左手には菓子箱、右手は元気に振って歩く、私の足取りはとても軽い。
鼻歌を歌いながら進む廊下で擦れ違う生徒の訝しげな視線を貰っても、今は少しもダメージにはならなかった。
何故ならば、今日は十一月十一日。某菓子会社のこじつけが罷り通る一日だ。せっかく使える言い訳があるのに楽しまない手はない。
というわけで、
「ゲームしよう!」
「あ?…みょうじ?」
机に寝そべっていた顔の前にどんっ、と叩き置いた菓子箱は、語るまでもない。細長いプレッツェルにチョコレートがコーティングされたあれだ。
どうやらいつものごとく休み時間前の授業中に眠りこけていたらしい青峰は、ふわあ、と大きく口を開けて欠伸をすると、背筋を伸ばしながら私と机に交互に目をやった。
「ゲームぅ?」
「この机上の菓子が目に入らぬか」
「あー…そういや何かあったなそんなん。つか、何でオレだよ」
「さっちゃん捕まえようと思ったら教室にいなかったから通り道の青峰に引き返してきた」
「おい」
オレは余りもんかよ、と軽いアイアンクロウを食らわせてくる青峰に両手を振ってみせて落ち着かせる。
完全に否定はできないがここで他の人間を選ばなかったことだけは買ってほしい。
一番仲の良い女友達を最初の標的に選びはしても、どうせ次にはこいつにも突撃していたに決まっているのだから。
「まま、いいじゃん付き合ってくれても。せっかくポッキーがあるんだからさぁ」
「付き合えってなぁ…目立つだろ」
ダルそうに頭を掻く青峰は、どうやら乗り気でない様子。
だけれど、こいつの都合は関係ない。まだ開けていなかった箱を開けて中の袋にも手を掛ける私の機嫌はハイなままだ。
確かに、人目もある教室内で大胆な行動に出ようとしている自覚はあるけれど。
「大丈夫でしょ、今日は十一月十一日だし!」
「お前十一月十一日をどんな風に解釈してんだよ」
「合法的に事故ちゅーを装える日」
「駄目だろ」
びしり、今度はチョップを食らった頭が先程のアイアンクロウを引き摺っていた所為で若干痛かった。
しかしそれぐらいで懲りる私ではない。寧ろ何というか、バスケ以外適当に生きている青峰にツッコミを入れられるのは屈辱というか。
呆れた目で見てくる褐色の肌の友人に、ここはきちんと反論しておきたいところだ。
「じゃあ聞くけど合法的に、お胸にタッチできる日…ラッキースケベが許される日があったらどうすんの?」
「ばっかお前……ただの楽園じゃねぇか!」
「アクション起こさずにはいられないでしょ。そういうことよ」
「なるほどな!!」
あっこいつやっぱ馬鹿だわ。
べりべりとビニールの袋にも手を掛けつつ、合点がいったという風に大きく頷いた友人を見下ろしながら内心思う。青峰大輝…お前の頭は弱すぎる。なんちゃって。
しかしそこがチャームポイントといえばそうなのかもしれないから、いつまでも変わらずにいてほしいものだとも思う。
「しかしまぁ本当、おっぱいに目がないよね青峰は」
「おっぱいには夢が詰まってんだよ」
「気持ちは解らんでもないけど」
納得しているこの隙に、はいどうぞ、とプレッツェルのコーティングされた側を口元に差し出せば素直にくわえてもらえた。
強面な外見なだけあって猛獣に餌をやっているような気分にもなるけれど、蓋を開けてみれば年相応の中学生男子だ。
勘が鈍い人間でもないのに、気安く接している相手に唆されると深く考えずに行動に出る。こういうところはたまに心配になるよなぁ…なんて思いながらもその性質を遠慮なく利用させていただくのは、これが初めてというわけでもない。
罪悪感がないわけでもないが、僅かなそれを打ち消すのは頭の中をほぼ占めている打算だ。
流せるうちに流してしまえと、始まりの合図もそこそこに空いた片端に食い付く。
「いただきまーす」
「っ!」
さすがに急な行動についていけなかったらしい真正面にある顔が、ぎょっと目を剥くのを楽しみながらプレッツェルを噛み砕く。
ついでに一気にざわついた空気と周囲の視線も感じたけれど、構うつもりはないのでスルーした。
何だかんだ久々に口にしたお菓子を味わいながら、徐々に外から見えるチョコレート部分を短くしていくのは一方的に私の仕事だった。
若干目が覚めたらしき青峰はというと、一応は食べ進めてはいるものの、一口で私の半分も進まない。
しかも気まずさか羞恥か…どちらもか。褐色なのに分かりやすいくらいに赤らんでいく顔が目の前にあって、私まで少し照れてしまいそうになった。そんな気持ちになる予定はなかったというのに。
(あと…七センチくらいか)
一センチじゃ短すぎるし、残すとしたら三センチだろうか。
ここまで仕掛けておいて何だけれど、真っ赤になっていく青峰に冗談でキスなんてできないような気がしてくる。事故を装っても、さすがに騙されてはくれないだろう。
やっぱり無理かと、諦めの念が打算を上回る。
そうなれば私の切り換えは早い。ここかというタイミングで顎を引いて、ぽきりとプレッツェルを折ってやった。
一応距離的には限界まで詰めたから、単純に敗北にはならないだろう。
そう、残ったプレッツェルを噛み砕いて勝敗を話し出そうと思ったのだけれど。
「ん!?」
いつの間にそこにあったのか。大きな手に後頭部を引き寄せられたかと思うと、唇に残っていた分は一瞬にしてがぶりと持っていかれてしまった。
瞬間、悲鳴が聞こえたような気もする。
何が起きたのかと目を瞠る私の反応があまり面白くなかったのか、未だ赤い顔のまま訝しむように睨んでくるのは、最後の最後で大きく距離を削った張本人だ。
「んだよ、その顔」
したかったんじゃねーのかよ。
まるで私のことを解らなそうに見てくる青峰こそ、最中はあんなにちまちまとしか進まなかったくせにこれだ。
こっちが引いてやろうとしていたというのに、結局最後はぶち壊してくれる。
滅多に変わらない顔色が、不覚にも熱を持っていくのが自分でも判った。
「したかった、けどさぁ」
こんなの、なんか、悔しいじゃないか。
きゃあきゃあと盛り上がる教室内の生徒の声をBGMに、今更無駄な行為と知りつつも制服の袖を口に当てて隠した。
足りない埋めたい三センチ
食べようと思って、それでも食べるのを我慢したら、逆に食べられてしまいました。なんて。
なんだか、私が間抜けみたいじゃない。
*
指定キャラ青峰、指定台詞「おっぱいには夢が詰まっている」。なのにおっぱい関係ない文になりました…申し訳ない…。
ポッキーも欲しいって仰ってた気がするので混ぜてみました…ご勘弁ください…!|ω・`)
ちなみにこの二人付き合ってないつもりです。友達以上ではある…のかな…?
いつも素敵なイラストと癒しをくれる貴子さんへ、感謝と誕生日祝いを兼ねてプレゼントさせていただきます。遅くなってしまってごめんなさい!
いつも大好きですありがとうございます! そしてハッピーバースデーでした!!(*´`)
20131111.
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