ああやっぱり、また駄目だった。
解っていたことでは、あるのだけれど。

教室の至るところから集められるせつなげな視線、目の前であたふたと無意味に手を動かしている彼の姿に、首にずしんと重い気持ちが伸し掛かる。
私の手に収まった不透明なプラスチックのタッパー。その中には消し炭のようになってしまった砂糖とバターと小麦粉プラスアルファを固めた物体が詰められている。

いつも、私はこうなのだ。
ある一点において、寄せられる期待に応えきれない。それは約束を破り続けていることと同意であったりもして。



「あ、あのっ、成形は…成形はできるようになってますし…!」

「ごめんね桜井くん…無理矢理フォローさせちゃってごめんね……」



上手くできると思ったのに、どうして毎度失敗してしまうのだろうか。
クッキーになるはずだった物体は所々欠けて、最早燃やされた木の欠片にさえ見える。
まぁ元の形が分かるだけでもマシじゃね、とあの青峰くんにまで気を使わせてしまう始末だ。救えないにも程がある。

これが初めてのことなら、まだ良かったのに。
何度も失敗を繰り返した上、調理レベルも下げて目の前の部活仲間に毎回一度は指導をお願いして、その最終試験的に一人で材料に向き合い出来上がったのがこれだ。
救えない。本当に、救えなすぎる。



「せっかく休みを潰してまで教えてもらったのに、結果がこんな…消し炭だなんて…私…いつもいつも……」

「いいいやっ! 多分自分の教え方が雑だったんですよね! 分かりやすく纏められない能無しで本当にスイマセン!!」

「違うよ! 桜井くんはちゃんと教えてくれたもん! 桜井くんがいる時は私失敗しないし、私が一人になると…気を抜いちゃうんだ…」



現に、指導があれば何であってもきちんと綺麗に作れるのだ。それがお菓子であれおかずであれ、この私が作ったとは思えないくらいに完璧に仕上がる。
そんなことを何度も繰り返させていることだけでも申し訳ないと思う。その時だけ見れば、見た目も味も充分でこれ以上は指導してもらう必要はなく思えるのに。
それなのに、いざ一人で台所に立ってみればこれだ。
レシピに気をとられて器具を引っくり返すわ材料を見落とすわオーブンは余熱し忘れるわ…。
あまりの手際の悪さに、思い出すだけで泣けてくる。

料理だけだ。他は出来る。なのに料理に関わることだけ、何故か壊滅的に不器用になってしまうのだ。
なまじ他が出来るだけ、毎度酷く自尊心を損なわれる。恥ずかしくて悔しくて、ぶわあ、と視界がぼやけるのを感じた瞬間、桃色の髪の美少女が慌てたように肩を掴んできた。



「だ、大丈夫だよなまえちゃん! 私も大ちゃんに散々言われるくらい料理はそのっ…ちょっと苦手だから!」

「お前はちょっととかいうレベルじゃねぇよ」

「大ちゃんは黙ってて!!」

「青峰くんはさぁ…昔からさっちゃんの料理で耐性あるけどさぁ」

「いや食わねぇけど」

「私はもう、お嫁に行けないよこれ…こんな不器用な女なんて誰だって引くよ…意味わかんないもん……」

「ああっ、な、泣かないでください…!」



一人で料理できないって、私は幼稚園児か。

ぼろぼろと溢れる涙を慌ててハンカチを出して受け止めてくれるのは、お願いだから女子力取り替えてくださいと土下座して頼み込みたいレベルで料理が出来る桜井くんだ。
ハンカチだってちゃんと持ってくる男子はそう多くないと思うのに、常備しているあたり本当に尊敬する。



「お、大袈裟だよなまえちゃん…料理なんてきなくてもお嫁には行けるよ…ね?」

「さっちゃんはいいよ? できなくても可愛さと胸があるし…っ」

「そっ…なまえちゃんだって可愛いし、勉強できるし!」

「勉強が日常的に役に立つことそうそうないもん…!」



どうせ受験以外で役立つことのない頭ですよ…要領は悪くないのに、料理には活かされない頭ですとも…!
しかもさっちゃんみたいな美少女に可愛いと言われても全く信憑性がない。私が可愛いならさっちゃんは何なんだ。天使か女神かという話になるじゃないか。

