花宮真を知る人間であれば、口を揃えて語る。あれほど性根の腐った人間はいない、と。
その評価を受け入れ嬉しくもない期待に応え続ける、微塵の裏切りも見せないその男にも、良心の呵責を受けずにはいられない対象がただ一人だけ存在した。
みょうじなまえ。物心がつく頃には既に好意を持ち、一切の汚れを見せずに守り続けてきた幼馴染み。
その存在は花宮にとって異分子でしかなくとも、愛すべき対象だった。
彼女に、一欠片の悪意でも向かいはしないよう。面倒事に巻き込まれないよう。邪気のない笑顔が曇ることがないように。
必要以上に守りに入り、目を隠し耳を塞がせながら育て上げてきた無垢の塊。そうしていく内に自らの性質が捻くれ曲がってしまったことに気付いても、花宮に後悔はなく彼女以上に執着する対象もない。
本性を隠し、意地が悪くも優しい幼馴染みを演じる。
無謀さを知りながらその道を選ぶほどに、花宮真はみょうじなまえに心酔していた。
そして同時に、振り回されてもいた。
「まこちゃん! 私の胸を揉んでください!!」
は……?
ノックもなしに開いた自室の扉と、唐突な言葉の羅列。
前者はともかく後者の意味を把握できなかった花宮は、危うく吹き出しそうになったブラックコーヒーを机に置き直しながら振り向いた。
その表情は唖然、という二文字が似合う、例えば部のチームメイトに見せれば爆笑されるか一回り巡って不気味がられるかのどちらかだろうというもので。
「いや…は? え? おま…はぁっ?」
一瞬フリーズした脳内が漸く再び動き出した時には、切羽詰まった顔の幼馴染みは既にずいずいと部屋に立ち入ってきていて。
未だ正確に状況を飲み込めない花宮に構わず、普段からそうしているように迷わず奥に位置するベッドに腰掛けたなまえは、さあ、と、真面目くさった顔付きで頷いた。
「まこちゃんお願いっ!」
「なまえ…落ち着け。とりあえず落ち着け、話はそれからだ」
幼い頃から彼女の無邪気さに振り回されてきた花宮は、それでもそこいらの男子よりは理性も思考も働く人間ではあった。
片手を軽くつき出し深呼吸で跳ね上がった鼓動を鎮めつつ、決して椅子からは立ち上がらずに従順に聞く姿勢に入る幼馴染みを見つめ直す。特にその見た目に変化はない。
しかし、どうして唐突にこんな奇行に走ったのか。その理由は察せるものの確かめないわけにもいかなかった。
花宮唯一の聖域を、守り通すためには。
「…まず、何でいきなりんなこと言い出した?」
「あ、あのね、今日友達と話してたの。最初は夏の予定についてでね、そこからこう、お付き合いしてる子の話になって」
「……ああ」
「それでね、その…男の子は、胸が大きい方が喜ぶんだよって、聞いて…それならどうしたらいいのって、」
「もういい解ったその先はいい」
痛む頭に片手を当てて顰めた顔を隠す花宮の内心は、無駄な入れ知恵をしたなまえの友人への罵詈雑言で溢れかえる。
オレの苦労をよくも踏みにじりやがって、と歯噛みする、その怨念は花宮を知る人間が見れば、呪われる相手を気遣うほどのものだ。
一頻り…と言っても数十秒、とりあえずは相手への呪詛を呟いた花宮は、きりり、と眉尻を上げて応えを待つ幼馴染みへと意識を戻した。
「悪いことは言わねぇ…その友達とは即刻縁を切れ」
「ええっ!? 無理だよ! ていうか、何で!?」
お前に悪影響だからに決まってんだろ…!
今まで、汚い手でも尽くしに尽くして最低限の下賤な話からも遠ざけてきたのだ。今更汚されて堪るかという話である。
力一杯叫びたい気持ちを抑えている花宮を、しかし彼女は何と思ったのか。
なまえは急に眉を下げるとしおらしい表情になった。
「じゃあまこちゃんは貧乳が好きなの?」
「…何でそんな話になんだよ……」
がくりと、脱力する花宮は完全に形を無くす。
ここまで拘られるとある意味、人生最大の壁にぶち当たっているような気にすらなっていた。
「やっぱり巨乳が好きなんだぁぁ…っ」
「いやもう…ああ、クソ…」
どう答えろってんだよ…!
ぐしゃりと額にかかる髪を崩しながら、項垂れる。大きさ云々よりお前がいいなんてこの流れで言えとでもいうのだろうか。
とんだ羞恥プレイだと頭を抱える花宮の頭脳は、本来なら働くべき半分も回転していない。
ここでいっそ本当に揉んでやろうかと割り切れるほど、花宮は投げやりにはなれなかった。
それほどこの幼馴染みを時間をかけて大切にしてきたし、蝶よ花よと甘やかしてきたのだ。
他者の運命なら平気で捻じ曲げてしまえても、一切の汚れを振り払い守り続けてきた少女の純粋さだけは、容易く手折れはしなかった。
花宮真唯一の良心が、揺れるとまではいかなくとも震える。
「別にいいだろそのままで…」
別段小さいというわけでもないだろうに。
見て確かめたわけではないが、幼馴染みの体型くらいは把握している花宮は溜息を隠さずに吐き出す。
「うー…でも、まこちゃんが巨乳派だったら私いつかポイってされちゃう」
「そこから思考を離せ。つぅか…どっちにしろお前から離れたりしねぇし」
「本当? ちっちゃくても私嫌われない?」
「ねぇよ。あるわけねぇだろ」
何だこの茶番は、と思いつつもしょぼくれる幼馴染みには敵わない。
危なっかしい言動にも長い付き合いで慣れきって、言葉に深い意味があるのかないのかも最早花宮にすら把握できていなかった。
どちらにしろ、何らかの犠牲を払っても彼女を手離す気がないのは、事実でもある。
本当?、本当に?、と念入りに確かめてくるなまえに一つ一つ丁寧に頷き返すなど、本来の性格からは考えられないことだが。
確信を得てぱっと瞳を輝かせる彼女に惚れこんだ日から、迷走する状況は決まったようなものなのだ。
「まこちゃんがいいなら、いっか!」
腰掛けていたベッドから立ち上がり、花が咲くような笑顔で抱き着いてくる幼馴染みを軽く受け止めながら、どっと押し寄せた疲れに目蓋を下ろす花宮の思考には既に、彼女をけしかける要因となった人間への恨み辛みなどもなく。
慣れ親しんだ細く柔らかな身体に手を回すことも、今更迷うほどのことでもなかった。
その行動、予測不能
(で、結局まこちゃんの好みは?)
(まだ引っ張るか……)
*
いつも馬鹿なノリで親しくしてもらっているすおーさんのお誕生日祝いです。
裏側の恋の花宮でラッキースケベとのリクエストでしたので! 寸止めしました!!(いい笑顔)
よく考えたら私本当にリクに沿うの苦手でしたね…(・ω・)w
でも全力で馬鹿みたいな話を楽しんで書いたので…すおーさん、受け取ってください(笑)
かなり過ぎちゃいましたが、お誕生日おめでとうございましたー!(*´ω`)
20130813.
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