みは、素直に受け取られるから胸も痛まない。
疲れてもストレスが溜まっても、変われない。変わってはいけないという縛りが、平凡を生きる人間には必ずあるのだ。

それでも、どうしてだろうか。縛られない彼の新しい知識を得たとでもいうような顔を見ていると、苛立つことすら馬鹿馬鹿しくなってきて。
結局愚痴を溢したようなものだなと、少しだけ姿勢を正しながら短い溜息を吐いたのだった。







泣けばいいってもんじゃないの




触れてもいないのに体温を感じるなんて、おかしな話だ。



(ああ、だがまだあったな)
(何が?)
(ハグでもストレスは軽減されるらしい。試してみるか)
(赤司くんは私をリンチに遭わせたいの?)
(そうなったら助けるが)
(いや、まずそうなるようなことしない方が助かるわ…)
(それは残念だな)

20121117. 

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