それにしたって、手先の器用さは一つのギフトだと思う。羨ましいったらない。
マネージャー業務ならてきぱきと動けるのになぁと、もう何度目かも覚えていない中今日も深く落ち込んでしまう。



「桜井くんがいる時はちゃんと、作れるのに…」



お菓子の定番とも呼べる、ただのクッキーですらこの状態だ。救いの光が届く余地もない。

どうして一人では上手くできないんだろう。悔しいを通り越して悲しくなってくる。



「こんなの本当に、呆れられられちゃうよ」



ちっとも上達の兆しの見えない私に、いい加減桜井くんだって辟易してくる頃だろう。
それでもぼたぼたと溢れ出す涙を、呆れもせずに拭ってくれる彼は本当に優しい。

ぐずぐずと泣き止まない私に溜息を吐く他二名とは違って、困ったようにきょろきょろと視線をさ迷わせた彼の手がぎこちなく頭に置かれた。



「あの、呆れるとか、誰もきっとそんなことないですからっ…」

「…だって…」



だって一番、桜井くんが迷惑しているはずだ。
ハードな部活に加えて休日は私の調理指導に付き合わせて、どう考えても一番疲れさせている。その上落ち込んだところを慰めさせているなんて、私はどれだけ振り回せば気がすむのか。

ごめんなさい、と頭を下げても、逆に謝り返されてしまうし。
迷惑なんてない、と慌てて首を降る桜井くんは素でそう思っていそうだから余計に申し訳なかった。



「私、でも…ごめんね桜井くん。もうちょっと頑張りたいの…だから、」

「! はい、付き合います!」



頭に置かれていた手が、少しだけ髪を撫でて離れていく。
まだ迷惑をかけてしまうけれど…と見つめ上げた先で、彼は笑って頷いてくれた。







材料も余熱も完璧なのです




そしてまた、勤しむ調理指導。
やはりというか、指導者さえいれば着々と進む準備を見つめながら、私は嘆息する。

一人じゃ上手くいかないくせに、どうして今は綺麗に焼き色がついているのか。もう一度試しに、と作ってみたクッキーは、彼が隣にいさえすれば形も色も、味でさえ申し分ない。

美味しそうに焼けましたね、と取り出して軽く冷めたクッキーを丸皿に並べる彼もいつも通り手慣れている。



「桜井くんには今度ちゃんとお礼するね…」



食べ物は手作りできないし、何か使えるものをあげられたらいい。
こんなに付き合わせているのだから、と口に出せば、オーブンを片付けていた彼が慌てたように振り返った。



「え、いや、いいですよそんな…っ…それに、出来ないなら出来ないで、自分がずっと見てればいい話だとも思ってますし…!」

「…ずっと?」

「え……あ…」



自分の言葉に目を瞠って、固まる彼は無意識で口に出したらしい。けれど。



「それ…なんか、プロポーズみたい」



がん、と、その手に持っていたオーブンの天板が床に落ちて大きな音を立てる。
元々丸い目を更に丸めて、一気に顔を赤くしていく彼につられて、私までぼっ、と首から火が点いたような気がした。



「っごっ…ごめっ! スイマセン!! 自分なんかが調子に乗ったこと言ってっ…本当スイマセ、」

「え、う、ううん」



目の前に焦る人がいると、自分は冷静になれるものだ。
ぽろっと落とされたのはきっと本音で、訂正されないということは、つまりは。



「なんか、嬉しい、なぁ」



ずっと、見ててくれるって。

それならもう少し、料理が出来ないままでもいいかもしれない、なんて考える私は狡いかな。

真っ赤に染まった顔を付き合わせて、でも目だけは合わせることはできなくて。
ただ、落ちた天板を拾おうとした手がほんの少し触れただけで、心臓がばくんと跳ね上がった。





サイト開設初期から仲良くさせてもらっている堕落さんのお誕生日祝いです。が…本当に遅くなりました…桜井くんです!
結婚したいとか言ってた気がしたので無意識プロポーズさせてみました…果たしてこれでよかったのだろうか…。
何はともあれお誕生日おめでとうございました! こんな文でもお祝いになれば幸いです!
20131103. 


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