50万打フリタイリク『白ゆりのささやき』続編





自分の弱さに、ここまで辟易したこともないかもしれない。
朝目覚めてはカレンダーと睨み合うここ数週間、日付を数えて項垂れてを繰り返す憂鬱な朝にも飽きがくる。

飽きる、なんて言えた自分ではないことくらい自覚しているけれど。



(結局全部、自分の所為だし…)



初めて自分から恋人に向き合おうとしたのは、付き合い始めて三ヶ月目のこと。
他人との接触が極端に苦手な私に付き合ってくれる彼の優しさに甘えてばかりはいられないと、まずはハードルの低いところから、彼の名前をきちんと呼ぶことから始めた。
そんな、他人から見れば簡単にできるようなことも私には勇気や決心が必要で。三ヶ月の間無理に距離を詰めることなく、戸惑う私をただ傍で見守ってくれていた彼は、それはとても喜んでくれた。

綺麗な顔を、少しだけ赤らめて本当に嬉しそうにありがとうと言ってくれた彼に、私の方がずっと、感謝していて。
だから、もっと返せるように。沢山迷惑をかけている分、喜んでもらえるように振る舞いたいと。

そう、思ったはず、なのになぁ…。



(意気地無し…)



長年放置して身に染み付いた、他人との間の過度な距離感。それを覆すことは自分で思っていたよりも大変なことだったらしく。
近付いてみては固まり、それを見た彼には無理をしなくていいと気遣われてを繰り返し。
あれから特に進展もなく、もうすぐ五ヶ月の月日に差し掛かろうとしている。

焦りは、あった。



「あんたフラれんじゃない?」

「うっ…」



弱っている心をグサリと一突き。
私の厄介な性質を知りながらも面倒見よく接してくれる友人からの指摘に、思わず痛む胸を押さえる。



「五ヶ月も付き合っててキスすらないってさー…」



高校生として逆に不健全じゃないの、それ。

尤もな言い分に私が反論できるわけもなく、はい…と項垂れることしかできない。

頭では、私にだって解っている。
そりゃあ、こんな付き合い思春期には見合わないし、彼にだっていい思いはさせていないはずだ。
いくら恋愛経験皆無の初心者マーク保持者な私でも、解る。付き合っていない女子の方が恋人と接触する機会が多いなんて、おかしいしあり得ないということくらいは。

恋人ができても絶えない彼の人気だって知っている。何度も思い知らされては本当に私でいいのかと不安になる度に、沈んでいることに気付いて慰めてくれる彼に甘えて安堵を得て、そして結局何もしない自分に幻滅したりして。

本当に、彼がどうして私を選んだのか解らないくらい駄目な人間だと思う。

それは自覚した上で、一応は私にも言い分はあった。



「でも…辰也くん、避けるんだもん」

「は?」

「私、少しくらい大丈夫になったかなって思って…手とか、伸ばしてみたりしたの。そしたら、すごく自然に…遠ざかられちゃって」

「…は、何。もう崩壊は始まってるとか?」

「……でも今まで通り優しくはしてくれるから…」

「はぁー…氷室くんも謎ね」

「うん…」



よく、解らない。恋愛も、付き合いも、彼自身も。
人並み以下の私の感性だから、うまく捉えられないのだろうか。



(頑張りたいのに…)



ちゃんと、好きだと、大事だと、表したいのにな。

そう思って行動するのは、彼にとって喜ばしくないことなのか。
よく解らないなぁと、マイナス思考に押し潰されて机に突っ伏した。










「なまえ、帰ろう」



週に一回のミーティングの日は、彼は絶対に私を送ろうとする。
普段は他の何よりもバスケに重きを置いているのにいいのかと、付き合い始めてすぐに訊ねたことがあった。その時に彼が笑いながら、オーバーワークは身体によくないからと頷いていたことを覚えている。
そうでなければ、空いた時間は全て費やすんだろうなぁと、それならどうして恋人なんて作るんだろうと不思議に思ったことも。

そんなところから始まったこの五ヶ月を思い返しながら、私は遠くない距離で揺れる筋ばった手を見つめていた。



(手…)



この手を、少し伸ばすだけ。
掌を合わせるだけ。いや、指先が触れるだけでもいい。
それだけでも、何かは変わる。伝わるものはあるはずだ。
解らないことは訊ねたいし、抱いているものは伝えたい。

深く呼吸を繰り返し、溜まった唾を飲み込む。
今日こそ、めげない勇気が欲しい。そう思って。



「なん、で…」



それなのに。

震える指先が到達する前に、くるりとこちらを振り返る動きでそれを拒んだ彼に、どうしようもなく胸の中が寒くなった。

やっぱり、届かない。届かせてもらえなかった。



「なまえ」

「…何で、避けるの…?」



ぐにゃりと視界が歪んでいく。また自分の弱さに嫌気がさすのに、鼻の奥が痛んで。
みっともなくぐしゃぐしゃになりそうな顔を制服の袖で隠せば、私の問いには答えない彼が落ち着いた声を発した。



「付き合うって、何だと思う?」

「…へ…ぇ?」



何が言いたいんだろう。どういう意味だろう。
気になって、溢れた涙を吸い込ませて少しだけ目線を上げれば、私に合わせて立ち止まった彼は柔らかく目元を弛めていた。



「オレは…分かってるとは思うけど、なまえだけに時間を割くことはできないし、不安な思いも沢山させるし、あまりいい恋人じゃないよな」

「な…そ、んなこと…っ」

「でも、なまえのことが好きなのも本当だ。いい恋人になれなくても、オレ以外に靡かないよう引き留めて繋いでおきたかったから、少し強引に付き合いまで漕ぎ着けて…何がしたいかって訊かれたら、多分なまえが欲しかった」

「……え、と」



一気に流し込まれる言葉を噛み砕くのは、時間がかかる。
ただ、ダイレクトな表現はさすがに衝撃が大きくて、つい数秒前に感じた虚しさも吹き飛ばす威力があった。



(顔…あつい)



心臓が耳の近くに移動してきたように、ドクドクと音が響く。
また溜まりだした唾を飲み込むと、私の動揺を窺っている彼の手が伸びてきて、顔のすぐ傍で止まった。



「欲しいと言ってもそれはこの先ずっと続くし、なまえの弱味を知ってちゃんと待とうとも思ったよ。なまえの気持ちが一番欲しいから、優しくしようとも。それこそ何年触れられなくても傍に置いて、付き合っていけるなら構わない…って」

「あの…私は、そんなには待たせたく…ないから…」



諦められそうで怖いと思っていた。もう諦められているのかとも考えていた。
そんな私の思考は、間違いだったのかもしれない。

真っ直ぐに私を見下ろす、熱を宿す瞳に息が詰まりかける。
本当に、本気の目だ。告白された時に一度だけ、見たことがある。



「私…だって、頑張りたいの」



傍に置いてほしい。好かれていたい。
頑張るつもりでいるから、知ってほしい。頑張らせてほしい。

私だって、あなたが好きだって。
ちゃんと恋人らしく、接したいって。

伝えるためにもう一度上げた手が、すぐ近くにある彼の手に伸びる瞬間。



「今の、聞いたから」



ぐん、と身体にかかる抵抗を気にする間もなかった。

私の後頭部と背中には、触りそこねた彼の手が回っていて。
一瞬にしてがちりと凍り付いた私の頬に、僅かな震えが伝わってきた。



「は、ふぇ…っ…た…」

「そのつもりだったとしても、ずっと我慢してたんだ」

「た、たたたつやくっ…」

「なまえが頑張るつもりなら、オレの方がずっと触りたいんだって、教えたかった」



くつくつと、楽しげに笑う彼に合わせて笑う余裕なんてあるはずもない。
ハードルは徐々に上げていくつもりで、私は手を繋ぐところくらいから勇気を出そうと、そう思っていたのに。

いきなり抱き締められるなんて、想定していなかった事態に跳ね上がった心臓は今にも飛び出してしまいそうで。
プラスもマイナスも判らない感情が頭の中を荒らし回して、身体中から一気に芯が抜け出てしまうような感覚がした。







キャパシティオーバー




「驚くかとは思ったけど、まさか腰を抜かすとは…」

「………酷い…」



ぺたりと地面に座り込んでしまった私に差し出される手を、こうなると意識する余裕もない。
驚き過ぎて力の抜けた足はしばらく使い物になりそうもなく、立たせてもらうために繋がれた手もあまり意味をなさなかった。

数分前の私が見たら驚くような光景だろうに、感動はない。



「ごめん。でも嫌じゃなかったんだろ?」

「! そ…なっ…何で…」

「最近ちょくちょくなまえの方から手を伸ばしてきてたから、そろそろ気持ち的には平気になってきたのかと思って」

「それ…何で…知ってたのに避けてたの…?」



やっぱり、わざとだった。

再び込み上げそうになった不安に気付いてか、握られた手に僅かに圧力がかかる。
少しだけ腰を屈めて私を見下ろす、辰也くんはいつもの綺麗な笑みを浮かべていて。



「最初は本当に平気か心配でもあったから様子見。あとはオレから触りたかったっていうのもあるけど…」

「けど…?」

「思いの外嬉しくて」

「は…」



嬉しくて、避けるの?

言葉の意味がよく理解できずに呆然と見上げる私に、彼はその笑顔を少しばかり困ったようなものに変化させる。

だって嬉しいだろう、と。



「接触嫌いのなまえが、オレだけに何度も手を伸ばしてくるなんて。嬉しくて可愛くて、つい意地悪しちゃいたくなったというか」

「……え…ええ…?」

「近くに置く代わりに我慢していた分、すごく…何て言うかな、美味しかったんだよ」

「えええ…?」



これ以上はないと思うくらいへなへなだった身体が、地面に全て落ちそうになる。

じゃあ結局、私の悩みは無駄で。
辰也くんにはわりと殆ど、感情も行動もバレていて。
しかもその様を楽しまれていた、と。



(なにそれ…)



筒抜けでは、伝えるも何もないじゃないか。

悪びれない彼につい恨めしげな目付きになってしまっても、返ってくるのは普段から見慣れた優しい微笑で。
酷いことをされたような気もするのに、触れ合えている掌は温かいし。



「…立てなくなるまで、いじめないでよ…」



怒ることなんて、できるわけもない。
小さな不満に一度目を瞠った彼は、ちゃんと送るよと声を出して笑った。



(立てないなら家まで背負おうか?)
(むっ…さ、さすがにそれは、まだ無理…)
(そうかな。ショック療法なんか、今なら案外効くかもしれないよ)
(これ以上のショックなんて、受けたら気絶しちゃうよ…)





いつも仲良くしてくださる茶丞さんへ、ハッピーバースデー遅れすぎにもほどがあります! すみません! 本当にすみませーんっ!!
50万打企画の白ゆりのささやき氷室の続編ということで…少しばかり、本当にほんの少しばかり進展した二人にしてみました。奥手にも程があるわ…。
お祝いが遅れまくって申し訳ないんですが愛は込めましたので。よければお納めください…|ω・`)
茶丞さんハッピーバースデーでした!

20131130. 


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